14 星に願いを(そうめん)
七月七日、晴れ。
二口コンロの火力は最大。電気ケトルが湯気を上げる。
窓は全開、首にタオルを巻いているが既にぐっしょり濡れている。
あちぃ。
連日体温超え、危険な暑さに光化学スモッグ警報が出る中、台所でさらに温度を高めている。
コンロの片方はオクラを茹で、片方はそうめんとソーセージを茹でている。
もう少しの辛抱だ。
夏の台所は過酷である。
エアコンをつけても、コンロを使えば太刀打ちできない。
理不尽である。
エアコンの電力に金をつかい、コンロのガスに金をつかう。
どっちも必要なんだから、仕方ない。
と、いかないのが俺である。
そんなわけで、エアコンを効かせた居室へのドアをぴっちり閉めて、台所で格闘中。
そんなことせずとも、レンジで料理をすればいいのだが、俺はコンロで作る方が好きだ。
そうめん、うどん、冷麺、蕎麦、麺という麺を茹でる。
ボコボコに沸いた湯で、麺が躍るのを見てはニヤリと笑う。
狙うは、好みの茹で加減の数歩前。
このタイミングを狙うには、コンロしかない。
とうもろこしをゲットできなかった俺としては、何としても、うまいそうめんが食べたい。
社会人として、意に添わぬ仕事をすることは多い。相手の都合に合わせてあれやこれやを提供するのが仕事というものである。
でも、接待トレッキングはもう嫌だ。
わざわざ飛行機で行った出張先で、取引先のエライ人と山の中を歩きに歩いた。倒木を乗り越え、岩肌にしがみついて回り込む。持っている水の残量は残り僅か。トレッキング初心者の俺をあざ笑うように、取引先は走っているかの速度で先へ進む。
置いていかれる=死である。
それはもう必死で追いかけた。
ままならぬ世の中、せめて休日くらいは好きなもんを作りたい。
絶妙のタイミングを見極めるには、勘と味見。
スパゲティなら、指で切ったときの断面が有効だが、今回はそうめんである。食べるのが一番てっとり早い。
今だ!
ザルにあげ、湯気で眼鏡が曇る。
一秒も惜しんで、冷水で麺を締める。
あっちぃのが、冷えていく感触に、心おどる。
よっしゃぁ! やっと食べれるぞ!!
今までの暑さは、いわば序曲。
ここからが本番である。
エアコンをきかせた居室に入り、こたつ机に昼飯をセットする。
ガラスの器に、そうめんを泳がし、野菜は茹でオクラ、タンパク質にだし巻き卵とソーセージ。様式美だ。
氷を入れたそうめんを箸で取り、出汁の入った蕎麦猪口へ入れる。
カランカラン
氷の音がもう涼しい。
いっきにズゾっとすすり上げる。
ショウガにネギの香りが食欲をそそる。
冷えたそうめんが胃へと落ちる心地よさ。
口が冷えれば、だし巻き卵とソーセージで味を引き締める。
物足りなくなったら、蕎麦猪口にオクラをIN!
とろみがついた出汁とオクラが、目新しく、またそうめんが進む。
夏の終わりに、よくそうめんに飽きたと聞くが、俺にはない。
食欲の塊である俺であっても、夏は食欲が落ちるから、連日、そうめん、うどん、冷麺、蕎麦と麺ものが続く。
それでも、飽きないのは、食べ合わせのバリエーションが多いからだろう。
今日のようにオクラのときもあれば、レタスやキムチのときもあるし、きゅうりなら千切りにしたり、叩いたり。
卵も茹で卵、だし巻き卵もあれば、茹で卵の時間を惜しんでポーチドエッグのこともある。豚冷しゃぶも牛しゃぶも、ささみを細かく裂いて胡麻ドレッシングで棒棒鶏風にすることも。
だが、本日は、七月七日。七夕だ。
七夕なのだから、そうめんにオクラと決めている。
そうめんで天の川、オクラを星に見立てているわけだ。
「食った、幸せ~」
冷たいフローリングに頬をつける。
こたつ机の上には、食べ終わった皿が並ぶ。
あぁ、氷が融けきるまでには立ち上がろう。
でもなぁ、台所暑いんだよな。
願わくば、来年こそは接待トレッキングがありませんように。