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ラウンド22 私の可愛い小鳥


「ところでノア様。どうして突然、ジョーさんのことを〝アル〟と呼んでいるんですか?」



 結局流れでノアに引きずられて、研究所の駐車場へ。

 そこで、一人の職員がノアにそう訊ねた。



「ああ! これは、私がつけた愛称なのだ!!」



 自信たっぷりに告げたノアは、ぎゅっとジョーの腕に抱きつく。



「〝ヴィ・アルティレーゼ〟。古典歌劇に出てくる最高の口説き文句から持ってきた。意味は―――」



 そこで、ノアがちらりとジョーを見上げる。





「〝私の可愛い小鳥よ〟だ。」





 これでどうだ?

 暗にそう問いかけられる。



「きゃーっ♪ なんてロマンチック!!」

「さすがはノア様! 口説き文句には事足りませんね!」



(ちっ。本当にありやがる。)



 黄色い声をあげる周囲を総スルーして携帯電話で検索をかけたジョーは、内心でそう毒づく。



 ポピュラーとまではいかないが、ルルアではそこそこ名が知られている古典歌劇。



 孤独を紛らわせるようにテラスでひっそりと歌うのが日課のヒロインに、その歌声に惚れ込んだ騎士が花束と共に語りかけるシーンの名言らしい。



「僕が全身全霊で叩きつけた文句を、小鳥のさえずりと(のたま)うか…っ」



「ああ! あまりに愛らしくて、何度でも聞きたいくらいだ。お前があそこまで本音をぶちまけてくれるなんて、そうそうあることではないからな。」



「くそが…っ」



 痛烈に吐き捨てるジョー。

 その直後。





「―――悔しいけど、合格にしといてやる。」





 こそりと耳打ちし、ノアが調子に乗る前に腕を振り払った。



「ジョーさんって、外見とかけ離れて、案外口が悪いです…?」



「いやいや、これも私にだけだ。こいつが被っている猫は、もはや核シェルター並みなんだぞー? ちょっとやそっとの好感度じゃ、剥がれないのなんの。」



「頑固な油汚れみたいに言うなっての。オンとオフをきっちりと使い分けてるだけだよ。」



「ということは、オフの姿を見せるくらい、ノア様に対する好感度が高いってことですね!?」



「本当にもう、ラブラブじゃないですか! そりゃ婚約もするわけですね!」



「あ…。そのことだが……」



 盛り上がる周囲に、他でもないノアが待ったをかけたのはその時だ。



「実はな、正確にはまだ婚約はしておらんのだ。」

「………っ」



 ジョーは思わずノアを二度見。



 まさか、ノアが自らそんなことを言うとは。

 ここまできたら、誤解を深めるばかりで訂正などしないと思っていたのに。



「え…? そうなんですか?」



「うむ。さらに言えば、私がアルを好きだと自覚したのも、こいつがルルアに来てからで……」



「ええ!?」



「どういうことです!?」



 頬を赤らめるノアに、主に女性陣が詰め寄る。



「その……こいつとの付き合いが長いのは事実だ。出会ったのが三年半前、気付かぬうちに惚れたのが二年前……」



「それを自覚したのが、約三週間前ですか?」



「そういうわけだ。好きだと気付いた以上、この機会を(のが)すわけにはいかんと思って……」



「それでとりあえず、婚約者だと大見得を切って外堀を埋めたと。」



「それはジョーさんも怒りますよ~。」



 周囲に複雑そうな目を向けられ、しゅんとするノア。



 偉大な大統領といえど、恋をすれば他と変わらない普通の女性。



 そういうことなのかもしれないが……お生憎(あいにく)様。

 自分は優しくないものでして。



「ようやく自供したなぁ? おかげで僕は疲れすぎたあまり、あなたを社会的に抹殺しようかと思ったよ。キリハ君に感謝するんだねぇ~。」



「あだだだだっ!!」



 容赦なく拳でこめかみを圧迫し、ジョーは()わった目つきでノアを見下ろした。



「でも、結局はジョーさんもノア様の熱意に負けて、お付き合いすることにしたわけですよね!」



「期待を裏切るようで申し訳ないんですが、まだ付き合ってるつもりはないです。」



「何ぃっ!?」



 間髪入れずのジョーの返答に、ノアが大きく目を剥いた。



「アル!! さっきあんなキスをしといて、それはないぞ!?」



「はあぁ? 早とちりしないでよ。あれは、これまで散々振り回された仕返しってだけだから。キスなんて、軽い挨拶でもするもんでしょ?」



「挨拶で口にキスする奴がいるかぁっ!!」



「初対面でキリハ君のファーストキスを奪ったあなたに言われたくないね。」



「えええぇぇっ!?」



 驚愕の事実に、その場にいた全員の視線がキリハへ集中。

 キリハは顔を赤くし、そこからさっと目を逸らした。



「ノア様、なんてことを……」

「見事に押すことしか知らない……」

「ノア様!!」



 その時、職員の一人がノアの両手をがっちりと掴んだ。



「恋は押すだけでは上手くいきません! 今後は、私たちにいつでも相談してくださいね!!」



「い、いいのか!?」



 思わぬ展開だったのか、ノアが驚きながらも嬉しそうな様子で聞き返す。

 それに対し、皆はうんうんと何度も頷いた。



「もちろんですよ! 振り回されたお返しだって言ってますけど、キスをしてくれたってことは、少なからずジョーさんがノア様の愛を認めてるってことだと思いますもの!」



「それに、これまでのお二人を見てて思いますけど、なんだかんだとお似合いですよ!」



「そうそう! 何か、お二人だけに通じるものがあるように感じました!」



「あのー? 盛り上がるなら、僕がいないところでやっていただけません? 無駄に拡散せずに内輪で盛り上がるだけなら、目をつむっといてあげますから。」



 朝っぱらから恋バナなんて、勘弁してくれ。



 というか、これまでのあれこれがノアの暴走だったと分かったくせに、どうしてみんな未だにノアの味方なんだよ。



 面白くないジョーは、ふてくされた表情で一足先に研究所に戻っていく。



 そこについていったのはキリハだけで、他の皆は生ぬるい表情でジョーを見送るのみであった。



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