3 俺は悪くない
見上げて瞳に映るのは、澄んだ青い空。
おかしい、俺がさっきまでいたのは室内のはずだ。
何故、上を見上げたら空が見える。
周りを見渡す。瓦礫の山が山積し、その内の一つに福林がビクビク震えながら隠れている。
一体誰に怯えているのだろうか?
俺は目を細め睨むようにあいつを見た。
視線を少し下に向ける。自分の5mほど前にボロ雑巾のようになった男たちが転がっていた。
うん!俺は悪くない。
もしかしたら、もしかしたらだが、地球のような惑星が存在しているぐらいの割合で俺にも責任があるのかも知れなくもない。
いや、やっぱない。
4割の責任はあのボロ雑巾になっている男三人、名前は知らん。
5割は瓦礫の山の裏で縮こまってる残念女。
後の1割はこの程度の衝撃に耐えられない学園の設備だ。
結論、俺は悪くない。
余りの惨状に俺は現実からふと目をそらした。
そして、思い起こす。なぜこうなったのかと。
◇
今日も今日とて下僕の狙撃訓練に付き合ってやる。
やることと言えば、たまにアドバイスをしてやるぐらいだ。
それも1週間にもなる頃にはほぼなくなっていた。
「本当にこれでいいのだろうか」
ふとそんなことが口から洩れた。
「どうしたんですか、いきなり?」
「いや、だって。俺何もやってないじゃん」
この一週間やったことと言えば、駄弁って、飯食って、寝て……
俺は本当に学校に通っているのだろうか。
「別にいいじゃないですか。6月に入ったら忙しくなりますよ」
「そうか……しかし、気になったんだが、中等部の頃は何をしてたんだ?」
「どうしたんですかいきなり?」
「いや、お前から義務教育に勝ったような臭いがしてな」
「えへへ、勝っただなんて……え?それ褒めてます?」
「まあな。で、どうなんだ?」
「あ、はい。中等部のやることは、他の中学校と変わりありませんよ。違うところがあれば、体育の代わりに能力の制御やその心得を説かれる時間があるだけです」
意外だ。高等部がこんなに自由だから、てっきり中等部もそんなもんだと思っていたが、流石に義務教育の範囲を疎かにすることは無いようだ。
「ふーん、そうか。まあいい、もう1時だ昼飯を食いに行くぞ」
そう言うと、福林ははーい、と元気のいい返事をして、片づけ始める。
そんな時だった。総合戦闘訓練場の入り口から三人の男が入って来た。
珍しいこともあったものだ。
この一週間の間ここを使ってきたが、俺たち以外でここに来る奴を見たのは、清掃のロボットを除いてこれが初めてだ。
何をするのかと見ていたら、三人組は何をするでもなくこっちにやって来た。
「お前かここを使ってるって噂のやつか?」
三人組は右からスキンヘッド、モヒカン、角刈り。その内リーダー格らしいモヒカンが話しかけてくる。
俺はこいつらと面識はない、それなのにこの態度。
何なんだこいつらは。
「恐らくそうだ」
「ハハハ、聞いたかこいつがあの幸運女の後ろに隠れる玉無し野郎だってよ」
幸運女……おそらく福林のことだろう。
しかし、気に入らん、その言いようじゃあまるで俺があの残念女の下僕のようではないか。
それに玉無し野郎だと。
「福林、お前の知り合いか」
危うくこいつらの玉を潰そうとする俺の怒りを理性で押さえつけ、片づけから戻ってきた福林に聞いた。
「これですか?知りませんね。記憶の片隅にもありません」
「な、なんだと。覚えていないのか俺を。てめぇが転校したばかりの時に戦っただろ!」
「う~ん?あ!いましたこんな感じのモヒカン。ですが、戦ったですか?貴方は私が投げたコインが色々あって倒れた柱に後頭部が当たってすぐ気絶したじゃないですか?それって戦いなんですか?」
以外かもしれないが福林は滅茶苦茶つよい、とにかく幸運なのだ。宝くじをやらせた日には一等は全部こいつの物になる。敵対する奴は格下ならコインだけで倒せる。
とても強力な非科学能力だ。
しかし、こいつは頭が弱い。さっきだってあのモヒカンが誰か思い出せていなかった。あんなに影の濃いモヒカンを。下手したら10世代以上前の世紀末スタイルをしている奴を思え出せないほどこいつは頭が弱い。
「この野郎……」
モヒカンは顔を赤くしてキレた。
「い、いやいい。今日はお前、幸運女に用はない。用があるのはそこの玉無し野郎だ」
「ん、俺か?」
「そうだ!入学じゃなくて転校、しかも女の裏に隠れてる玉無し!てめぇのことだよ」
この学園、とくに高等部では転校は恥だ。
そもそも転校で高等部に入る奴は大体が意志が弱かったり、非科学能力が弱い。
だからこの学園に入ることを拒んで、最終的に国が無理やりぶち込むまで駄々をこねるのだ。
まあ、俺は違うが。
よく思い返せば、俺も避けられたり、侮られた視線を向けられたりしていたが、このせいだろう。
「へッ、どうせ弱っちい能力しか持ってないんだろう?だからこんな所でチャカ遊びをしてるんだ」
正直、俺が本気を出せばこの三人は一瞬で血の池に沈むことになる。
所詮こいつらは俺にとってその程度の存在でしかない。
しかし、ここで手を出すのはダメた。それでは俺もこいつらと同レベルに思われる。
さてどうするか、そんなことを考えてると先に福林が動いた。
「プッ、もしかして貴方ってバカですか。いえバカでしたね。だって実力差が全く分かっていないんですから。貴方の親は人体神秘主義者だったりします?」
「てめぇには関係ねぇーだろ」
「そうですね、関係ないですね。だって瀬豪くんがどうにかしてくれますし」
モヒカンの広いでこに無数の青筋が現れる。
恐らく福林はその言葉の通り、俺がどうにかしてくれると思い、言ったのだろう。
残念ながらモヒカンはそうは捉えなかったが。
モヒカンには『どうせ貴方は私に手を出せません。玉無しにすら勝てないんですから』とでも聞こえた事だろう。
「いいだろう。やってやろうじゃねぇか。俺の能力‐芸術的な回禄‐を見せてやるぜ」
そう言うとモヒカンは俺の方に手を向ける。
手のひらに炎を作り出した。
その瞬間、俺の中にある法則が変わり始める。
俺にとってのジャンケンは何でもありだ。何だったら石やハサミ、紙なんかよりもそれ以外の方が出てくる。今のように。
そして、俺はいつも相手が出してから出す。
目隠しされたり、俺の意識があの世に行かない限り負けようがないのだ。
俺の中に新たな法則が出来た。
古代から発火した時、人々は水をかけて消火した。
そう、水だ。
実に単純な答えだがそれでいい。数学者がコンパクトで単純で美しい数式を求めるように、俺もまたコンパクトで単純で美しい法則を求める。
その中で水はまさにうってつけだろう。
俺はその法則を使って水球を作ろうとする。
そして、ほぼ癖で一歩後ろに足を運んだ。
また、モヒカンも攻撃の前段階として一歩後ろに足を運んだ。
その瞬間、強烈な浮遊感が体を襲った。
「「あ」」
俺とモヒカンの声が被る。
何故か転がってきた薬莢を踏み、後ろに倒れる二人の男。
二人が形造った火球と水球はほんの拍子に両者の手を離れ宙を舞った。
瞬間聞こえてくる銃声。
余りの高温に耐えきれなかったモヒカンの銃がホルスター内で暴発。放たれた弾丸はきれいに地面を跳弾し火球の中に突っ込んだ。
超常の法則で作られた火球はそのエネルギーで瞬く間に弾丸を融点まで導く。液体となり形状を保てなくなった弾丸であったが、火薬により与えられた慣性は未だに働いておりそれを宙へと送る。
火球から出た弾丸は見た。自身の直線上に1mを超える水球があることを。
そこから弾丸と水球があまりに強烈なランデブーを果たすまで大して時間は掛からなかった。
超高温物体となっていた弾丸が水球に入り込む。その時、弾丸の周りが水蒸気膜で覆われる。
しかし、直進する弾丸にそんなものは関係ない。水蒸気膜の薄い部分から水が流れ込む、その水は高温をものともせず弾丸に接触した。
瞬間、弾丸は超常の法則が支配する中で爆発的に微粒化、水蒸気爆発が発生した。
◇
そして今に至る。
あの時は本当に危なかった。
倒れた所に荷車があって、それに乗せられ台の下に潜り込んでいなかったらあの世に行っていた。
何故こんなピタゴラスイッチみたいなことが起きたのか?
理由は何となくわかった。
俺は再び瓦礫の山に隠れる福林を睨んだ。
間違いないこいつのせいだ。
あの残念女が俺の非科学能力を視覚的に見たいだとか、それを派手なものだと勝手に決めつけ解釈していたのだろう。そしてそれと同時にあのモヒカンにムカついていた。
それらの要素が奇跡的……いや、あいつの非科学能力により必然的に混ざり合い。
今回の惨事が出来たのだ。
つまり俺は悪くない。
突っ立っていても埒が明かないと、俺は福林の隠れている瓦礫の山に向け歩を進めた。
その時、凄まじい殺気を感じた。
すぐさまそこから飛び離れる。
瞬間、先程までいた地面から鎖が飛び出た。
「おい、そこの男動くな」
中性的な声が聞こえた。
声のした方向をみると低身長で紫の髪が特徴的な男がいた。
「お前をテロ容疑で拘束する」
まったく、こっちは唯でさえ精神的に疲れているのに連戦かよ、と俺は心の中で毒づくのだった。
tips:人体神秘主義とは、脳に埋め込む電脳デバイスなどの人体改造に反発する考え。人体は生まれた時には完成されており、それを改造するのは人体に対する冒とくとし、先天性の障害や後天的な病気についても神が与えた試練として人体改造や挙句には投薬をしてはならないという考え。




