54 ポトフ、おかず革命(ポトフ)
アラームをぼやけた視界のまま、勘で止める。ベッドから身体を起こしつつ、うめいてしまう。
朝、起きるのがツラい。
真夏にエアコンをつけても尚暑いのとは違って、眠りの深いところから這い上がって覚醒するのがツラい。
窓を開けて心地よい風がそよそよと入ってくる。慢性的な寝不足を解消できるいい時期なのだろう。
いい時期、なのだが、身体が重い。
先週は富士山へ、今週は赤城山、来週は兼六園と出張続きだ。
「暑いと移動も大変だからな、そろそろどう?」
上司の「どう?」は、「やれ」である。断ることなぞできるわけがない。一応、真夏を避けてくれたことに感謝しつつも、毎週ってどうよ? 連日でないだけマシなのだが、出張してもいつもの仕事が減るわけではない。出張に費やす2日分を、残りの3日でどうにかして、さらに出張業務もやらねばならない。体感の仕事量は倍といえる。
「うぅぅ……。バランスが取れたもんが食いたい」
胃に優しくて、野菜もタンパク質も取れて、おかずになるやつ。モヤモヤしたイメージを抱えながら、これと決められぬまま業務にあたる。
「しいていえば、ポトフなんだよな――。暑いか?」
首をひねってしまうが、駅からの道で汗をかかなかったことをいいことに、ポトフを作りだした。
昨年新しい作り方を覚えてから頻度があがった。それまでは、ポトフといえば作りやすいが、おかずにならないやつだった。野菜も肉も取れて簡単なのにパンにも飯にも微妙にあわない。脇役の汁物と思えばいいのだが、野菜も肉も入れてるからなかなかのコストがかかっている。汁物にしておくのは惜しい。それがポトフだった。
それが、新しい作り方をしてからは主役級ポトフである。
まずは、豚スネ肉を一口大に切る。ウィンナーでもいいけれど、俺は豚スネ肉がいい。ウィンナーっておいしいけど、ウィンナーの味になるので、ウィンナーにもポトフにも悪いなと思ってしまう。罪悪感を持って食べるのは嫌なので、豚スネ肉なのだ。
豚スネ肉に強めに塩コショウして炒める。このとき、油は敷かなくていい。豚スネ肉から十分な脂が出る。その脂でもって焦げ目がつくくらい炒める。脂が十分に出たころにニンニクを入れるのも忘れてはいけない。
もう、この時点でだいぶうまそう。
肉を炒めるながら野菜を切りまくる。
玉ねぎを薄切りにして鍋に入れる。肉や脂と混ぜる。
キャベツをこれでもかと切って入れる。混ぜる。
ブロッコリーを――、ジャガイモ、蕪でもセロリでもごぼうでも、とにかく入れたい野菜を全てぶち込む。俺はオレンジのせり科のやつは入れないけれど、入れると彩がいいだろう。
で、白ワインを入れて蓋をする。
え、水が入ってないって?
まだ入れないのよ。
これがポトフを主役級にするコツ。
野菜から出た僅かな汁と白ワインで蒸し焼きにする。するてっと、豚肉から出るうま味やコク、野菜の滋味が出てくる。うまく混ざる。
全体がしなしなになって、このまま食べられるんじゃね? となったら、やっと水とコンソメ、ローリエを入れて煮込む。煮込む時間は短時間でいい。
で、俺流なのが、最後に醤油をちょっとだけ入れる。
ポトフは丼にたっぷりと、つやつやの新米の炊き立てご飯を持ってコタツ机へ向かう。
丼を手にする。
眼鏡が曇る。
なんか眼鏡を曇らせるのも久しぶりで、食べる出鼻をくじかれる季節が来たことが嬉しい。
アイスだ何だと作ってはいるが、断然秋~冬が好きだ。食い物がうまい。
まずは冷めやすいキャベツと玉ねぎからいただく。うま味を吸って野菜のはずなのに芳醇な味わい。ジャガイモはスプーンでほろほろと崩れ、口に入れればじゅわっとスープがしみている。とっておきの豚スネ肉は、肉を食っている満足感に加えて、軟骨の歯ざわりがたまらない。スープをすすって、飯をかきこむ。
途中で米の上に野菜を乗せ、渾然一体となった野菜飯を食べたり、最後に残った汁に米を入れて行儀悪くすすったり。こうなるとポトフは断然おかずである。
ぷはっ
こたつ机に空になった丼を置き、そのままベッドに背もたれる。胃をさすって、目を閉じる。
幸せだ。
このまま寝てしまいたい。
明日は、赤城山の出張報告書である。ポトフが書いてくれるならもっといいのだが。