34 欲望ブーストコーナー(鶏つくね)
休みの日、近所のスーパーに買い出しに出る。
幸せだなぁ。
恋人との買い出しではない。
いいコートとかいい服、家電の買い出しではない。
一人で、卵とか、掃除機の紙パックだとか、そういうただの日常の買い出しだ。
だってさ、普通の買い出しがままならないときってあるよね。
貴重な休みを脅かす、他所の子のインフルエンザ。
社会のしくみとして、子どもを守るのは当然だって俺は思うのね。
俺みたいなお一人様は、社会の発展に根本的な数として貢献することはできないわけで、それなら、今、子育てをしてる世代の代わりをするのは必然。
そういう使命感で俺は動いているんだけど。
だけど、さー。
それが毎回重なると、文句になってしまう。
つがいも見つけられずに、子孫を残せないので、身を粉にする覚悟はあるのに、ツライときにはつらいと思うわけだ。
だ・か・ら。
だから、普通に休みが休みになるってのが嬉しい。
なじみのスーパーに入るだけで、テンションがあがる。
欲しいもんは全部買っちゃる!!
そのくらい許されていいはずだ。
このスーパー、なかなかのスーパーである。
何しろ、角煮がどーん!と一本とか、直径三十cmあろうかというハンバーガーが売ってたりする。
一人でたらふく食べられたら夢みたいじゃね?
それを叶えてくれるのだ。
自炊が好きなもんで、あまり惣菜を買うことはないのだが、欲望センサーの感度を上げるために、惣菜コーナーを見るのはかかせない。
そう、惣菜コーナーは、会社で殺してきた欲望を思い出させる場所!
竜田揚げ1kgに、牛乳寒天1パック、穴子一本寿司ね。ふむふむ。
みんな、本当にこれ一人だ食べるつもり?
ちょっとネジがふっとんでるね!?
脳内で、まだ知らぬ仲間と固い握手を交わしてしまう。
でも、俺が食べたいものはコレじゃない。
おずおず、食欲センサーを開放する。
つくねのチーズ焼き。
でかいタコ焼きほどのつくねに、チーズとマヨがトロりとかかっている。
これだ!!
これを作ろう!
鶏挽肉に、ニラ、砂肝を買い込む。ビールを忘れてはいけない。
俺には、鶏つくねの秘伝のレシピがある。
一つは、鍋にぴったりのふわふわ系で、残る一つは砂肝入りのふわっとコリコリおかず系だ。今回はおかず系のを作る。
作るもんが決まったら、早歩きで帰宅。
鶏ひき肉に細かく刻んだ砂肝、ニラ、片栗粉少々に、醤油、日本酒を入れてこねる。
こだわりというか、日本酒は料理酒ではなく、どこかしらの名のついた日本酒を入れるのが好きだ。
出張が多い関係で、出先では地酒を買うことにしている。そんで、好みでなかったら、料理に入れてしまう。好みでなくとも、味が引き立つこと請け合いなのでお試しあれ。
できたタネを、ハンバーグのように焼くだけ。
正直、手はべたべたするし、ハンバーグのように手離れはよくないし、めんどうだ。
惣菜コーナーで買う方が安いし、圧倒的に楽。
でも、自炊してしまう。
好きなもんだけ入れられる楽しみがある。
マヨ入りのと無しのと、チーズ入りのと無しのと。人によったら、大葉を乗せたりしてもいいし、バジルとチーズを乗せて、トマトソースにしたらイタリアンになる。
もっと簡単な差なら、砂肝じゃなくてゴボウにしてもいいし、鶏軟骨ってのもいいよね。
自炊には、無限の可能性があるってわけ。
俺は、食いもんの好みが強いんで、誰かが作ったもんより、自分で好きに作った方がうまく感じる。逆の人もいるだろう。
鶏つくねを作ると決まったら、それに向けての準備もぬかりない。
好みのビールは冷やしてあるし、居室は温めてある。飯も炊いたし、野菜が食べたくなったとき用の味噌汁だってばっちりだ。
フライパンの蓋を開ける。
眼鏡が曇る。
ふふふふふ。
曇った眼鏡の男の頬がだらしなくゆがむ。
炊き立てご飯をどんぶりによそい、鶏つくねを乗せる。さらに、焼いたフライパンで作ったタレをとろりとかける。
肉汁でつくったタレは、ただのタレではないポテンシャルを秘めている。
仕上げに白髪ねぎと七味をパラリ。
「いただきます!」
木のスプーンでかきこむ。
どんぶりからは白い湯気、荒い息がそれを掻き立てる。
一口大のつくねにかじりつく。たんぱくな味わいながら、ニンニクのコクと砂肝のコリコリとした食感に食い出がある。
タレのかかった飯が後を追い、喉が鳴る。
「あぁ、幸せ」
牛や豚のような脂のうまさはない。だが、堅実な味わいがある。
それに飽きたら、チーズを乗せればいい。
こんな気ままな食事、お一人様でなくてはありえない。
小さい子どもがいたら砂肝は固いだろうし、大きな子がいたらつくねよりハンバーグがいいだろう。
七味唐辛子も、チーズの量も、好きなときに好きなだけ。
これぞ自炊のよさである。
「願わくば、来週末もスーパーに行かしてくれよ」
どうだろうか。