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22 終わらぬ戦い(かぼちゃコロッケ、ポタージュ、サラダ)

「中谷さーん、お荷物でーす」


 台風による豪雨の中、宅配便が届く。

 玄関には、ずぶ濡れになっているだろう配達人から滴り落ちた雨水が残っている。荷物はほとんど濡れていない。


 こんな雨の中、ありがとう!


 本当に恐縮してしまう。

 滝のようになっている歩道橋を上りながら、心の中でリモートにしない会社を罵った昨日の俺に、反省を促したい。


 猛省しながら、段ボールを開けて、崩れ落ちた。


「またか」


 段ボールの中は、かぼちゃ、カボチャ、パンプキン。

 大きなかぼちゃが三つ。

 その下に、米5kgがあった。


「そっちじゃお米がないんだって? 送ったからね」


 うちのママンからメッセージが届いたときから、こうなる予感はしていた。

 米はありがたい。

 だが、男一人暮らしに、かぼちゃ三つは多すぎる。


 だいたいうちのママンは、いつもこうだ。

「あんたのことだから、野菜を食べてないでしょう。送ったからね」

 そして、レタスが四つ、キャベツが三つ届いたり、桃が一ケース(十六個)、芋が五kg届いたりする。


 どないせーちゅうねん。


 比較的大きな冷蔵庫があるとはいえ、腐らない内に食べきることはできない。

 そもそも、軽井沢産の朝採れ野菜が、瀬戸内に届き、それをママンが買ったのが一日目。

 瀬戸内から、俺の住むとこまでうまく届いて二日目だ。

 そこからレタス三個は大変苦しい。


 苦しいなら、思い切って処分すればいいのかもしれない。

 でも、そんなことできる?


 年老いたママンが、子を思って買った食材。

 そんな裕福でもないのに、やりくりして買ったはず。

 ありがとうと喜んであげ、おいしかったよと声を聞かせるのが子としてのベストではないだろうか?


 いやいや、待って。

 そんなに俺は人間ができてない。

 そもそも、俺は自分に対して「お残しは許しまへんで」のタイプだ。

 宅配屋さんが、濡れないように大切に運んできてくれたかぼちゃ、カボチャ、パンプキン。

 笑ってなかったことにできる?

 俺にはできないんだなぁ、これが。


 若い頃は、ママンにやめてくれと言ったこともあるが、ママンという生き物はとうてい人の、とりわけ子供の話なぞ聞いてはいない。

 俺が、野菜を送るのをやめてくれと、丁寧にお願いすると、

「いい大人になって、またそんな好き嫌いして!」

 と、こうくる。そして、追加の野菜が届く。



 こうなってくると、せつない。

 桃やさつまいもは、会社で配れる。

 だが、生ものはそうはいかない。

 しなしなになったレタスを三つ抱えて、途方に暮れるわけだ。




 途方に暮れた暗闇で、眼鏡が怪しく光る。


「もう、これは俺への挑戦状やね!」


 かぼちゃ料理のレパートリーを駆使して、全部使い切ってやろうじゃないの!

 それしかないでしょ?

 どう? それで、おいしかったよって電話しましょう?

 おいしくいただけるか、いただけないか。

 それは、ママンの問題じゃなく、俺の腕の問題ってわけ!


 いくぜ!

 ゴリゴリと、かぼちゃとカボチャとパンプキンを一刀両断し、種をくりぬく。

 種はわたをきれいに洗って、ザルにいれて天日干し。

 真夏なら三日ほど干すけど、今日は台風だから、まぁ、その辺においとく。

 十分乾いたら、外側の固いところを剥いて、中を煎る。

 よく、焼き菓子なんかについている緑の種は、かぼちゃの種。ちなみに、酒のあてになる。

 カビないといいけど、天気は俺の腕の問題じゃないね。



 さぁて、次が勝負どころ。

 全ての皮を包丁で落とす。

 まずは、1stかぼちゃを十六等分する。

 十六等分の一の皮を剥き、十六等分の二が終わり、三が終わり……。

 まだ十三切れと2ndカボチャと3rdパンプキンが残っている。

 だんだん虚無(ニヒル)になってくる。


 貴重な休みのはず。

 かぼちゃの皮を剥きはじめて、一時間が経過。

 まだ終わらない。


 残りは明日でいいんじゃない?


 待てまて、ここが勝負どころじゃなかったのか?

 試合を投げていいのか?

 お前はそんな男だったのか?


 さあ、やるんだ。やり抜くのだ。

 燃えよ、闘魂!!


 もはや、脳内はプロレス会場。

 中谷、がんばーれ! 中谷、がんばーれ!


 とにかくパンプキンの皮を落とす。



 パスタ鍋には、かぼちゃと(以下略)の実が入った。

 もうあかん。ちょっとビール飲もう。

 すぐ疲れるけど、心は折れていない。これ重要。

 そういえば、カボチャの種があったんだっけね。

 三日も待てん。もう十分俺は頑張っている。

 文明の利器を使うとしよう。

 封筒に入れてレンジかけたら、即食べられるよ。


 パン! パンパン! チーン!



 はーい♪

 やっと調理に入りまーす。

 一番でかい鍋に、かぼちゃーずを入れて、柔らかくなるまで煮込む。

 その間に、玉ねぎをむいて、みじん切り。

 数? 三玉だよ! くそぅ!

 だんだん泣けてくる。

 泣いているのは、勝負に負けそうだからじゃないヨ。

 玉ねぎを剥いているからサ。

 眼鏡をかけていても、しみるもんはしみる。


 いくら俺が料理が好きとはいえ、これはない。

 ないわー、ない。

 ううん。ある。あると思わなければやってられない。


 大量のかぼちゃーずがほっこり煮込めたら、ゆで汁は捨てないでおいておく。

 大事。ゆで汁は残しておく。

 そして、1stかぼちゃの分を残して、残りは冷凍庫へ。

 後日、存分に料理したるから、待っとれ!



 あら、いけない。

 そうそう、残りの1stかぼちゃとの勝負だったわね。

 右手にすりこぎ、左手にすり鉢!

 いぃち! にー! さん! だぁ!!

 まだ温かい内につぶしてしまう。

 ポテトマッシャーっていうのもあるが、あれよりすりこぎの方が確実で早いのでおすすめ。

 マッシュできたら、三等分する。で、みじん切りした玉ねぎの一握りを生のまま混ぜる。

 そこにマヨと胡椒で味を調え、カリカリベーコンを入れる。


「かぼちゃサラダおまち!」


 ででーん!

 豪快にどんぶりに盛り付け、クラッカーですくって食べる。

 塩っけの効いたクラッカーに、パンチの効いたかぼちゃサラダがうまい。

 そして、ビールに合う!

 シパッと二本目のビールをあける。



 ぷはっ!

 目が据わる。

 そろそろ疲れてきた。休憩では気力を取り戻せない。

 省エネモードに入るとしよう。

 なに、次は、イージーモード。カボチャポタージュなのですから。


 雪平鍋に、材料を入れていく。

 マッシュカボチャ、炒めた玉ねぎ(全体の三分の一)、牛乳、コンソメの素、塩コショウ。

 全部入れたら、ゆで汁で好きな濃さにのばすだけ。


「ゆで汁をとっておくことは、最初から計画していたことなのだ。成功の裏には綿密な計画がある。優れた軍師とは――、まぁ、俺のこと」


 誰も褒めてくれないので、自分で褒める。

 まだ熱いゆで汁を入れ、焦げ付かないように木杓子で混ぜる。

 眼鏡が曇る。


「一見、無駄に思えるような物がコツなんだ。無駄こそ贅沢というものだよ」


 カボチャポタージュは、素材の味が濃い方が俺は好みだから、ゆで汁を使う。

 捨てちゃったのなら、牛乳だけでもいいし、水でもいい。もっと濃厚にしたいなら生クリームを入れてもいい。

 でも、本当これだけで作れる。

 楽でうまい。これ最高!


「冷たく冷やした、冷製カボチャポタージュでございます」


 冷たいの三乗だ。体積になる。

 そろそろ限界のようだな。





「次が最後の勝負だ。用意はいいか?」

 日のある内に作り始めたのに、とっぷりと日は暮れている。

 なかなか激しい戦いだったが、残るパンプキンは三分の一。

 ここで投げ出すわけにはいくまい。


 最後は、パンプキンコロッケ。

 なぜ俺は、難易度が最も高いコロッケを最後までとっておいたのだろう?

 完全なる戦略ミス、軍師中谷危うし!


 だがしかし、最後に勝てばそれでいい。

 あがいてやる!

 俺は諦めだけは悪いんだ。


 マッシュしたパンプキンに、炒めた玉ねぎと、ここまではカボチャポタージュと一緒。

 さらに、フライパンで挽肉を炒める。

 鼻がひくつき、腹が鳴った。


「にっきゅう!!! 肉! 肉だ!!」


 ここまでかぼちゃだけだった。

 疲れ切った脳に、ダイレクトに肉の匂いが刺さる。


「食っちゃう? どうする?」


 あふれ出るよだれ。

 ビールで誤魔化すのも限界だ。

 見るのもつらい。

 そこに肉があるのに、食べられないなんて!!


 せめて一口。

 だが、その一口は一口で終わるわけがない!

 薄目でフライパンでジュージューいってるひき肉を見ながら、どうにか肉汁ごとマッシュパンプキンに入れた。

 気がふれない内に、急いで隠し味を入れる。

 すなわち、ソースとケチャップ、チーズだ。


 ボールには、まざったコロッケのタネ。

 まだ、戦いは終わらない。

 そもそもコロッケは工程が多すぎる。


 煮て、つぶして、炒めて、混ぜて、形を作って、衣をつけて、揚げる。

 これ全部の工程が必要か?


 できたタネはもう十分うまそうだ。

 全部に火が通っているのだし、調味も終わってるし、食べれるんじゃ……。


 食べちゃえよ。

 んなもん、腹に入れば一緒だろ。


 これは戦いじゃなかったの?

 揚げずしてコロッケといえるの?


 揚げない方が低カロリーで、身体にいい。

 もう十分戦ったじゃないか。お前はよくやった。

 こんな暑い中、揚げ物なんかしたら熱中症になるぞ。


 そうか……。俺はもう十分戦った。

 目の前がクラクラしてきた。


 フライの衣をつけるのは、手間だ。

 小麦粉はたいて、卵をつけたら、手がねちゃーってなる。

 そのままパン粉をまぶしたら、もう手も食べれるんじゃないかってくらい衣がつく。


 思い出せ。宅配員の心遣いを!

 ここに至るまでに、どれほどの熱い思いが積み重なっている!?

 これは、俺だけの戦いじゃない。


「ミディアムバレーいっきまーす!」


 熱した油へ、パンプキンコロッケを投入!

 鍋の奥へと入ったコロッケが、耳と鼻を喜ばせる。

 揚げ物をしたときだけの匂い、歯ざわり、このために大変な手間をかけているわけだ。


 コロッケが浮かんできたら、穴を開けぬように慎重にひっくり返す。

 ピチピチと跳ねるような音が嬉しい。


 久しぶりの揚げ物にテンションが上がり、動画をSNSに投稿した。


 もうすぐ! こいつを油からあげたら俺たちの勝利!

 セルフ拍手喝采を浴びながら、火を止めた。


 チーム中谷、優勝です!

 金メダル!

 目の前には、ピラミッド状に積まれたパンプキンコロッケ。

 ありがとうみんな!

 ここまでこれたのは、支えてくれたみんなのおかげです!


 猫舌のために冷ますついでにSNSを開いた。

 そこには、「台風コロッケ」のトレンドがあった。

 狙ったわけじゃないと言わせてチョーダイ。


 冷凍庫を開けたら、2ndカボチャに3rdパンプキンの姿が!

 あれ? そういえば、かぼちゃって丸のままなら、日持ちするんじゃなかったっけ。


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