32 勝てない夜(カリーブルスト)
「んじゃま、ちょっと休憩するわ」
ゲーム用ヘッドセットと眼鏡を外す。目がしらを揉んだ手で、ヘッドセットで潰れた髪をくしゃくしゃにかき上げる。
大きく背伸びして、リクライニングチェアがきしむ音がした。
「っはー疲れた!」
時刻は深夜一時。シューティングゲームのオンライン対戦を終えたところだ。
いい大人が、なんだけど、今日くらいは許して欲しい。
だって、フェスなんですもの。
見た目がカッコかわいいキャラのそのゲームは、時々フェスなる大会がある。
大事ではないが、日常を彩るこだわりに分かれての派閥に分かれて戦うのだが、派閥を決めるのが面白い。
何派であるのか熱く語ることもできるし、静かに属することもできる。
そんな気軽なゲーム性が好きで、タイミングがあった時だけ、通話をしながらゲームをする。
通話をすれば、連携プレイも楽だし、何といっても仲間とワイワイやるのが楽しい。
何たって、誰かん家に集まらなくてもいい。
寒い日に自分ン家から出ずに、時間も気にせずできるっていいよね。
部屋着、寝ぐせ付き!
今の子供なら当たり前なことでも、放課後に友達の家に集まって赤外線通信をしていた身としては、ありがたい。
友達の母ちゃんに、一時間経ったと追い出されることもないし、寒風吹きすさぶ公園で頭を突き合わせることも、電池の残を気にすることもない。
ゲットしたフェス報酬で、最新の装備に切り替える。
ファー付きスリッパが大変温かそう。
装備の見直しをしていたら、腹が鳴った。
そういえば、ゲームに夢中で三食目を食べていない。
よろよろと台所へ行き、食材を確かめる。
手作り食パン一枚、ソーセージか。
ふぅむ……。
いきますか!
ソーセージを三分割してフライパンへ。
なけなしのキャベツ(最近また値上がりした!)を五百切りして、こいつも投入して一緒に炒める。
味付けは、ケチャップと――。
ケチャップを入れると、フライパンの音が変わった。
ケチャップが焼ける匂いがし始めるだけで、気分がアガる。
ウスターソースに、カレー粉。
ウスターソースといえば、地元にいたときは断然イカリソースだった。関東に来てからはブルドッグである。同じソースなのに、味が違うのがおもしろい。
これも、フェスのお題にして欲しいくらいだ。
赤い缶のカレー粉を振りれば、腹が飯を催促し始めた。
カレーのうまさを、身体の細胞が覚えている。
食パンをトースターで温め、フライパンのソーセージを上に載せる。
これだけでもうまいが、俺はさらにチーズをかける。
深夜なのに、大丈夫かだって?
自分、三食目ですから!
お夜食じゃありませんから!
トースターが、ジリジリジリと稼働している間に、フライパンを洗い、缶ビールを出す。
シパッとプルタブを開けて、一口頂く。
寒さに震える。
足先が寒いが、靴下を取りに行くのは面倒だ。
居室はあたたかいし、台所は微妙に寒い。
結果、フラミンゴのように片足で片足を温めるハメになる。
ゲームの中じゃ、ファー付きスリッパを履いているが、リアルでは裸足。
まぁ、そんなもんだ。
早よ、焼けろ。
食パンから出る水分が、トースターの窓を曇らせる。
トーストの焼け具合は、油断大敵だ。
表面はキャラメル色でカリッと、中はしっとり、チーズはとろ~り。
パーフェクトを目指すためには、フラミンゴになるのもやむを得ない。
トースターの扉を開けると、カレー粉の刺激と焼けたチーズの香りが広がった。
「あち、あちあち」
トングを使うのも忘れて、指を焼きながら皿に乗せる。
急いで、皿にトーストを乗せて、コタツへ移動。
トーストにかぶりつこうとしたら、眼鏡が曇った。
危ねぇ。熱センサー、GJ!
優れた熱センサー(眼鏡)を、トレーナーの下から引っ張り出したTシャツで拭く。
さらに、写真を撮って、SNSに投稿する。
「んぎゃぁ! 休憩ってこれかよ!」
「中谷ぃ!!」
俺のゲーム内名は、ミディアムバレーである。なのに、誰かが中谷と呼び始めてから、誰もが俺を本名で呼び始めた。まったく。
「これ何?!」
お答えすべく、スマホ画面に指を走らせる。
「カリーブルーストぉ!」
「うまそぉ!」
「深夜にけしからん!」
皆さん大変よくわかっていらっしゃる。
おかげで、衝動を緩和してマテができる。
「ビールにあう」
「ふざけんな!」
食パンの耳をかじる。
ん。いけそう。
がぶっとやる。
ウィンナーがパリンッと裂け、肉汁がカレーケチャップに混じる。
肉汁とカレー粉に脳が活性化し、チーズに脳汁が出る。
キャベツはシャクシャク、トーストはカリッで、ふわっ。
これ、これ!!
むさぼり食い、ビールで流し込む。
「ふぃ~」
満足して、放置していたゲーム画面に目を戻した。
画面には、ふわふわスリッパを履いた俺を囲む、メンバーの皆さん。
吹き出しに「飯テロの中谷」「深夜飯」「休憩とは?」と書いてある。
そういえば、ちょっと休憩しようって話だった。
「へいへーい」
もう一戦いきましょうかね。