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38 ねばり強い一年に(松前漬け)

 新年二日目、昼には帰る俺におふくろが声をかけてくる。


「数の子余っちゃったから、持って帰りなさいね?」


 ‼

 数の子は俺の好物だ。それが余っているとは、聞き捨てならぬ。


 オンラインゲームを実家でできるようになり、自室に引きこもっていたが、台所へ向かった。食卓には、おふくろ手製のお重がある。

 そっと中身を確認後、板つけを頬張りながら、冷蔵庫を開けて目ぼしいタッパーを探す。確かに出汁に漬かった数の子がぐっすらあった。

 インフルエンザが大流行しているから帰省を悩んだが、思い切って帰った甲斐があった。


 数の子といえば松前漬け

 松前漬けといえば、数の子

 数の子があるのなら作るしかあるまい。


 のそのそとMA-1ジャケットを着込み、マーチンの紐を結んで出かける。

 行く先は、近所のスーパーである。年末年始に営業してくれることが大変ありがたい。



 昆布とアタリメが細く刻まれたあのセットは手間をかけずに松前漬けを作るのに最適である。

 実家用と自分の二袋購入し、ついでに地酒と暗くなっていた電球も一緒に実家へ戻る。


 いそいそとアタリメを熱湯で戻しつつ、ジップロックに昆布を入れる。

 付属のタレを使えば楽だが、タレだけは譲れないので自分で調合する。


 とは言っても、いたって簡単。

 醤油、砂糖、日本酒をドボドボと目分量で入れるだけ。

 さきほど買ってきたやつだ。

 シンプルだからこそ、日本酒くらいはいいやつを使ったってよいではないか。


 ジップロックにアタリメとタレ、件の数の子を投入!


 二袋分作り、片方は冷蔵庫へ。もう片方は帰宅するためにパッキングした荷物へ追加する。電球を交換したら、もう思い残すことはない。


「よし! 出発するか」


 帰省ラッシュの文字が嘘のような電車に揺られて移動すること五時間。

 この間にも、松前漬けには味が染みている。

 昆布からは昆布エキスが出て、数の子とアタリメのエキスが入る。

 三者が互いに補い合う。

 実家と東京のアパートの時間軸も同じ。

 無駄なことなど一つもない。



 すっかり日が暮れて真っ暗な中、一人暮らしのアパートに着くと、ほっとしてしまう。

 実家を出てもう長いこと経つので、自分の居場所といえば、もっぱらこの部屋だ。

 それでも、実家から持たされた煮ものや餅を出せば、何やら温かな気持ちになるのがこそばゆい。



 モニターをつけて、買ったばかりの日本酒をコップに注ぐ。

 燗はしない。スーパーで入手したそれは樽から瓶に移されたばかりの樽酒である。


 口にふくむと、樽の香りがぷんとして、正月とは特別な日なのだと実感する。


 頬をゆるめて、ジップロックから直接松前漬けを食べれば幸せだ。


 モニターの向こうには見慣れた風景、正月でも入れ替わりで仲間が俺の周りをうろつく。新年の挨拶をして、彼らが口々に好きなことを話すのを眺める。



 ピーピーピー!


 おっと、俺の相棒が呼んでいる。


 どんぶり鉢に、炊き立てご飯をついでもってくる。

 眼鏡が曇る。

 松前漬けに、白ご飯、樽酒。

 なんとも贅沢。

 普段深夜になってもまだ物音が絶えない東京だが、正月だけは別だ。現実のこの世界でも、オンラインゲームの中と同じく、閑散としている。

 この静寂が好きだ。

 深夜に食べる一人飯もそう。



 俺と同様に仲間はそれぞれどこかに帰っているから、メンバーは少ない。

 野良でパーティーを組んでミッションをこなして遊んでいると、SNSになじみのメンバーからのタイムラインが流れてきた。


 実家での甥や姪とのエピソード、歌番組初出場のバンドに喜ぶ年老いた親の動画、古の餅つき機が稼働する様子と、皆さん何やら楽しそうだ。

 とうとう実家にゲーム機を持ち込んで、ゲーム三昧だった自分と比べてしまう。俺だってうまいもんを食って、したいことをして楽しかったし、楽しい。それでも、隣の芝は青いものだ。


 自分のことで手一杯で、他人と深い関係を築く努力を惜しんでいるから、こんな風に感じるんだろうか?

 好きなはずの静かさが、ひたひたと寒さを伴って近づいてくる。


 スマホが振動し、通知が出る。


「電球変えてくれて、ありがとう」


 頬が緩んだ。


「ところで、細い昆布まみれの数の子、これは何?」


 がくっとなって、返信を打つ。

 瀬戸内の我が家では、松前漬けはメジャーじゃないのか。


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