10 カリブの海賊(ジャークチキン)
照りつける太陽の下、家が遠く感じる。
Tシャツから出た腕がジリジリと焼けるだけでなく、全身黒の服が熱を吸収して暑いったらない。
太陽が雲に隠れれば幾分マシになるのだが、今度は湿気がうっとうしい。
どうして、重いもんばっか買っちまうのかね。
両手にはパンパンになったエコバッグ。いつもの食材の他に、ビールと瓶詰が入っている。
なぜ、ビールなぞ買ったのか。
限定醸造夏エールなんか見たら、買わずにおられますか!?
今日日、何でもネットで買える。俺だって調味料や炭酸水、洗剤でさえネットで買っている。
何のためにスーパーに通っているのか。
全ては予期せぬ出会いのためだ。
夏限定エールを見て閃いたわけ。
今日は、ビールにジャークチキンにしよう!
それで、予定外のビールにジャークシーズニングソースの瓶が入ったわけだ。
おまけに、米がお買い得だった。
もう、こんなの買うしかない。
がまんできる子なら、スーパー通いの週末を送っておらぬわ!
しかし、エコバッグは容赦なく指の血流を止めてくる。
肩にかけたら、肩に食い込む。
前の横断歩道まで来たら、ちょっと地面に下そう。
我慢比べよろしく到着する。
下そうとした矢先、若い女性が横に並んだ。
指に力が入る。
ちぎれても、地面に下したりするもんか。
漢ってのは、アホである。
修行だろうか。
何の?
顔見知りでも何でもない女性への見栄を張る。
こんなの軽いもんでっせ。
しばし並んで歩いたが、女性が旦那らしき男と合流すれば、どっと力が抜けた。
あかん。ちっとも歩く気になれない。
むしむしする暑さで、じわじわ削られていく体力に抵抗するには、やはりこれしかないだろう。
帰ったらビール。
シャワー上がりに、キンキンに冷やしたやつをぐっとやろう。
俺は自分の機嫌は自分で取る。
家に入る。
氷にビール缶を突っ込む。
そこへ、塩を入れて混ぜておく。
これだけで、十分もあれば冷える。もっと早く冷やしたいなら、缶をくるくる回してやればいいが、じっと待ってなぞいられない。
買ってきた鶏肉に、ジャークシーズニングソースをかけて、トングで和える。
ジャークシーズニングソース、略してジャークソースっていうのは、ネギやら、唐辛子やら、酢、食塩、オールスパイスにニンニク、ナツメグにタイムなんかの各種辛い系調味料でできている。スパイシーだけど化学調味料不使用のカリブの伝統料理らしい。
とにかく、ジャークソースで和えれば、鶏肉も豚肉も魚だってうまくなる。
手軽で難しいことなんか一つもない。
そのままオーブンへIN!
鯖の塩焼きコースで、鶏肉は焼けるし、米だって炊飯器が頑張ってくれる。
便利である。
この隙に、シャワーを浴びよう。
オーブンを開けたら、眼鏡が曇った。
部屋中に、唐辛子系のスパイシーさと、鶏肉の油の香りが広がる。
思わず喉が鳴る。
「待て待て、ここまで来て慌てるなよ」
ニヤリと笑い、ビールをグラスへ注ぐ。神泡サーバーで泡はもったりクリーム。いつものように写真を撮ってSNSへ。
こんがり焼けたジャークチキンを豪快に一口で、いただく。
青唐辛子の刺激にお酢の爽やかさがたまらない。
鶏肉の皮は、パリッとしていて、肉はジューシー。そこにソースがうまいことからむ。
飲み込んだら、間髪入れずにビールだ。
喉を鳴らして、一気に半分ほど飲んでしまう。
「あ゛ー! うまい!!」
ジャークソースの辛さがビールで洗い流され、苦みがたまらん。
食べる前よりもっと腹が減る。
今度はジャークチキンを炊き立てご飯の上にのせて喰らう。
米に鶏肉が焼けた脂が染みて、辛いのとでご飯がうまい。
肉、ビール、肉、ご飯。
我に返ると、皿は空っぽになっていた。
買い出しから作り終わるまでに、一時間以上はかかっている。なのに、食べるのは一瞬だ。
ジューシーでスパイシーな香りを余韻に、またビールを飲む。
「幸せだなぁ」
このひと時のために、真夏でもスーパーに通ってしまうのだろう。