58 もち麦、ぷちぷち問題(チキンスープ)
玉ねぎとセロリを雑に切る。まな板に包丁が当たる音。
コツン、コツンと、一定のリズムを刻む。
鍋に放り込んで、にんにくと一緒に炒め始めると、じゅわっと音が立った。
強張っていた顔の筋肉が、弛緩していく。
骨付き鶏モモ肉に塩コショウをして小麦粉をはたき、鍋に入れる。野菜が絡みついて混然一体、香味野菜ににんにく、肉の匂いときたら、もううまさは保証されたも同然だ。
玉ねぎが半透明になったのを見計らって、水とブーケガルニを入れて、コトコトと煮始める。
「今日は何入れるかな~」
チキンスープには、何を入れてもうまい。
ジャガイモ、アスパラ、ショートパスタなんかもいい。
「食べたいもんが、身体に効くってこと!」
カブを刻む。もち麦を量る。
鍋に入れれば、用意は万全。
棚を開けて、スポーツドリンクの粉末を確認する。
ビタミン剤、総合感冒薬、アイスノン。
風邪の備えは、いつだって備わっている。
何に備えているかって、それは、今週末のおこもりである。
急に冷え込んできた上に、ダメージがでかい。
マイクを持った同僚の、震えた声が脳内でまた再生される。
質疑者が、気まずく座り直す音。
上ずった声に、下を向いて上がらない顔。
思い出すだけでダメージが入る。
今回のプロジェクトは、立候補者がリーダーを務めた。
「小規模プロジェクトがうまくいったんで、できると思ったんです」
消え入るような声が最後だった。
俺なら、無理だ。
なのに――、次は俺なんだよなぁ。
ぐつぐつ煮える鍋を見下ろす。
チキンスープは、鶏がいなきゃ始まらない。
それだけの話だ。
火を弱めて、タイマーをかける。
コトコトという音だけが、部屋に残った。
椅子に腰を下ろして、ぼんやり鍋を眺める。
湯気の向こうで、蓋がわずかに持ち上がる。
煮える匂いは、腹が減るとか、うまそうだとか、そういう感想を通り越して、ただ、「生き返る」感じがする。
火に掛けて待つ時間だけは、無心になれる――気がする。
背中を叩かれ、缶コーヒーが渡される。いいところをリスト化され、ジョークが飛ぶ。泣き顔を笑わせて、飲みに行く。「じゃあ、また月曜な」のセット。
俺には耐えられない。出社する月曜は永遠に来ない――と思う。
やりたいと言える人というのは、周りを巻き込む力を持っている。そんで、月曜には、無理に笑い話にして、糧にしてバリバリやっていく。
立ち直れる。
凄い。
まさに適材適所。そういう人がプロジェクトリーダーをやればいいのだ。
重たい溜息が出る。
おとなしく、生贄になる気はない。
滅多に前には出ないが、数字で黙らせるタイプだ。
いい具合に落ちつかせる加減がわからないから、後方射撃が性に合っている。
雪平鍋の蓋を開けたら眼鏡が曇った。
部屋着兼パジャマのTシャツの裾で拭く。
もう風邪みたいなもんである。
覚悟を決めるのに、おこもりするわけだ。
この週末は、外部の何かに振り回されるものか。
スープを一口すする。
ふわっと野菜の香りに包まれ、チキンのうまみが口中に広がる。
食道、胃へと温かさが落ちていく。
口の中で、もち麦が弾けた。
歯でつぶすたびに、ぷつ、ぷつと小さな抵抗が返ってくる。
米ほどやわらかくもなく、パスタみたいに主張もしない。
どっちつかずの歯ざわりが、落ち着く。
俺がうまいって思えるもんを、自分で作れるなら、それがいい。




