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ラウンド23 勝敗はひとまず―――


「えっと……ジョー? あれは、一体……」



 自分にと割り当てられた研究室にこもってすぐ、キリハが大いに狼狽(うろた)えながら口を開いた。



「ああ……もういいよ。」



 資料を一旦机に置いたジョーは、コーヒーでも()れようと思って、シンクの側にある電気ケトルに水を入れる。



「ノアがあんなことを言っちゃったからねー。キリハ君も今後、ルルアでは堂々とアルって呼んでいいよ。いつも気を遣わせちゃってごめんね。」



 どうせなら、ノアと一緒にキリハにも特権を適用してあげよう。

 そんな風に、彼への好意を分かりやすく示したつもりだったのだけど……



「うーん……ちょっと、堂々とは呼びにくいかな…?」



 キリハは困り顔で頬を掻いた。



「だってさ……ノアったら、愛称の由来を口説き文句って言ってたよね? それを俺が使うのはどうなの? さすがに、空気を読むよ……」



「むしろ、今は読まないで。あの人だけが特別感を、少しでも粉砕したい…っ」



「それで俺が問い詰められるようなことになったら、それこそどうするのさ。俺嘘つけないから、そのうちアルシードが本当の名前だって言っちゃう自信があるよ?」



「くっ…。あの女……よりにもよって、そんな由来にしてくるなんて…っ」



 愛称の建前、あれで合格にするんじゃなかったか。

 キリハに言われて、ようやくそのことに思い至るジョーだった。



 一時(いっとき)だけ世界を賑わせた、九歳で二つの新薬を開発した天才科学者ことアルシード・レイン。



 死んだはずの人間が本当は生きていたなんて知られた日には、どう世間が騒ぎ立てるか分かったもんじゃない。



 ノアとの熱愛報道よりも、インパクトは絶大なはずだ。



「ねぇ、アル……あんなことしちゃってよかったの? ノアも反省して訂正はしたけど、みんなは相変わらず、アルとノアが恋人だと思ってるみたいだよ?」



「もういい。開き直ったから。」



「それは、アルもノアのことを好きってこと?」



「うーん……そう訊かれると……」



 (うな)るジョー。



 じっくりと考えること十数秒。

 彼は薄く口を開く。



「正直、好きかどうかはこれから判断って感じだけど……」



 そこで、ふわりと。

 眉間に寄ったしわが消えて、柔らかな笑顔が浮かんだ。





「―――ま、僕が認める女性は、後にも先にもあの人だけだって……それだけは、事実だと思うからさ。」





 あの言葉で受けた衝撃は、今も抜けきっていない。

 本当に悔しいけど、すんなりと納得させられてしまったんだ。



 望むように情報を操作するために、あえて足を踏み入れた裏の世界。

 そこで自分が見てきた人間は、どいつもこいつも反吐(へど)が出そうな奴だった。



 生きがいを捨てたことでただでさえ世界が冷めて見えていたのに、裏の世界に浸って生きてきたせいで、自分の価値観はどれだけ人間味を失なったことだろう。



 そんな自分が警戒せずに付き合える人間は、極端に少ない。



 なまじっか才能故に他人に求めるレベルが高いのか、心を許してもいいと認められる人間はさらに限定されると、自分自身でも理解しているつもりだ。



 そして、アルシードとしての人生に踏み込むか否かという大きな壁を越えて落ち着いた今となっては、上がりに上がったこのハードルをクリアできる人間が新たに現れるとも思えない。



 だって、ハードルに足をかけさせるほどの隙を、今後この自分が見せるはずないもの。



 そう考えると確かに、自分が隣を認められる女性は生涯ノア一人であると。

 ちょっと整理したら明らかなこの事実に、あの時やっと気付いたのだ。



 だから……





「最終的な勝敗は、ひとまずお預けってことで。」





 囁くようにそう告げたジョーは、笑顔をダークなものに変える。



「こうなりゃ、切り口を変えるまでさ。どうせ今は、何をどんなに否定しても照れ隠しだなんだと言われるだけ。それなら一旦は流されておいて、別れたっていう結末に持っていけばいいんだよ。」



「な、なるほど…?」



「あの女め……楽しみにしてろよ? 僕が悪意で他人の尊厳を踏み潰す人間だって言ったのはあんただからなぁ? お望みどおりにしてやろうじゃん。」



「うーん、そっかぁ……」



 黒いオーラをまとって不気味な笑い声を漏らすジョー。

 そんな彼から目を逸らしたキリハは、やがてポツリと呟く。



「でもアルって、一度決めたら曲げられない人だよね。一旦でも流されてノアを受け入れたら、もう突き離せないんじゃないかなぁ…? 俺の時みたいに。」



 素朴かつ核心を突いたその言葉。

 当然ながら、それはジョーの耳には入っていなかった。



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