1 訳あり高校生
季節も初夏に入りはじめた5月。
未だに低い位置にある太陽は幅の広い廊下を奥まで照らす。
まるで大理石のように輝く純白の廊下を見て、ここが学校であるとわかる者はいないだろう。
事実、それを知る俺、瀬豪 勝も果たしてこれが学校の廊下かと疑問が尽きない。
今、俺がいるのは日本唯一の非科学能力保有者の育成学校、素望学園。
小中高大一貫、全校生徒5万以上、超がついても足りないマンモス校。
日本で生まれた全ての非科学能力保有者は16歳までに、この学園に入学が義務付けられている。
かく言う俺も非科学能力保有者で、今日からこの学院の高等部に通うことになる。
一般家庭から非科学能力保有者が生まれる確率は僅か1%、ソシャゲのガチャよりは確率が高いが、ガリガリくんの当たりよりかは低い。
つまりはとてもレアな存在なのだ。
しかし、それも日本全国からとなると、人数はかなりのものになる。
特に、高等部は文字通り日本にいる同年代の非科学能力保有者が全て集まるのだ。
高等部の生徒数は延べ1万2千人、一学年4千人。
この学園では、一クラス40人編成なので100のクラスがあるわけだ。
高等部の校舎は5階建てで第4校舎まである。下1階から3階までが、1年から3年の教室が入っている。
一階ごとに25の教室が入っているということだ。
そして、さすがは国立、すれ違いざまに見た教室もクソ広い。そしたら廊下もクソ長い。
何故か廊下の窓側にクソ速いオートウォークが設置されている。
俺も現在、このオートウォークに乗って移動しているのだが未だに教室につかない。
今ようやくその教室が見えたぐらいだ。
「どうした転校生。緊張しているのか?」
目的の教室を見ていると、隣から声が掛かった。
紅の髪で鋭い目つき、170後半の身長がある俺でも見上げる必要がある長身、何処か獅子を思わせる見た目。身体はその荒々しい見た目とは裏腹に出るところは出て、引っ込むところは引っ込むナイスバディ。
今日から俺の担任になる女性教員、荒神 乃亜だ。
「別にそういうわけではありませんよ。ようやく教室が見えたと思いまして」
「そうか。緊張してもいいことはない。程々に気楽でいるのが一番だ」
何か勘違いされている気がするが、態々訂正するつもりはない。
こういう我が強そうな輩には何を言っても意味がないことを俺はよく知っている。
「ところで、私は貴様がどうして、転校という形でやってきたのか知らなくてな。他の者は大抵、地元から離れたくない、と喚いて遅れてやって来る。書類にもそのように書かれる。しかし、貴様の書類には何も書いてなくてな。何か知らないか?」
「さぁ、俺も似たような理由ですよ。なぜ書かれていないのか分かりません」
「フッ、そうか」
そんなことを話していくうちに、教室の前についた。
オートウォークから足を踏み出す。
結構な慣性を感じながら、動かない地面に両の足を付ける。
「つまらんな。転ぶところを見れると思ったのだが」
「そこらのもやしと同じにしないでください。それなりに鍛えてるんですよ、俺」
「見たらわかるさ。だから面白いんだ」
「だったら……
「少しそこで待ってろ。この学校で転校生は珍しいんだ」
担任の荒神はそう言うと、扉をあけ教室に入って行った。
一人廊下に残された俺は少しの間、呆然とした。
ふと、教室プレートに目を向ける。
1‐75
予想よりも俺は遠くに来ていたらしい。
そりゃ、オートウォークでもこんだけ時間がかかるわけだ。
◇
ガラガラガラ
扉が開かれる音だ。
入って来るのは赤髪の獅子のような女性。
「お前ら席に就け」
その女性、荒神先生は荒々しさと怠さがまじりあったような態度で言った。
私はすぐに席に着く。
私、福林 幸はこのクラスで最強だ。
いや、それには少し語弊がある。
最も強いのではない、正しくは最も幸運なのだ。
つまりは最幸というわけである。
私はこの学園に来るのが嫌だった。
特別な子
物心ついた頃からそう呼ばれていた。
私の能力、‐何処までも続くご都合主義‐はとても単純な能力だ。
世界を構成する因果、運命を全て自分有利にする。要約すれば幸運にする。ただそれだけの能力。
それでも、一般人がほとんどの世界の時はよかった。中学で転校することになるまでは。
例え、単純な能力でも確かに私は特別だから、しかし、素望学園ではそうではない。そこでは、私はただ一人の人間として扱われる。それが果てしなく嫌だった。
だから、それが杞憂であると気づいた時、私は本当の意味で“特別”になれた。
私は日本中の能力者の中でも特別だったのだ。それは、さらに人数の増える高等部に上がっても変わらないものだった。
確かに自分以上の化け物もいる。
例えば、都市を軽く滅ぼせる御曹司、フィジカルで全てをなぎ倒す生徒会長、付属研究会の最凶のマッド、それ以外にも私以上のものたちはいる。
私の担任の荒神もその一人だ。
それでも、それらは両手両足の指に収まる程度、5万人中20人。
0.004%の誤差を除いて私は特別なのだ。
つまり、私はその0.004%に媚びを売ることでそれ以外の有象無象から搾取する、そうすることで私という特別な個性が残るのだ。
だから、荒神先生の言葉には従う。
絶対に勝てないとわかっているから、お手と言われたら先生の右手に手を置くし、三回周ってワンと鳴けと言われればその通りにする。
席に就けなど、何とも思わずにできるに決まっている。
“特別”それは私の精神深層の全体領域であり、絶対不可分な宝なのだ。
そのために私は私以上の特別をなるべく避け、絡まれたら“特別”を壊されないように立ち回る。
普段からそうしてきた。
「では、お前たちの新しい仲間を紹介しよう。入ってこい」
だからわかった。黒目黒髪平均よりも少し高い背丈、見た目には大して“特別”はない。
そう見た目は……
本能で悟った“そいつ”もまた私以上の特別であると。
◇
「自己紹介をしてもらおうか。とりあえず、名前、誕生日、座右の銘、そして……能力名を教えてくれ」
「能力ですか?」
非科学能力保有者同士の戦闘が起きた時、相手の能力を知っている方と知らない方では圧倒的に知っている方が有利なのはそこらでチャンバラごっこしてるガキでもわかる。
情報とはそれ自体が力であるからして当たり前なのだ。
だから、自分の能力は墓まで持っていくか、死に際に言うものとばかりおもっていた。
じつはそうでもないのか?
「どうした。彼奴らに背中を刺されるとでもおもったのか?安心しろこいつらは同じ学舎に通うお前の仲間だ。それに、授業や大会に出ればばれるんだ」
確かにそれなら早いか遅いかの違いでしがない。
結局ばれるなら今言ってもいいというわけか。
自分もばれて、相手もばれるそしたらフェア。何とも単純で純粋な考えだ。
理解はできるが、納得は出来ない。しかし、それでもしなければならないのが社会だ。
仕方ない、俺のことを教えてやるとするか。
「瀬豪 勝、俺の生誕祭は7月13日だ。ぜひ祝ってくれ」
自己紹介、それは学生にとっての一大イベントではなかろうか、第一印象の影響は7年間も続くと言われている。
その第一印象を決定づけるのが自己紹介だ。
俺は友達100人なんて作る気はさらさらないが、100人に嫌われたいわけでもない。
だから、ある程度好かれる自己紹介をする。
嫌がられない程度に自分らしく、そして多少のユーモアを混ぜる。
ほら見ろ、さっきので教室の半分が笑ったぞ……苦笑かもしれんが。
「座右の銘……そうだな、『勝てばよかろうなのだ』かな」
プッ!
数人噴いたな。
掴みは上々、さすがはかの超大作だ。
300年近く経ってもこれだけのファンがいるらしい。
「貴様の能力、そういえば私も聞いていなかったな……」
荒神が興味津々に呟いた。
それに合わせるように俺も口を開く。
「俺の能力は……‐究極の後だしジャンケン‐だ」