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41 寝て待て(手打ちうどん)

 どうしてだろうか。

 電車で居眠りをするのが一番深く眠れる気がする。

 それでいて、駅に着いたらちゃんと目が覚める。


「まもなく新横浜、新横浜。お出口は右側です。新幹線、横浜市営地下鉄ブルーライン、相鉄線、東急線はお乗り換えです」


 そうか。駅に着く直前に目が覚めるのか……。己の社畜ぶりに疲労度がどっと増す中、重い腰を上げ、鉛でも入ったかのような脚を動かして電車から降りる。乗り換えだ。


 土曜の新横浜駅は、いつもに増して歩きにくい。大きな買い物袋を持った人が横並びになるし、巨大なコロコロを引く人々は案内表示を探して歩く速度が遅い。追い越せばいいのだが、休日出勤の俺にはそんな力は残っておらず、恨めしい目をして、大人しく列に並んで歩く。



「さて、と」


 今宵作るのは、手打ちうどんだ。何しろ、お米が激高だから、小麦粉で腹を膨らませるしかない。

 うどんの材料は強力粉、薄力粉、塩に水、コーンスターチの四つだ。強力粉と薄力粉を半量ずつ、ザルでふるう。塩は水に溶かしておけば、準備は終わり。あとは、塩水を入れながら、混ぜるだけだ。

 ボウルの小麦粉に塩水を入れて、軽くかき混ぜる。

 ホームベーカリーでこねるのも楽でいいが、繁忙さに魂がすり減っているこんな時には、手で混ぜるに限る。

 さらさらの小麦粉に水が馴染んでいく感触に神経を向ける。ただ、小麦粉に水を混ぜるだけなのに、季節や天気、温度や湿度の関係で、毎回少し違う気がする。本当にささいな違いだけれど、ここで手で触っておけば、後の水加減がしやすい。

 小麦粉がぽろぽろになるのが早ければ、水は半さじ多めがいいし、粘っこければ、水は控えなければ麺が打てない。


「はぁん、今日は少なめね。そういや、今夜から雨だっけか」


 開けたままの窓からは、何やら冷やっこい風が入ってきている。よし、このまま明日も寒ければあったかうどんにしよう。熱いのなら、冷やぶっかけにすればいい。うどんは万能である。瀬戸内出身なので、もれなくうどんが好きだ。関東に来てからは、うどん屋の少なさと、相対するように蕎麦屋が多いのには驚いた。


 水加減に見当がついたら、見込みの90%の塩水を入れて混ぜる。見込みがあってりゃ、小麦粉は少しずつまとまるし、ハズレてれば小麦粉を足すか、水を足すかだ。何にせよ、見当通りだと気分がいいし、ハズレても何も問題はない。こういう懐の広さがうどんの良さであろう。


 だいたいまとまった生地に、残りの10%の塩水を混ぜれば、ボウルの中は一塊になった生地があるはずだ。まだ、つるつるにはほど遠く、ざらざらしているが、それでいい。30分ほど寝かせれば、水分が小麦粉にいきわたって、しっとりした生地になっている。


 ここで、ジッパーがついたビニール袋を用意されたし。なにしろ、保存用に作られたこの袋は、分厚くて踏んでも破れない。

じゃあ、そろそろ、用意はいいかい?

Shall we ふみ?


 ふみふみふみ

 ふみふみふみふみ

 足の下で、うどん生地が伸びていく不思議な感触。食べ物を踏む背徳感があるが、これもうまいうどんの為、心を強く持たねばなるまい。


 伸びた生地を手で折りたたみ、また、踏む。

 ふみふみふみ

 ふみふみふみふみ

 うどんのコシに必要なだけ、俺の歩数が増える。

 新横浜駅で恨めしい目で、速度の合わぬ人を追い越せなかった俺は、もうここにはいない。リズミカルに小刻みにステップを踏む。

 ふみふみふみ


 ぞんぶんに踏めたら、お次は冷蔵庫。

 翌朝まで寝かせよう。こんなとき、ジッパーがついていたら、どうです? 楽に保存できるでしょ? 先まで見越した仕事ぶり!

 くだらぬことで、自分を盛大に褒めそやして、俺も寝る。



 いつもの出社時間に目が覚めて、骨の髄まで染みついたサラリーマン生活に悪態をつきながら、冷蔵庫から生地を出す。

 今度は室温で三時間。当然俺は二度寝する。


 ふわわ~、おはよう。

 途中、リテイクをくらった書類をさばく夢をみたけど、どうにか二度寝に成功。

 ビニール袋から、生地を取り出せば、しっとりもち艶のやわらかい生地ができている。触るだけで気持ちがいい。

 そいつを、コーンスターチで打ち粉をしたのし板で伸ばす。プロの方は、綿棒に巻き付けてくるっと向きを変えたりできるが、俺にはできない。できないくせに、一度に四人前は打つから、伸ばしては両手でべろ~んとのし板から剥がし、ぺたんっと方向転換するしかない。なるべく全方位にまんべんなく伸ばしているつもりなのだが、あっちは長く、こっちは短くなってしまう。不格好なら薄さだけでも均等になればいいのだが、これもまたまちまちだ。プロがのせば、四角い形になり、薄さも均等になる。

 でもね。俺はこういうのがいいと思うんだよね。


 三段に折りたたんだ生地を、包丁で切る。これも、パスタマシーンがあるから、それでやってもいい。でも、今日は包丁で切りたい。

 パスタマシーンでやれば、均一な厚さで均一な太さのうどんができる。俺が包丁で切ったら、短かいのもあれば長いのもある。でも、好きな細さになる。

 きしめん風にするもよし、ひもかわうどんみたいにするのもいい。吉田うどんのように太くてもいい。


 切れたうどんを茹でるのに便乗して、乾燥ワカメを投入すると、もう待つことはできない。注文が大量に入った調理場のコックのように、平行して雪平鍋で、白出汁を温める。冷凍庫から切ったネギを出し、沸騰寸前の出汁に卵を落とす。白身が固まるのを見ながら、うどんの茹で具合を確かめる。

 こんなとき、猫舌は不利だ。秒を争う茹で具合なのに、冷やしてからでないと試食できない。


 できあがったうどんに、すりだねをかけてから、箸でうどんをすくいあげる。湯気を立てて黄金の出汁をしたたらせるうどん。

火傷覚悟ですする。

 眼鏡が曇る。


 無我夢中ですすっていたら、切り損ねた糸みたいな麺に当たる。思わずニヤけてしまう。

 こういうのが好きだ。


 いくら揃えようとしても、不揃いなのがいい。

 最初から不揃いを目指すのではなく、あくまで今日の理想の太さや薄さがあって、やってはみるが、はみだしてしまう。そういうどうしようもないのが好きだ。


 面倒くさいのに、うどんを打つ理由はこれ。


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