2 登校一日目に出来た下僕
学習というものがある、文字通り学ぶ習う、という意味がある言葉だ。
そして学校というのは学習をする場である。
学習指導要領というルールに従って学ぶのだ。
ではここ、素望学園はどうだろうか?
素望学園に求められていることは、道徳的のモラルのある優秀な非科学能力保有者を育てることだ。
彼らに求められる知識は基礎さえ出来ていればいい、という程度でしかない。
そして、その基礎というものも科学技術の発展した昨今では睡眠学習や電脳デバイスの、活用でどうとでもなるのだ。
つまり、この素望学園に限り授業を行う必要が無いと言う訳である。
しかし、それでも限度がある。そのため、素望学園では学習指導要領に記されている範囲を適当に映像に纏めた映像を配布授業として、学校の公用データベースに配布しているのだ。
素望学園の一、二時限目は自由だ。
一応、一般教養学習時間という、先程言った映像を見て学習する時間なのだが・・・・・・
ふむ、誰も勉強をしていないな。
仕方ないね、担任の荒神だって椅子の背を倒して寝ている。
これじゃ誰もやらんだろ。
かく言う俺もやっていない。
さて、何をするか。
「福林、何か面白いことしろ」
俺は、自分の隣の席に座り、小動物のようにピクピク怯えている女に言った。
こいつは中々面白い女だ。
自由席であるこの学園。なぜか、一人隅っこに座っていたので、隣に座ってやったのだ。
そうすると、あら不思議、突然ビクビクしだして距離を置こうとしてきた。
じゃあ、話してみると途端に胡麻を擦ってくる。
こいつの情緒が何処にあるのかさっぱり分からんが、見ていて飽きないのは確かだ。
「ええ、え~。と、突然言われても……。え~と、異能種と、かけましてテロリストと、ときます」
「そのこころは?」
「どちらとも危険です」
なにを言っているんだこいつは、なぞかけは意外性があるから面白いのであって、当たり前なことを言われてもつまらんだけだぞ。
実はこいつはつまらん奴なのか?
「すごいな、見てみろつまらなすぎて鳥肌が立ったぞ」
「そ、そんなぁ~」
余りの言いように福林は涙目で嘆いた。
前言撤回、やはりこいつは面白い。
見てる分には。
この後、俺はこいつをいじることで2時間潰したのであった。
◇
非科学能力は千差万別だ。
火を出す奴がいれば、水を出す奴もいる。
物質をプラズマ化できる奴がいれば、絶対温度の空間を作れる奴もいる。
そんな訳だから、いくら非科学能力保有者を育てる学園とはいえ、決まった教育カリキュラムがない。数千人単位の非科学能力保有者の教員がいるが、それだけでカバーしきれる程、非科学能力の種類が少ないわけがない。
私の能力は新種です、何てこともざらだ。
こんな状態で教員による直接指導なんで機能するわけがない。
まあ、そんなわけだから素望学園は自由なのだ。
学習も自由、鍛錬も自由。一応ノルマが存在するが、それも普通にやっていたら十分達成できる程度でしかない。さらに、設備もしっかりしているし、教員の質も性格を無視すれば頗るいい。
3時限目以降は戦闘訓練の時間。
これだけお膳立てされて、使わないのはもったいない。
そんな訳で現在俺は学園の施設の一つ、総合戦闘訓練場に来ていた。もちろん福林も連れてきた。
「せ、瀬豪くんは能力の訓練をしないの?」
「ん?どういうことだ」
「だって、ここ。狙撃とか接近戦闘とか、一般戦闘訓練用だよ。たまに、自己強化系の能力の人が使うけど……もしかして瀬豪くんの能力は自己強化系なの?」
「いや、俺の能力は訓練できるようなものじゃないからな。それだったら、身体でも動かそうと思ってな。ところで福林はいいのか、俺についてきて?」
「私の能力も訓練できるものじゃないし、制御も十分だから暇なの」
「そうか、だったら普段何してるんだ?」
「うーん、実は私もたまにここを使ってるの」
意外だなこいつの事だから、さぼってるとばかり思っていたが、そう言う訳でもないらしい。
「ほう、その銃を使ってか?」
俺は福林の右太ももを指さして言った。
福林は驚いた顔をしているが、俺ぐらいになると歩き方やスカートの僅かなふくらみからわかる。
福林のスカートは膝を隠す程度の長さなのはそれを隠すためだろう。
ちなみにだが、日本では軍属や警察など以外では、非科学能力保有者のみが銃の保有が認められている。
「よくわかったね」
「まあな。もしかしてだが福林はそれの扱いがうまいのか?」
「ん?もちろんだよ」
「意外だな」
福林が頬を膨らませて不機嫌そうな顔をする。
その身長と合わさって駄々をこねるガキにしか見えん。
「そこまで言うなら。わかった勝負しよ。使うのは、自動拳銃。デーザー銃とレーザー銃はなし。的の距離は30mから」
「わかった。受けてたとう」
俺もホルスターから愛銃を取り出す。デザートイーグル MarkⅫ。金属ヘリウム爆薬弾を使えるタイプだ。登場から1世紀以上経つがその信頼性と威力は未だ現役だ。
さあ、刮目せよ我が狙撃術を……
◇
24世紀の戦場において硝煙の臭いはしない。その変わりするのはレーザー、デーザー銃で空気原子がイオン化した匂いだ。
そう考えるとここ、素望学園の総合戦闘訓練場の狙撃訓練場で漂う臭いから聊か時代の錯誤を感じる。
ま、負けた。
地面に両手を付き頭を垂れる福林 幸の心情はその一言に尽きた。
燃えた火薬が放つ硝煙の臭いは福林にとって嗅ぎなれた臭いだった。つまりそれだけ訓練してきたのだ。
瀬豪相手には少し強がってたまにしか使ってないと言った総合戦闘訓練場も彼女は常連だった。
毎日のようにやる狙撃訓練。
その腕前は能力を使わず、そしてアクセサリーもつけず自動拳銃で200mの遠距離を当たり前のように打ち抜けた。
能力を使えば銃の最大飛距離までなら確実に当てることができた。
にも拘わらず瀬豪は超えてきた。
使っている銃は同じタイプ。
だから最大飛距離を打ち抜いた時、勝利を確信した。
自分以上の“特別”に勝ったと。
彼女は忘れていた。
彼の能力を究極の後出しジャンケンを。
彼女が強運という手を出した時、彼はそれ以上の幸運、豪運を出した。
ジャンケンで言えば、石に勝つために岩を出すのと同じ理論。
条件付けの時、能力の制限をしなかった時点で、先攻後攻を決める時、彼の譲るという言葉に乗った時点で彼女の負けは確定していた。
今まで努力し、極めてきただけあり、肥大化したプライドは容易く傷つき彼女の心を蝕んだ。
唯一の救いがあれば、彼女が瀬豪が能力を使ったことに気づかず、その傷がプライドのみで済み、彼女の“特別”に届かなかったことだろう。
そして蝕まれた心は現実を歪曲し、全く別の形でそれを捉えた。
「……yって」
「なんだ?」
「どうやって!どうやったの?……いえ、どうやったんですか!師匠!」
「は?」
素で瀬豪が呆ける。面白いと思っていた女が、面白い以上のことをしたのだ。
瀬豪の思考が停止した僅か瞬間、福林は彼の足に張り付いた。
「お願いします!教えてください!私もシモヘイヘみたいになりたい!師匠!」
足に張り付き喚く福林。
見た感じは完全に駄々を捏ねる子供かおかしい奴えある。
強い奴には胡麻を擦るという福林の特性。それが変な方向に作用してしまった。
そしてようやく瀬豪の思考が回り出す。
「鬱陶しいぞ、離れろ残念女」
「はい!」
瀬豪の言葉に従い福林はすぐに離れた。
瀬豪は福林を残念女と言ったが、瀬豪もまた色んな意味で残念な奴であることを忘れてはいけない。
「師匠?つまりお前は俺の弟子なのか?」
「はい!」
「気に入らん。お前は俺の下僕だ。代わりに教えてやる」
「はい!私は下僕です!よろしくお願いします!」
「よろしい!ハハハハハ!」
瀬豪は転校一日目にして下僕を手に入れたのだった。