ラウンド13 本当に好きなんじゃない?
(あの人、マジで猪突猛進すぎる!!)
それから、あっという間に十日ばかり。
ジョーは、かなり参ることになっていた。
あれからというもの、ノアが毎朝のように研究所に来ては、自分とのスキンシップを存分に楽しんでから政務に行きやがる。
追いかけようにも、関係者以外立入禁止の大統領御殿に逃げられたのでは手が届かない。
じゃあ自分が逃げるか。
そう思うも、現実は悲しいもので……
悔しいが、武術の腕は彼女の方が何倍も上手。
こちらがいくら周囲の気配を警戒したところで、一瞬の隙を突いて懐に入り込んでくる。
どこかに隠れようにも、ノアの熱意にほだされた職員どもが公式スパイになっていて、隠れたところで意味がないのだ。
じゃあ、研究所に行くのをやめる?
はっ、冗談。
一度手をつけた治療から引くなんて、中途半端なことができるか。
それに、まだまだデータが搾り取れてないんだよ。
第一、この自分が逃げるって?
売られた喧嘩は買って叩き潰すのが流儀なんだ。
降参して途中退場なんて、それこそ論外。
こうなると、周囲の誤解を解消するしか優位性をぶん取る術がないわけだが、これもこれで厄介極まりない。
猪突猛進に攻めながらも、後にしこりを残さないのがノアだ。
彼女の性格上、多少話を盛ることはしても、事実無根の嘘をでっちあげることはしないはず。
ということは、自分の発言のどこかに告白とも解釈できるものがあったということだが……
全く心当たりがない!!
レストランでの会話を脳内リピートすること何百回。
くどいくらい自分の発言を振り返っても、これだと思えるものがないのだ。
そこが分かれば、〝あれはこういう意味で言ったんですよー〟と言って、周囲の認識を操作することも容易いというのに。
「ははは……社会的に消してやろうかな。」
思わず、物騒なことを呟いてしまう。
それを聞いて、隣でデータ整理を手伝っていたキリハがびくりと肩を震わせた。
「アル……大丈夫?」
つぶらな瞳は、本気でこちらを心配する色に満ちている。
この場において、彼だけが唯一の良心だ。
「ありがとね、キリハ君。君がいなかったら、今頃あの人を暗殺する計画でも実行してたよ。」
「は、ははは……」
空笑いのキリハ。
事実、キリハには相当助けてもらっている。
自身もノアに迫られた経験があるので、この子だけはノアや周囲に流されなかった。
いち早く状況を察し、『ジョーは静かな空間にいないと、ものすごい仮説を立てられないんだ!』と言い繕って、自身に与えられている研究室を避難先として提供してくれた。
おかげで、職員たちから質問攻めに遭う事態だけは避けられている。
その反面彼らと話さないもんだから、誤解は深まる一方だけど。
「俺も何度かノアに電話したんだけどさ……『アルのことは私に任せておけ!』って、聞く耳を持つ気配がなくて……」
「一方で、僕からの電話は全部無視と…。何をどう任せておけばいいのか、じっくりと聞いてみたいもんだよ。」
「うーん、急にどうしちゃったんだろ? まさか、ノアがアルにこんなことをするなんて……」
「僕も完全に想定外だよ。裏でずっと繋がってたわけだし、それなりに知った仲ではあるけどさ…っ。いつ! 誰が! 遠距離恋愛の相手をしたってのーっ!?」
不満を内側に溜め込むのも限界で、たまらず叫ぶ。
「そりゃ、戸惑うよね。俺もあの時は戸惑ったもん。ノアったら、まーた必要な段階を飛ばしちゃうんだから……」
被害者仲間のキリハは、自分がどんなに叫んでも笑って頷いてくれるだけだ。
彼がいなかったら、本当に今頃どうなっていたことか。
「んー……でも、本当にアルのことが好きなんじゃない?」
「へ…?」
何を馬鹿なことを。
とっさにそう思ったが、対するキリハは大真面目だった。
「そうじゃなきゃ、こんなことをする理由がなくない? ノアは嫌がらせなんてする人じゃないし、嘘をつく人でもないもん。俺の時は俺をルルアに連れていきたいって気持ちが先行してたけど、それでも俺のことが好きだって気持ち自体は本物だったよ。だから、今も仲がいいわけだし。」
「それは、あの人がちゃんと異性としても好きになれる自信を持てるくらい、キリハ君ができた人間だからだよ。僕には当てはまらないって。」
「じゃあ俺とは逆で、もうちゃんと異性として好きなんだとしたら?」
「はい?」
「だって、よくよく考えたら、最近のノアってちょっとおかしかったよ。」
キリハは語る。
「アルが開発部に異動にしたのは嬉しいけど、アル本人から報告してほしかったって、怒るのと落ち込むのを繰り返してたんだ。それに、アルが来るまでの間、誰よりもアルと会えることを楽しみにしてたと思う。常にそわそわして落ち着かないって感じだったもん。ノアが上の空で仕事が進まないーって、ウルドさんが嘆いてたくらい。」
(そんなこと言われても……)
第一の感想はそれだった。
報告してほしかったって何さ。
別に、あの人が僕の進退を気にする理由なんて……
〝もうちゃんと異性として好きなんだとしたら?〟
嘘でしょ?
伴侶になれだの惚れただのってやつ、説教で重くなった空気を粉砕するための冗談じゃなかったの?
お礼を言ったのなんて、軽く二年も前のことなのに?
信じられない気持ちがほとんどだが、改めてそう言われると、自分にも少し思い当たる節がある。
もしかして、自分の裏の役目が終わった後もやたらと連絡してきたのは、自覚がなかっただけで、好きな人と縁遠くなるのが嫌だったから…?
「………」
ジョーは眉間に寄ったしわに指を当てて唸る。
キリハの話を聞いて、ある意味クールダウン。
手詰まりかと思えた攻防戦に、別の角度から光明が見えたかもしれない。
逃げるのは論外だと思っていたが、この状況においてはそれも立派な戦術か。
どうせ、あと数日もすれば休暇を終えてセレニアに帰るんだし。
押してだめなら引いて炙り出しだ。
セレニアに帰ったら連絡を絶ってみて、ノアがどう出てくるかを見てみよう。
万が一何かの間違いで彼女が本気で自分に惚れているなら、何かしらのアクションを起こすはずだ。
(覚えてろよ。セレニアに帰ったら、たっぷり仕返ししてやる…っ)
そう思えたことで、一旦は溜飲が下がった。
しかし……




