40 包容力(ロールキャベツ)
大変なことである。
俺にとって、スーパーとは、夢を叶える場所だ。
毎週、休みの日に、今週は何を食べようか考える。
そろそろおでんか、それとも定番の鍋か。好みの魚があれば、気分がぐっと高揚し、帰り道はスキップでもしたくなる。
「お会計は7番自動精算機へどうぞ」
案内された自動精算機に表示されている値段は、脅威の五桁!!
大変なことである。
「なんで!?」
レジで二重に通った物がないのは確認している。
各段高い物は買っていない。
一人暮らしである。
一人で万とかいくぅ!?
財布の中には、万円札は二枚しか入っていない。
今月、残りをこれで過ごすというのに、半分切るとは致命傷になる。
小銭入れをひっくり返し、自動精算機に全力投入。
カラカラカラリと吸い込まれていくが、それでも万札を要求される始末。
俺も漢だ! 腹をくくれ!
自動精算機がお釣りを用意してくれる間、財布の残額はゼロ!
最寄りのスーパーですっからかんにひん剝かれるとは思いもせんかった。
戻ってきた北里柴三郎の顔が怖い。
まるで俺が無計画に散財したのを責めているように見える。
無駄遣いなぞしてない。
値段が落ち着くまで、キャベツなしで乗り切ったし、コンビニでご褒美おやつも買ってない。今日はお米を買っただけやて。
馴染みの夏目漱石に戻して欲しい。
たぶん漱石先生なら、俺のこころに寄り添ってくれるに違いない。
帰り道、北風がしみる。
みんな物価高が悪いんや――。
スキップどころか、胃がシクシク痛む。
こんなはずじゃなかった。
スーパーの帰りは、あれ作ろう、これ作ろう。これで今週も乗り切れるぞと、エナジーチャージになっているはずだ。
こんな世の中じゃ……。
信号待ちで、ピアノ教室の窓に映った自分を見てぎょっとした。
MA-1ジャケットの背中は曲がり、ぼさぼさ頭の眼鏡野郎が、しょぼくれた顔をしている。
心のどこかで、婆ちゃんに背中を叩かれた。
「秀和! しゃんとしなさい!」
毒づいて、かたを落として歩く自分が嫌になった。
時代に抗ってやる!
手間暇かけて、ロールキャベツでも、作ったらぁ。
電気ケトルで湯を沸かしながら、キャベツを一枚ずつ剥がす。キャベツを裏返し、茎に包丁を入れてから、葉を剝がす。これがなかなか厄介だ。簡単ロールキャベツの作り方なぞでは、先にキャベツを丸ごと電子レンジでチンすればいいと書いてあるが、キャベツまるごとロールキャベツにしたくない俺は、手でやるしかない。
途中で千切れては、がっかりし、複雑に入り組んだ葉にイライラする。
ようやく剥がれたキャベツは、芯の部分だけ薄くスライスして厚みを統一する。そんでもって、一枚ずつ湯がく。
はい、もう面倒くさいね。
でも、進捗度合はまだまだスタート。
今度は玉ねぎをみじん切りにし、豚ミンチに入れる。そこへ塩、胡椒少々、パン粉を入れて混ぜる。卵は使わないのが中谷家流。卵を入れずとも、ちゃんとまとまる。
こうしてできた種の一部をハンバーグとして焼いてしまう。するてっと、明日からの弁当になってくれる。経済的だし、失敗したキャベツを茹でたのと、目玉焼きを入れたらロコモコ丼の完成だ。大変よろしい。
さて本命に戻る。ハンバーグにしなかった種をキャベツでくるくる巻いて、最後をスパゲッティの乾麺でとめる。
かんぴょうで縛るのが一般的だが、我が家にかんぴょうはない。手軽に済ませてしまう。つまようじでもとめられるけれど、スパゲティ麵だと食べられる。
くるくる巻きながら、己を叱咤激励する。
ロールキャベツは面倒くさい。
焼けばそのまま食べられるハンバーグ種を、葉で包む。手間である。
検索すれば、キャベツの中だけをくりぬいて、そこにハンバーグ種を入れるロールキャベツがあった。巻かない、葉をむしらない、形もくずれない、見た目のインパクトもある。いいことづくめのレシピと言える。
だがしかし!
巻きたいのだよ。面倒でもね。
俺が目指すロールキャベツは、中谷家オリジナルのやつだからだ。
巻き終わったロールキャベツは、トマトが入ったスープで煮るのが一般的。
我が家のロールキャベツは、トマトなし。コンソメスープに醤油と日本酒で味をつけた和風。仕上げに片栗粉を入れてとろみをつける。
同居していた婆ちゃんが食べやすい味付けに、おふくろが改良したものだ。
婆ちゃんは、台所をおふくろに任せ、手は出さずに口だけ出すタイプだった。理不尽なことも多々あったはずだが、おふくろは食べ盛りの俺たちと、婆ちゃんの両方が好む味を探ってくれた。それが、このロールキャベツ。
コタツへ移動し、本日も写真を撮影する。
まずは、木のスプーンでスープを頂こうとして、もれなく眼鏡が曇った。
同じく眼鏡族のばぁちゃんを思い出した。
短気で、漫才が好きだった。「眼鏡、眼鏡」と探してはいるが、実は頭に乗っているのを見て、何度も笑い転げたものだ。
喉を鳴らし、スープを飲めば、胃に温かさが染みる。
箸でキャベツを両断し、ご飯にのっけてかきこむ。
う~ん、いいねぇ。
とろりとしたキャベツに、肉汁があふれて絡んでくる。
こんな手間のかかるもんを、家族の人数分作ってたなんて、流石おふくろ様。
俺は独り身だから、食べきれぬ分は冷凍庫行きだ。
短気な婆ちゃんが、ギャグを挟んでいたのは、今思えば、彼女なりに場を和ませたかったのかもしれない。妙な家族だ。
家族のレシピを後世に伝えたいところだが、生憎その予定はない。




