8 当たりはアタリと言えるだろうか(肉巻きシシトウ)
今宵もボロ雑巾のようになった身体を気合でふるい立たせて、スーパーに向かう。
連休後、五月病を患う暇もなく忙殺される日々のせいで、己を見失っている。何が食べたいのか、何が作りたいのか、食欲は三大欲求ではなかったのか。
土曜さえ乗り切れば。
あと五日。
あと四日。
あと三日。
嬉しくもない休日出勤のイベントを指折り数えて、フィニッシュ。
ようやく来た休み。
明日は思う存分寝よう。
と、その前に、人間を取り戻すべくスーパーに来た。
食べたいもんを作って、食べる。
これをせずして、己と言えるだろうか。
俺の場合は、ありえない。
元気なときなら、既に作りたいもんがあり、材料を買えば済むのだが、今日はそうはいかない。
百円で借りたカートを押して店内に入り、ヨボヨボと野菜コーナーに入り込む。
スイカにメロン、アメリカンチェリー。
知らぬ内に、季節は初夏へと移ろったようだ。
日時の感覚もなければ、季節の感覚もない自分を自嘲しながら、心動かされる食材を探す。
ピーマン、ヤングコーン、オクラにシシトウ。
シシトウ?
いいじゃないか。
大入りシシトウのパックを入れて、いざ向かうは肉コーナー。
「本日五月最終土曜、肉の日、肉が安いよ!」
ありがてぇ!
豚のバラ薄切りをカゴに入れたらレジに並んだ。休みの日のスーパー、三十分のレジ待ちである。
洗ったシシトウに、豚バラ薄切りを適当に巻いていく。いちいち面倒くさいのに手間をかけるのは、おいしさのためである。
そんなの巻いても巻かなくても一緒でしょ?
そう思うでしょ?
俺もそう思った。
どうせ口に入れたらバラバラになる。巻くのは見栄えとかお弁当用とか、そういうものだろうと思ったわけだ。
それが、全然違ったのだ。
巻かずに焼いたら、うん、肉とシシトウ。
巻いて食べたら、肉巻きシシトウ。
侮ることなかれ、別物だ。
何が違うって、味が違う。食感も違う。
まずくはないが、期待したものではなかった。
巻くだけ、それだけで幸せになれるのなら、俺は巻く。
この辺りは完全なる趣味の世界だと思う。
こだわらなくていいなら、仕事終わりに、呑みに行ってもいいわけだ。
そこを帰宅するのは、いろいろチャージしたいわけ。
他人にわずらわされることなく、満喫したい。
巻いたはじから、フライパンに並べていく。
一面に並んだ肉巻きシシトウを、ジュージュー焼きながら、料理の基本さしすせそ。
さしみしょうゆ しょうゆ すじょうゆ せうゆ ソイソース じゃないよ。銀シャリか。
砂糖、塩、酢、せうゆ(醤油)、みそ なので、砂糖、みりん、醤油を入れる。
ジュクジュクジュー
眼鏡が曇る。
砂糖の甘さに醬油の焦げた香りが漂う。
眼鏡をTシャツの裾で拭きながら、肉巻きシシトウを転がす。
ん、これは……。
ハバネロのような香りに期待してしまう。
シシトウといえば、たまに入る大当たり。これが好きだ。
ニヤつきながら、レモンハイを作り、煽る。
喉を鳴らしながら、まずは一杯目。
ふふん♪
おっと、鼻歌が出た。
二杯目をステアし、できたての肉巻きシシトウを皿に盛る。
机で写真をパシャリ。SNSに投稿する前に、ハタと気が付いた。
いけね、レモンハイが飲みかけだ。
まぁ、いいか。
肉巻きシシトウをがぶっと一口。
ジューシーな肉の甘味に、シシトウの苦さ、野菜を食べている感にタネが続く。
あぁ、これ、これよ。
炊き立てご飯を豪快に一口。
肉巻きシシトウをまた一切れ。
レモンハイをやる。
甘じょっぱい肉、柑橘の爽やかな香りに炭酸ののど越し。
たまらんねぇ。
今夜の勝利に目が細めつつ、モグリモグリと肉巻きシシトウをいただく。
まだか?
次か? いや、違った。
なら、これか?
幸せに何を期待していたのか忘れた頃に――。
「あっ」
来た! キタコレ!
唇が腫れるような熱を、レモンハイで洗い流す。
「ふぅ~。たまらんね」
シシトウ爆弾の不意打ちさえも好ましい。
もうないか?
一パックに一個くらいかな。
いや、もしかしたら――。
台所で、スマホから通知音が届くが、今宵くらいは放置でいいだろう。