7 まるごと愛して(中谷流メロンパン)
連休明けの金曜、今日はどうあっても早く帰りたい。
「中谷さん、早いっすね。病院?」
「家の人と旅行……、ってないか。連休明けだもんな」
「病院でも旅行でも、デートでもない」
デートとは聞いてないという声を後ろに聞きながら、退社する。
本日は、俺にとっての外せない用事がある。
メロンパンを作って食べる、という大変な用事だ。
連休中、SNSのトレンドで見てしまった。「海老名サービスエリア」の文字。
海老名サービスエリアといえば、グルメで知られている。フレンチトーストに炙り豚丼、エビフライカレーパン、ジャージーソフトに、カルビおにぎり。そして、ギネス世界記録に認定されたメロンパンだ。
「メロンパンか、しばらく食べてないな」
気が付いたら、もうメロンパンのことしか考えられない。
俺にとって最高のメロンパンといえば、やっぱり表面のカリカリしたクッキー生地だろう。クッキー生地が多ければ多いほどいい。
似たようなパンに帽子パンってのがあるが、あれもメロンパンと同じくらい好きだ。何しろクッキー生地が垂れて帽子のツバくらいある。最高にうまい。
だがしかし、メロンパンも帽子パンも、不満なところがある。
大好物のクッキー生地以外が物足りない。
もう少しふわっとしていて欲しいし、ちゃんとパンであって欲しい。
俺のメロンパン歴は長い。
一番古い記憶は、まだ幼稚園生のころになる。
幼稚園の帰り、おかんがメロンパンを買ってくれた。自転車の荷台部分にくっつけた子供用いすに座って、メロンパンをかじる。
家に帰れば、妹が待っているはずで、メロンパンなんぞ見せたら「一口チョーダイ」が始まってしまう。妹の一口は、一口で済むはずがない。もう一口、もう一口と、結局半分は盗られる。盗られるのが嫌で逃げれば、妹ってやつは泣くのだ。そして、俺だけが叱られる。子供ながらに不公平に思ったものだ。
俺の不満を知っているからか、おかんは何かのきまぐれで「帰るまでに食べなさい」とおやつを買ってくれることがあった。
目の前には、おかんのでかい背中。揺れる自転車に乗って、流れる景色の中、好物を食べる。
とにかく嬉しかった。
おかんは俺の苦労をわかってくれてる。
たまには俺だって、騒がれずに食べてみたい。
まるっとひとつ!
「秀和、家着いたよ。もう食べ終わった?」
おかんの小さい声の後、俺は食べ途中のメロンパンを見せた。
次の瞬間、げんこつが落ちた。
「何が『ん』で! そんな食べ方して!」
おかんが見たのは、メロンパンの表面だけかじった残骸だった。
……。
…………。
まぁ、そんくらい小さい頃からメロンパンには思い入れがある。
「メロンパン食べてぇなぁ」
メロンパンを買いに二十kmの渋滞へダイブ?
ないな。
せっかくの何もしない休日だ。
積ん読だったネットコミックを読む間も、ふと考えるのはメロンパン。
気を取り直してSNSを開けば、海老名サービスエリア。メロンパン。
ニュースを見ても海老名サービスエリア。メロンパン。
ラジオでも海老名サービスエリア。メロンパン。
煩悩と共にゴールデンウイークを駆け抜け、渋滞は解消されても、メロンパンの呪いはとけない。
「だぁ! 海老名サービスエリアは渋滞だっつーの!」
自分で自分にツッコミを入れるが、もうダメだ。
これは理想のメロンパンを摂取せねば治らぬ病。
そんなわけで、本日金曜日。メロンパンを作っている。
ちょっと甘めのパン生地を一次発酵させている間に、クッキー生地を作る。目安の百五十%の量。
そうよ、クッキー生地が多いのが好きなんだからしゃーない。
そして、必殺のカスタードクリームを練る。
雪平鍋に、牛乳と卵黄、小麦粉、砂糖を入れて、泡だて器でかき混ぜながら炊くだけだ。
とにかく休まず泡だて器て混ぜ続ければ、ダマにもならない。焦げ付かない。
最後に仕上げのラム酒をちょいっと入れる。
バニラビーンズやバニラエッセンスでもいい。俺はラム酒の風味が好き。
ツヤツヤに炊けたカスタードクリームの固さを確かめる。
眼鏡が曇る。
一次発酵が終わったパン生地にクッキー生地を被せ、二次発酵。
焼きあがり、オーブンを開けたら、部屋中にクッキーが焼ける匂いが広がる。
もうこれだけで幸せだ。
冷めたメロンパンの中に、カスタードクリームを好きなだけはさむ。
するてっと、ぼそぼそだったパンもカスタードクリームで最後までおいしい。
この週末、メロンパンパラダイスを約束しよう。