ラウンド19 子供のような大喧嘩
「僕があなたを好きだぁ? 思い上がりも甚だしい! 僕はどちらかというと、あなたが気に食わないんだよ!!」
ジョーの第一投は、ノアが繰り出すクッションシールドに阻まれる。
「キリハ君は、天然で僕の領域に踏み込んできた。無自覚で本質を見る子だったから責めても意味がなかったし、動揺しながらも飲み込むことができたんだ。でも、あなたは違う!!」
怒りとも不満ともつかない感情と共に、胸で荒れ狂う気持ちを吐き出す。
「あなたは全部、確信犯だった! 僕がキリハ君に揺さぶられていることを分かっていて、あえてそこに追い打ちをかけてきた! キリハ君と自分のために、僕を利用したかったんでしょう!?」
「ああ、そうだ! それの何が悪い!!」
ノアが高速で投げつけてきたクッション。
それを片手でぶん取り、ジョーは彼女の言葉を待ち構える。
「あの時のお前が、憐れだと思う反面不愉快だった!! 過去に縛られて停滞して、自分も他人も傷つけようとする愚か者だったお前がな!! だが実際、利用されていると分かっていたから、お前は私の言葉を聞き入れることができたんだろう!?」
続けて飛んできたクッションは、両手が塞がっているので蹴り飛ばして防御。
「お前は、純粋な優しさほど受けつけられない! それを受け入れたら、自分で決めた生き方に負けた気分になるからな! だから無意識に、私からの言葉にすがった! 利用されたら利用し返すのが道理だと言えるから、素直に私の厚意に甘えられたんだろう!?」
「だったらなんだよ!?」
下から投げられたクッションが、ノアの肩に命中して落ちる。
「ああ、そうだよ! だから、あなたには感謝してるさ! なんだかんだと、あなたは誰よりも僕のことを分かってた! 僕が自分に言い訳しながら望む道を選べるように、逃げ道を用意してくれた! おかげで、あなたが望む未来にはなっただろう!?」
血を吐くような怒号が、賓客室いっぱいに響いた。
「僕はちゃんと、アルシードとしてキリハ君とロイリアを助けた! あなたに言われるがまま、セレニアとルルアが同盟を結ぶためのパスだって繋ぎきった! 見返りはくれてやったはずだ!! これ以上、僕に何を望むんだよ!?」
「そのまま、本当の意味でアルシードとして生きてほしいに決まってるだろう!?」
連投で襲いくるクッションをさばききれず、一つが頭にかすっていく。
「その時だけじゃ意味がない! お前は、アルシード・レインだ!! お前の隣には、常にそれを思い出させる人間が必要だろう!?」
「だから、その役目をあなたが買って出てやるって!?」
「ああ、そうだ!!」
お互いに、徐々に息が荒くなってきた。
それでも、二人して体も口も止めようとはしない。
「お前は気付いているか? アルシードとしての楽しみに触れている時、アルシードとして気を抜いていられる時、どんなに満ち足りた顔をしているか!! 私は、そんなお前に惚れたんだ! もっと近くで、毎日でもアルシードとしてのお前を見ていたいんだ!!」
「それで出た言葉が、〝伴侶になれ〟だってのかーっ!!」
ここ、本日一番の不満ポイントです。
クッションだけでは足りなくて、途中から暑くて脱いでいた上着や薄手のマフラーも投げつける。
「いいじゃないか、別に! お前のことだから、結婚してもいいと思える女なんて私くらいだろう!!」
「そう思える根拠を言ってみやがれーっ!!」
「お前はレストランで言った! 自分をアルシードと呼ぶのは、自分が認めた特別な人だけでいいと! それを私に許してくれるのは、私がお前にとって特別だからってことだろう!?」
「あんたが言ってた熱い告白って、それのことかよ!!」
ああもう。
勢いに乗ってではあるが、不可解な点が一つ解消したわ!
ジョーは目を三角にして怒鳴り散らす。
「早とちりの天才かよ!! 百歩譲ってあんたが特別な相手だとしても、それがイコール恋愛感情になると思うなぁっ!!」
「じゃあ訊くがな!!」
髪を振り乱し、休まずにクッションの乱舞を繰り出しながら、ノアが問いかける。
「あの時も今も、何故〝嫌だ〟とも〝断る〟とも言わん!? 普通に期待するだろうが!!」
「はあぁっ!? 答えは保留なしの〝イエス〟オア〝ノー〟かよ!? あんたはプログラムか何かか!?」
「お前も大概〝イエス〟オア〝ノー〟でしか物を言わん奴だろう!? お前の性格上、ノーと言わないイコール、答えは限りなくイエスだ!!」
「勝手に決めつけるな! この大馬鹿野郎ーっ!!」
「それはお前の方だーっ!!」
大喧嘩は最高潮。
室内は、クッションと怒鳴り声が行き交う混沌状態を極める。
「自分の感情に鈍いお前の代わりに教えてやる! お前は実のところ、私からのプロポーズがまんざらでもないんだ!! だから今もプロポーズを断るとは言えずに、私に好き勝手にされたことだけを怒ってるんだろう!? 下手に私を否定して、私を傷つけたくない。私を失いたくない。お前の態度がそう語っておるわ!!」
「この…っ。また知ったような口を…っ」
「ああ、そうさ! お前のことなら、お前以上に知っている自信がある!! 自覚が追いついていなかっただけで、私はお前と出会ってからというもの、誰よりもお前を意識してきたのだからな! お前だってさっき、誰よりも私がお前を理解していると認めていたではないか!!」
「だからって、僕の気持ちを勝手に定義するな!! 自分の道くらい、自分で決める! 自分の気持ちには、自分で答えを出すわ!!」
「では今から、情報整理といこうじゃないか! 私情を挟まずに質問してやるから、正直に答えてみろ!!」
クッションを投げたことで空いた手でジョーを指差し、ノアは高らかに宣言する。
「まず一つ! お前は今後、自分が認められるほどの人間が新たに現れると思うか!?」
「思わないね! 僕に群がってくる奴はどいつもこいつも、知能指数も人間性もゴミくず以下なもんで!!」
「次! 両親以外で、お前が認めている人間は誰だ!? どうせ、数える程度しかおらんだろう!!」
「あー、そうですね! あんたとキリハ君、ミゲルとディアにターニャ様! おまけで、ランドルフさんにケンゼルさんとオークスさん、ルカ君とエリクは入れといてもいい!」
「その中で、心の底から感謝して礼を言ったのは何人だ!?」
「あんたとキリハ君にミゲルの、三人だけだけど!?」
「ほら見たことか!!」
「何がだよ!?」
がなるジョーに、ノアは今の押し問答から導き出せる事実を突きつけた。
「今のお前の答えは、誰がどれくらい特別なのかを如実に語っていたぞ! 私の立ち位置はお前の中で最上級の上に、そもそもお前が認めている女は、ターニャと私だけではないか!!」
「………っ!?」
「ターニャにはディアがいたから、お前の中でも最初から土俵に乗ってなかったとして考えろよ?」
そして、彼女はこう告げる。
「今後、新たに認められる人間は現れないと言ったな? なら―――お前が隣を認められる女は生涯私だけで、本当のお前を隣で認めてやれる女も、生涯私だけだろう!?」
「―――っ!!」
それはなんと、衝撃に満ちた言葉だっただろう。
彼女のことが好きか嫌いか。
プロポーズの答えはイエスかノーか。
そんな上辺のことを問い詰められるより、よっぽど胸に刺さった。
心を粉々に砕かれたかと思うくらい、深く突き刺さってしまったのだ。
「だ……だからって……」
ほんの少しだけ呆けていたジョーは、すぐに表情を険しくする。
「だからって、いきなり結婚は飛躍しすぎだーっ!!」
一瞬収まりかけたクッション戦争。
第二ラウンドの始まりであった。




