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44 これナンでっか(チーズナン)

「マトンカレーおいしかったわ」


「ほうれん草のカレーも食べやすかったよ」


「本当? すごく緑だったけど」


 外食組が帰ってきて、一気に部署が賑やかになった。おかえりとほほ笑むが、眼鏡の内側では、うまく笑えている自信がない。


 羨ましい。

 今日はインドカレー屋に行ったのか。

 ステンレスの小さな器に好きな二種類のカレーを選べる。あの形式も、鼻腔をくすぐるスパイスも好きだ。

 心のカレーメーターが、ギュンっとすごい勢いで「食べようかな」へと傾く。カレーメーターは、わずかな「無」に、「食べようかな」があり、半分過ぎからは「絶対カレー」を占めている。話を聞くだけでも簡単に揺れ動き、「無」には戻らない。それがカレーメーターの厄介なところだ。


「辛さが選べるのもいいよね」


「あんた激辛選んで、ヒーヒー言ってたじゃない」


「マンゴーラッシーでノーカンになったもん」


 あかんあかんあかん。

 カレーメーターがふりきれてしまう。

 ちょっと前にスパイスカレーを作った気がするし、何よりカレーは米を大量に消費してしまう。スーパーに米が戻ってきたのはいいが、まだ高すぎる。カレーを作る余裕はない。

 ラッシーは、牛乳にレモンがあればすぐ作れるんだよな。問題はマンゴーだ。さて、どうしたもんか。

 いやいや、まだ作ると決まったわけじゃ。

 これ以上聞いてはならぬ。


 視線はパソコンのモニターにくぎ付けのまま、ヘッドフォンへと手を伸ばす。仕事上、細かい音のチェックのためにヘッドフォンをつけることはままあるから、不自然ではないはずだ。


「でもさ。ナンおかわり自由ってすごくない」


「こーんな大きいのにね」


 ナンだって!?


 思わずカレー社員へと顔を向けてしまった。勢いが良すぎたのか、賑やかだった三人組がびくつく。


「あっ、すみません。うるさくして」


 そそくさと解散するカレー社員を見て、ヘッドフォンをデスクに戻す。


 そんな怖い顔してたかな。


 眼鏡を外しながら小さくため息をつき、こめかみを揉む。

 近くで、カレー社員たちをなぐさめる視線が交わされるのを感じて、どっと疲れた。


 ちゃうねん。うるさいなんて思ってないて。


 もうカレーメーターはすっかり「スパイスカレーとナン」へと振り切ってしまったし、戻すだけの精神的ゆとりがたった今消え去った。


 お米がなければ、ナンを食べればいいじゃない。


 心のマリーアントワネットに頷くしかない。この休日は贅をつくそう。





「ナンはナンでも、のび~るナンなーんだ?」


 ナンの生地を綿棒で伸ばしながら頭の悪い独り言を言ってみる。会社ではカレー社員に怒っていると誤解を生んでしまったけれど、自宅でならいくらでも思ったことが言える。


「答えは、チーズナンでした!」


 ピンポンピンポーン!


 心の中で拍手を浴びながら、細切りチーズを鷲掴みし、ナン生地に乗せる。折りたたんだら、あとはフライパンで焼くだけだ。パンを作れる人なら簡単に作れる。何せ二次発酵はいらないから二時間半で作れる。


「おかわり自由だったっけ」


 本日焼くチーズナンは4枚の予定。くやしいのは家にはナンを焼く窯がないことだ。あれがあれば両面同時に焼けるだろう。そこはやはりお店の良さである。


 きつね色に焼いたチーズナンとスパイスカレーを持って居室へ戻る。すでに部屋はカレーの香りに満ちていて、それだけで腹が鳴る。

 昼間は暑いくらいだったが、夕方になって風が冷たいくらいだ。カレーを食べるにふさわしい。


 ゆれるカーテンにくすぐられながら、チーズナンを割った。中からチーズがのびる。眼鏡が曇る。

 まずはチーズナンを一口。

 小麦の甘さにチーズがガツンと効いている。


 チーズナンでカレーをすくって、また一口。辛めに作ったスパイスの刺激をチーズのコクが追いかけて来る。

 チーズナンを割る。チーズが伸びる。

 これがたまらなく好きだ。


 どうにか収めたチーズナンをカレーに漬ける。日本のカレーと違って、スパイスカレーは粘度が低い。ナンの生地にカレースープがしみ込み、玉ねぎやらセロリ、トマトに小松菜をナンですくう。甘辛混ざったのをいただく。


「うまっ」


 お次は、手羽先である。スパイスカレーで煮込まれた手羽元を手で持つと、ホロリと崩れる。ジューシーな肉汁がカレーに混じる。

 タンドリーチキンもうまいが、俺の中ではまた別の料理だ。主役級すぎる。

 スパイスカレーのうま味と混然一体となった手羽元が最高だ。何せ骨からエキスが出る。


 休みの日、朝から仕込んだスパイスカレーに二時間半で焼いたチーズナン。高級食材は一つも使っていないが、何とも贅沢な時間だ。


 存分におかわりし、腹をさすりながら夕涼み。冷たかった風が心地いい。


「残りは弁当にするか」


 チーズナンで1食、ご飯で2食分のカレーが残っている。贅を尽くして、さらに倹約になるのだから素晴らしい。


「待てよ。カレー社員にバレるか?」


 あの時、謝らせるほどガン見したのは、実は羨ましかったから。そんなことがバレたら赤面ものである。


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