39 三層のこだわり(エクレア)
みなさんは。シュークリーム派だろうか。それともエクレア派だろうか。
俺は断然エクレア派。
シューとカスタードまではだいたい同じでも、チョコレートのアクセントがいい。細長いから食べやすいところもいい。
大好物なのに、滅多と買わないし食べられない。というのは、好みがはっきりしているから。
何といっても、シンプルなカスタードにチョコがいい。苺やキャラメル、金箔はいらない。ちょっと固めのシューに濃厚なカスタードが好みだ。
実家の近くには、昔ながらのケーキ屋があり、そこのエクレアが一等よかった。月に一度のお買い得デーに、小学生のときは一個、中学生になったら二個、高校では一度に三個買っていた。量食べても飽きない。大人になった今は、食べたいときに食べられるはずなのに、地元にはおらず、知らない間に閉店していた。
心の隙間を埋めてくれたのが、某コンビニのエクレアなのだが、これがマイナーチェンジを繰り返す内に、好みからほど遠くなってしまった。おのれ主本主義。
食べたいもんは作るに限る。
己の欲望にアジャストできるって最高でしょ。
ちょっと待て。
自分で作れるのに、滅多と食べられないとはどういうことか。と思われただろうか。
それには深いワケがある。
話す前に、先にエクレアを作り始めよう。
エクレアの秘訣は、シューとカスタードにある。シューがふっくらと膨らむことで、中にカスタードがたっぷり入れられる。どちらかが失敗しては台無しだ。
バターにサラダ油、水を雪平鍋に入れて沸騰させる。このとき、面倒くさがってバターを塊のまま入れてはいけない。バターは常温に戻し、かつ細かくしておかなければ、バターが溶ける間に水分が減りすぎてしまう。ベーキングパウダーも入れていないのにシューが膨らむのは水蒸気のおかげだ。
沸騰した雪平鍋に、小麦粉を入れてねりねりする。この時の温度は75~85度。温度が低すぎたら糊化せず、高すぎると油分が分離してしまう。練ってやることで、水蒸気で破れない皮ができる。
卵の量もちょうどよくするのがコツの一つだが、卵はサイズによって10gはゆうに変わるから、あらかじめ計測しておくのがいいだろう。とはいっても、室温や何やかんやで、数gくらいの違いが出るのがややこしい。
生地ができたら、オーブンに入れるまでも勝負どころで、生地が冷えすぎるとうまくふくらまない。
やっとできた生地を190度で15分、180度で20分焼く。
ほらね。なかなか手間がかかるでしょ。
常に温度やら手ごたえやらを要求してくる。しかも、エクレア5個作るのに卵が6個いる。費用がかかっている分、膨らまなかったときのガッカリ度ったらない。
せっかくの休みの日に、神経尖らせてエクレアを作る。
非常に疲れる。
ちなみに、ここまでで手間は1/3である。
ここから、カスタードを作るのだ。
一般的なレシピより、俺の好みのエクレアはカスタードが倍入る。
しかも、白身が入るのは許していない。
エクレアを作るということは、白身が大量に余るということだ。おのこしはゆるしまへんでなので、明日以降の俺にエールを送るしかない。
牛乳に小麦粉、砂糖を入れて泡立て器で練り練りし続ける。ただそれだけでカスタードクリームはできる。が、練る手を休めるとダマになり、焦げる。ガスコンロの前から離れずに、一心不乱に練る。練る。練る。
カスタードクリームが炊き上がる直前にラム酒をたっぷり。これが俺の好みだ。バニラではなくラム酒を入れるとコクが深まる。無論バニラビーンズも捨てがたいのだが、あれはなかなか高額である。さらに費用を吊り上げる必要はあるまい。
期待通りに焼きあがったシューに、ほっと一息つくが、これで終わりではない。
むしろ、今からが本番。
シューをケーキナイフで切り開く。中にこれでもかとカスタードクリームを詰める。
もうここらで、満身創痍だ。
疲れた、もう終わりたい。
だが、仕上げのチョコレートがけが残っている。
ねりねりし過ぎでうずく腕を誤魔化しながら、チョコレートをテンパリングする。
湯せんでチョコレートをまんべんなく50度に溶かす。湯から下したら、今度は冷やす方。これもまんべんなく温度が下がるまで混ぜ続ける。目指す温度は32度。さすれば、ようやく使えるようになる。
冷めすぎたら温めて、整然と並ぶエクレアにチョコをつけていく。
「うぅ……。終わった――」
己の食欲を満たすだけなのに、こうも疲れるとは。
これがエクレアを滅多と食べられない理由だ。
あぁ、ちょっと高くてもいいから、満足するエクレアが買える店がないだろうか。
あったら、もっと頻繁に食べられるのに。
作るのが面倒なもんで、一度にたくさん作る。
たくさん作ろうとするから、よけいに疲れる。
しかし、冷蔵庫の中にエクレアが並ぶ様子は圧巻である。
幸せの極み。
眼鏡が怪しく光る。
「コーヒー豆でも挽くか」