53 ソースの下に明かされる信実(オムそば)
三連休の二日目と三日目の間の夜。
ベッドに横になり、スマホ画面を見てしまう。
特に何か検索しているわけでもないし、見たい物があるわけでもない。
「あと5分したら、風呂入ろ」
たしか30分前も同じことを言った気がする。でも、全く起きれる気配はない。
連休は嬉しいはずなのに、なぜか持て余してしまう三日目。
二日の休みは、一日目が買い出しと掃除洗濯、料理。二日目は料理をしつつ、体力回復だ。一週間分の寝不足を解消し、ゲームをする。
すると、三日目が困る。
三日目には家事もないし、体力は万全ではないが75%は充電できている。かといって、遊びに行くには何だかダルい。明日は仕事というプレッシャーが、外出する気を失せさせる。かくして、スマホで眼鏡を光らせることになる。
何が時間がとけるかって、SNSと動画だろう。
同じゲームをする人のつぶやきを見ては、ガチャを羨ましがり、古い池を復活させる動画を見ては、部屋のメダカ水槽の改善を計画してしまう。極めつけが、流れてくる飯テロである。
「うぉ。大胆~」
焼きそばの麺を袋の上から包丁で6分割する動画が流れてきて、被弾する。6分割された焼きそば麺は、袋のままレンチンされた。
「絶対に余分な洗い物を出さない意気込みが感じられる」
突き抜け度合に感心し、つい続きを見ながら、脳内で自分なら……と考えてしまう。
俺なら、焼きそば麺は鉄パン(鉄のフライパン)でふっくら蒸し焼きにしながらほぐし、ソースを絡めながら、ソースの焦げたところを作る。するてっと、つるつるでふわふわの麺と香ばしさを楽しめるわけだ。俺の場合、洗い物や効率よりも、自分好みの味に近づくことがマストである。
脳内に、ソースが焦げた香りがイメージされる。がばっと起き上がった。
「とん平焼き作ろ」
さっきまで起き上がれなかったはずなのに、シャキシャキ動けるのが不思議だ。
冷蔵庫から焼きそば麺を取り出し、鉄パンに入れ、水で蒸し焼きにする。その間に、キャベツを500切りにして、豚バラ肉を解凍する。焼きそばに使っていた蓋を取ったら、眼鏡が曇った。
焦げ目を作った焼きそばを皿に出し、そのままでキャベツを炒める。と、ソースの香ばしさがついたキャベツの出来上がり。
豚肉を軽く炙る間に、卵をとく。
とん平焼きとの出会いは、大阪勤務時代だ。新入社員の頃は、大阪の本町に勤めていた。オフィス街には、こんな所に飲食店が!?と驚くような場所に食べ物屋がある。看板さえどこにあるのかわからぬ地下のその店は、昼はランチ、夜から居酒屋になる業態だった。そこで、先輩に勧められたのがとん平焼きである。
「何すかとん平焼きって?」
「お好みみたいなもんやがな。まぁまぁ食べてみ」
「お好みとどう違うんです?」
「えぇがな。食べてみたらわかる」
警戒する俺のメニューを勝手に決め、店の人もよそ者の注文を通してしまう。それが大阪である。
お好み焼きを半分にしたような物がやってきて、何が入っているかわからないまま食べる。それがおいしかった。大阪のえぇもんを食べずに帰すわけにはいかない。そんな人の好さと押しの強さが大阪だ。
古くなった記憶を頼りに、薄く卵を焼き、焼きそばを乗せ、キャベツ、豚肉を乗せて包む。
「大阪は粉もんがうまいのに、その粉が入らへんのがとん平焼きやね」
大阪の先輩の言葉を思い出しながら、写真を撮って件の先輩に送った。
あれ? でも、焼きそばは粉もんじゃ……。
不思議に思いながら、えいやぁっと、ひっくり返して、できあがり。お好みソースに青のり、マヨネーズをかけていただきます。
薄焼き卵を箸でやぶってかぶりつく。
――うん、うまい。
卵のほわっとした優しさに、ソースの甘辛さがちょうどいい。豚肉の脂をキャベツが吸って、ぺろっと食べられる。
お好み焼きより短時間で作れて、しかもおいしい。人に勧めるのも頷ける。
スマホが振動する。
「アホか。とん平焼きには粉もんは入らへんて言うたやろ。焼きそば入っとるやんけ」
先輩からのメッセージに頭を捻る。
おかしい。それなら、これは何なのか? 俺が食べたのには焼きそばは入っていなかったのか?
「焼きそば入っとったら、オムそばやろ」
衝撃のあまり、箸を落としそうになる。
大阪をちっとばかし経験しているからと、鼻を高くして「どや、これが本場のとん平焼きやで」と思ってたのは、実はオムそばだったとは!
恥ずかしい。
先輩を信じていないわけではないが、オムそばを検索してしまう。オムそばは岐阜県多治見発祥だそうです。はい。
検索結果に突き刺さりながらも、皿に戻ってくるのは、やっぱりこの味。
恥ずかしさもソースで飲み込む。
名前はどうあれ、これが俺の“うまいもん”ではあきまへんか。




