13 列に並ぶ(茹でトウモロコシ)
夏だ!
ボーナスだ!
トウモロコシだ!!
俺にとって、ボーナスと同じくらい嬉しいものが、トウモロコシである。
夏の間、駅までが暑く、電車の中は、同じく汗でじっとりしたおっさん同士で身体を密着させねばならない。駅から会社までも暑いし、会社では暑さなぞ言ってられない。
つまり、夏はあまり好きではない。
だけど、トウモロコシだけは別。毎週のように食べて夏を満喫する。
トウモロコシを買い、茹でて、食べる間は夏が好きだ。
鹿児島産あたりから始まり、どんどん産地が北上していき、夏の最後は北海道産トウモロコシでフィニッシュ! この北海道産トウモロコシは格段にうまい。
トウモロコシ! ビール!
モロコシ! ビアァ!
トゥ!
あの時も、奇妙な曲を脳内再生しながら、浮足立ってスーパーに来た。
野菜コーナーに、「今年の『菜速あやせコーン』は6月〇日入荷予定」のシンプルなポップがあった。
言うてトウモロコシ、告知まで出すほど?
きっと高いに違いない。俺には無縁の代物だ。
翌週だったか、『菜速あやせコーン』ののぼり旗が野菜コーナーに立っていた。
あぁ、入荷告知のアレね。
どんくらい高くて立派なんかね。
興味本位で値段を見てみる。お買い得品に比べて1.5番ほどのお値段。
むぅ。
ちょっとだけ高い、購買意欲を失わない値段設定だ。
数十円の差といえど、別にいつものトウモロコシに不満があるわけではない。
事前告知をどう捉えるべきか!?
ステマや悪徳商法の手をかいくぐっている身としては、事前告知をうろんな目で見てしまう。
だが、……。
産地から送られているだろうのぼり旗、煽りすぎない文字だけの告知。
売り手の本気を感じる。
スーパーの中で、邪魔にならなそうなところへ移動してスマホをいじる。
菜速あやせコーンと検索すれば、綾瀬市のホームページが最初にヒットした。
神奈川ブランドの野菜ね、あぁ、綾瀬市か!
最も甘い夜明け前に収穫し、糖度が落ちない内に最速で客の手元へ届ける。
最速と菜速をかけてるわけか。
トウモロコシ業者のおいしいを最もいい内に届けたいという意気込み、しかと受け取った!
もう、こんなの買うしかないでしょ?
夜明け前に収穫なんて、俺なら無理。
おいしい自信がないとできない。
おいしい物、おいしい内に食べてよ。って気持ちで、他の人にできぬことをし、店頭に並んでいる。
最高でしょ?
そして、今では、告知を待つほどだ。
ちゃんとした時間に起きて、開店を待つ。
昼まで寝て、のんびり買い物に来たら、菜速あやせコーンは売り切れて、売り場にはのぼりだけがある。
絶望である。
寝坊した自分を呪うならまだいい。
買い物する間に、菜速あやせコーンをカートに入れた人に出会ったら、見ず知らずの人相手でも「いくらなら売ってくれます!?」と詰め寄りたくなる。
かくして、俺は梅雨になるとスーパーの開店時刻にはカートを持って並ぶのだ。
ジリジリと日に焼けようが。
ジトジトと雨に降られようが。
菜速あやせコーンの前には些細なことである。
実は、菜速あやせコーンのことをSNSで乗せようとしたことは、何度もある。
でも、毎回思うのだ。
これ、バズったら、俺が食べる分なくね?
そんなん嫌だ。
菜速あやせコーンは俺だけの楽しみであればいい。
今でさえ、睡眠時間を削り、スーパーの開店時間に合わせて並んでいる。
これ以上、何を捧げろというのか?
毎朝早起きしてくれている生産者の方に申し訳ない体たらくではあるが、これ以上流行って欲しくない気持ちが、俺に投稿をためらわる。
ちっちぇ男で、申し訳ない。
俺ごときがSNSに投稿してどうにかなる菜速あやせコーンではないのだ。
フォロワーさんが幸せになるなら、きっと生産者も幸せになる。
フォロワーさんがおいしいって思ってくれたら、嬉しいはずだ。
複雑な思いを断ち切るように、レンジを開けた。
眼鏡が曇る。
鮮やかな黄色がツヤツヤと並ぶ。
トウモロコシの茹でた匂いが、食欲をそそる。
トウモロコシの茹で方には、流派がある。
茹でる派か、レンチン派か。皮つきか皮なしか。先塩か後塩か。
曰く、茹でるなら水からがよろしい。曰く、レンチンなら栄養もうま味も逃げない。曰く、後塩はシワにならないとか。
もう、みんな!
自分の信じている方法でいいだろ?
争いをやめて!
と言いたくなる。まぁ、自分が一番おいしいと思える方法で茹でれば幸せだ。
極上の菜速あやせコーンを手に入れたのだから、もう、おいしいは約束されている。
何を争う必要があるだろうか?
ん? 俺がレンチン派の理由?
だって、夏は暑いもん。
シャクッ
茹でトウモロコシにかぶりつく。
噛んだそばから甘い。
それに、コク。
シャクっ、シャクっと、横一列に嚙んでいく。
噛んだ分だけ、規律乱さず白くなっていく。
白の領地を増やす楽しみ、それに、歯にはさかる皮も気にならないうまさ。
二列、三列と増やす内に、はい! もう終わり!
呆気なさすぎる。
もう一つに手を伸ばして、食べる。
途中で飲む冷やしたビール、ベタベタになる口の周り。
もう、何もかもがパーフェクトサマー!
俺の夏、ここに極まれり!!
出会えてよかった。
来年もまた出会えますように!
また来週末には、今週も売っていてくれ!と願いながら並ぶのだ。




