15 脳みそとろける(プリン)
三連休っていいよね。
いつもなら、土曜に溜まった家事やら買い出しをして、日曜は疲れを取るためだけに使う。精神回復まではまわらずに月曜がやってくる。
でも、三連休なら、健康で文化的な最低限の生活ができる。
できる、できるはずだよねぇ!?
今回の俺には、当てはまらない。なぜなら、二日酔いだったからだ。
まったく誰だよ。三連休前の金曜日に社員全員参加飲みなんて入れたのは!
毎年恒例行事ではあるが、コロナ中には自粛していたのだから、あのまま消滅して欲しかった。
飲み食いするのが好きではあるし、普段行かない店、食べない物を食べるのはおもしろい。だが、飲み会にはおもしろさを台無しにする要因がある。
今回でいえば、フレンチのコースでビールを飲まされるのが嫌だ。白でも赤でもいいから、せめてワインがよかった。
「中谷、水はないわ」
全く、水に手を伸ばすだけでこれだ。酔う速度も、自分のペースで決められない。
そんなわけで、土曜の午前を棒に振り、ベッドでSNSの世界を泳いでいる。
世の中の人は、健康的に外出しているようだ。
羨ましい。
指でみなさんの世界がすすいのすいーっと流れていく。
ピタっと画面を止めた。
足のついたガラス皿の上に、黄色い頂きが!
山頂に黒々としたカラメルソースがかかり、ぽってりと生クリームが乗っている。
プリーン!!
即座にプリンと検索する。
かためプリンに、チョコプリン、四角いプリンに、果物でもりもりのプリンアラモード。
あぅあぅあぅあー。
世の中には、なんとうまそうなプリンがあることか。
もう、ベッドで飲み会の愚痴を言ってはおられない。
今日はプリンの日にしよう!
プリンが好きすぎて、目新しいプリンを見つけたら、ついつい買ってしまうし、プリン味のアイス、飴なんかも買ってしまう。
お店のメニューにあったら確実に頼む。
はは~ん、固めときましたか。カラメルは後から流す。いいねいいね。
見た目も堪能し、スプーンですくった感触も、舌触りも楽しい。
そして、散々楽しんだ挙句、自分好みジャストを求めてしまう。そんな罪深い食べ物がプリンである。
一のプリンが、二の自家製プリンを呼ぶ。
増えるプリン!
プップリ~ン♪
プーッパッパ♪ プリッン♪ パッラ♪ プリン♪
脳がプリンに支配されている。
ぐぉぉ! 誰か助けて!
アホなことを脳内で繰り広げながら、カラメルソースを作る。
雪平鍋にグラニュー糖を入れて、中火にかける。
フツフツと色づいてきたら、傍を離れることは一瞬たりとも許されない。
鍋を揺すって、全体にまんべんなくキャラメル色を行き渡らせる。
甘いキャラメルの香りが、焦げ臭に変わったらほんのしばしだけ我慢……。
俺のジャストは、焦げた香りと苦みがあり、プリンの甘さを引き立てるやつだ!
洗い場へ鍋を移動!
用意しておいた熱湯を入れる。
バシュウゥーー!! パチパチ!!
音に遅れて煙があがる。
めちゃくちゃ跳ねるから、洗い場で行うのだ。
跳ねが収まったら、まだ熱い内に鍋を揺すりながら攪拌しつつ、カップ四つへ注ぎ入れる。ぼやぼやしていたら固まってしまう。
鍋をお湯で綺麗に洗ったら、お次はプリン液の番。
牛乳と生クリームを一緒にして温めるが、決して沸騰させてはならない。
指を突っ込んで、だいたいの温度を探る。
プリンを作り続けて十年以上である。
俺の情熱がプリンに最適な温度を体に刻印している。
温めながら、卵黄に砂糖を混ぜる。
泡立てるのではなく、混ぜ込む感じ。
白くモッタリとしたら、温まった牛乳と生クリームを少しずつ混ぜ合わせていく。
決して一度に注ぎ入れてはならない。
急激な温度変化を起こせば、なめらかさが激減してしまう。
最後に、清潔なフキンで濾し、バニラエッセンスを加える。
カラメルソースが入ったカップに注ぎ入れて蓋をする。
何を隠そう、プリンを作る容器はジャムの瓶を再利用したものだ。
強度のあるガラスの上にステンレスキャップもついていて、プリンに最適である。
ここまでやったら、片付けをしながら二十分放置。
もうすぐプリンだと思えば、ようやく興奮が収まってくる。
コーヒーでも淹れて休憩しよう。
きっかり十五分後、沸かしておいた簡易蒸し器の蓋を開ける。
眼鏡が曇る。
こいつを弱火で十五分湯煎する。
湯の量はカップの半分てとこ。
この間、湯をぐらつかせてはならぬ!
トゥーランドットのオペラ『誰も寝てはならぬ』を口ずさみながら待つ。
大変壮大な気分。
やり遂げた感があるが、実のところ、食べられるのは翌朝だ。
冷蔵庫で一晩寝かせるという苦行が待っている。
冷蔵庫からプリンを、そっと二つ出す。
撮影し、投稿する。
ふるふると震えるプリン
銀色のスプーンは難なく刺さる。
艶々したプリンは、半液体といえばいいだろうか。
とろりとスプーンに絡まる。
甘く、冷たく、とろけるような食感、卵黄と生クリームの濃厚な味わいに、脳髄が溶ける。
二口目は、カップの底までスプーンを刺す。
抜くと、こっくりしたカスタードの色に、カラメルソースがからまる。
濃厚なプリンに、苦くてあまいカラメルソースの香り。
ニヤつきが止まらない。
コーヒーで、口の中をリセットし、二つ目に手を伸ばす。
堪りまへんなぁ。
SNSでは、通りすがりの皆さんが返事をくれる。
「一度に二つ!?」
写真には二個分のプリンが映っている。
「実は四つある」
「四つぅぅぅ!!??」
さすがに一度に四つは食べないが、訂正する気にはならない。
プリンは連休にぴったりだ。
普通の土曜に作ったら、日曜にしかゆっくり食べられない。
連休だと、土曜に四つ作って、
日曜に一個。
ハッピーマンデー(にっこり)に一個食べられる。
火曜日に行きたくなぁい!と駄々をこねながら出社するときも「帰ったらプリンがある」と慰めることができる。
さて、残りの一個は?