3 ここで会ったが一年ぶり(たけのこご飯)
ぶぇっくしょい!
帰宅してから何度目かのくしゃみが出た。。
ゴールデンウイークも目の前なのに、まだ花粉が飛んでいるらしい。全盛期よりマシになったが、それでもおのれ花粉めと恨まずにはいられない。
普段なら、帰宅後はすぐにシャワーを浴びる。
が、今日は違う。
我が家で一番大きい鍋のフタを開ければ、煮汁の中にたけのこが横たわっている。
表面には米ぬかがべっとり、ついでに鍋のフチにもこびりつき、不快な見た目といえる。
けれど、俺には輝いて見える。
なぜなら、たけのこのアク抜きには時間がかかるからだ。
時間は昨夜の帰宅時に戻る。
閉店間際のスーパーで見つけたのは、テーン!と置かれたたけのこ。
存在感が半端ない。
たけのこを取りに行く前に湯を沸かせと言われるほど、たけのこは鮮度が大事という。
それがよ? 朝、スーパーに入荷されたのが、売れ残って閉店間際。
たった一本、立ってる。
横たわってんじゃない、生えてるのかって疑うほどに立ってる。
「俺を待っててくれたのかい?」
実際声に出したら気色の悪いセリフを、心の中で言うほどの存在感。
即お持ち帰りした。
抜刀術かなっていうくらい気合を入れて、穂先を斜めに切り落とす。
下についているイボを包丁でとる。
まな板が土で汚れるけど、それは気にしない。
うまいたけのこのためには、多少の犠牲は必要だ。
オブ たけのこ バイたけのこ フォーたけのこだ。
たけのこがまるまる入るサイズの鍋があるなら、そこにたけのこを入れる。
でかい鍋がないなら、たけのこを入るサイズに切ればいい。
小さく切れば、火の通りも早い。
鍋にたけのこがかぶるくらいのたっぷりの水と、米ぬかを入れて火をつける。
これがさ、まぁ、米ぬかが入るから吹きこぼれるんだよね。
早く煮たいでしょ、強火にするでしょ、ハイ! あなた、吹きこぼれ確定。
そんなことないと思う?
あなた、でかい鍋いっぱいの水が沸騰するの待ってられます?
じっと。ただひたすら監視。
俺は、そんなこたぁできない。
一分も待てずに、お茶を飲んだり、あ、ご飯炊いたりか、ゴミ集めとか、洗濯もの干そうとか、挙句、最終的にはスマホ触ってしまう。
で、吹きこぼれる音でハッとすること間違いなし。
あぁ、なんで待てなかったんだろう。
後悔しながら、弱火にして。
そんで、そのまま一時間煮てください。
はっきり言って面倒くさい。
まな板は汚れるし、生ゴミは増えるし、ふきこぼれるし、煮るのに一時間だし(二回目)。冷えるまでそのまま放置だし。冷えたからって、食べられるわけじゃない。 ようやくそこから調理開始。
いわば、この半日はスタートラインに立つためだけの準備時間。
面倒くさいのに、なぜ俺はたけのこを買ってしまうのか。
年がら年じゅう、水煮が売ってる。あれを買えば、その瞬間からスタートラインに立てる。便利なのに、なぜ?
理由は単純。
自分で下処理したたけのこを食べてから、春の楽しみになってしまったからだ。
水煮では味わえない風味を知ってしまった。
だから、最初に作るのはたけのこご飯と決めている。
たけのこご飯? 普通やなって思った人に、食べていただきたい。
白だしとたけのこしか入れてない、春のたけのこご飯。
もう、俺はこれだけで三合は食べられる。
他の味とか、おかずとかいらない。
たけのこの芳醇な香りと、シャクシャクした歯ざわり。
たまらん。
この香りを維持するために、なるべく皮を残して、でかいまま茹でるわけ。
こんな七面倒くさい処理、見合うだけのウマさがなけりゃ、毎年やってられない。
というわけで、ようやく冷めたたけのこを取り出して、皮をむく。
これがおもしろい。
むいても、むいても、皮の色がついているような気がする。
え、勿体ない。食べられるんじゃないのん?
疑いながら、まだむいていく。
皮の色が見えなくなり、皮っぽい筋がだんだん薄くなる。
まだむく。
まだむく。
あんまりむいたら、なくなるのではないか?
そう思ったら、ちょっと噛んでみる。
まだだった。
むいてむいて、噛む。
いける! って、どこからいける? さっきのとこか?
あぁ、捨ててしまった。こんなにウマイのに!
香りに悶絶し、夜中に一人、台所で楽しいこと限りなし。
疑心暗鬼、小悪魔みたいなたけのこ。
びろんびろんのところと、穂先を米と一緒に炊く。
その間に、ようやくシャワーだ。
花粉とさよならグッバイする間に、たけのこご飯が炊きあがる。
炊飯器のフタを開ける。
眼鏡が曇る。
は~ん、この香り!
いそいそとどんぶりによそい、写真をパチリ。
男の一人暮らし、たけのこを煮るのが楽しみ。
どうぞ気持ち悪がって。
こんな幸せ他にないのよ。
明日は、春ワカメと若竹煮にしてもいいし、チンジャオロースにしてもいい。
仕事帰りにスーパーに寄ることも楽しみになる。
明日もテーン!ってあったらどうしよう。