入学
『…おお、よくぞ来た。』
あの地獄の拷問から、約2ヶ月が経ちました。
自分は、その後、帝都にある帝国大学病院に移られ、休養を命じられましたが。
今日は、士官学校の入学審査で、この場所に呼ばれています。
『君の体の状況は聞き及んでいる。楽にして、そこにある椅子に腰をかけたまえ』
目の前にいる髭面の男性、彼の手が伸ばす先には、ごく普通の椅子が置かれていました。
『はい。お言葉に甘えさせていただきます』
『なぁに、そう怖い顔することはない』
気付けば、男性は優しそうな目で、自分の顔を見つめています。
自分の顔がそんなに怖かったでしょうか。
『君の体の傷がある程度回復するまで、本官の権限を持って、座学以外の授業は免除するように取り払えておこう。』
『そ、それはとても助かりますが…本当に宜しいでしょうか?』
体重を椅子に預けられた今の状態でも、足の先からじわじわと痛みが伝わってきます。
今朝、担当の医師から頂いた鎮痛剤の効果がそろそろ切れる頃でしょう。
歩くこと如きに薬品を消耗してしまう。今の自分にとっては、とても有り難い話ですが。本当にそんな甘くて大丈夫でしょうか。
『何も、君が心配することはない。君のような状況の入学者は、毎年必ず何名かいる。安心して、ここで学業に励げみたまえ。…さて…』
男性は一度言葉を止め、机の上に置いてある紙に手を伸ばします。
『そろそろ、本題に入ろう。君の入学だが、まず結果から伝えておこう…なぁに、トラントフ閣下から直々のご推薦だ。拒むことはあるまい。許可は出そう。』
『は、はい。ありがとうございます…』
自分のような新兵が、士官学校に入っていいのかどうかは、正直よく分かりません。
それに、トラントフ閣下とは…一体どんなお方でしょうか。どうして自分のような小娘を、エリートコースを歩く士官学校に推薦してくださったでしょうか。
『しかし、我が帝国の士官学校のルールに則って、いくつかの事柄について、君から確認取らなければいけない。それが本日、君がここに呼ばれた理由だ』
『は、はい。承知しました。何なりとご質問ください。』
やはり、ここにわざわざ呼ばれたことには理由がありましたね。
一体、どんなことを聞かれるでしょう。
【まずは、君の年齢についてだ。君がいた孤児院について調べた結果。
院長のブラウン先生が君を引き取った時に、8歳という年齢を君の口から聞いたそうだが。
誰か君の年齢を証言できる人物を知らないかね。』
『はい…いいえ!自分の過去の年齢について、証言できる人物は存じておりません』
自分が一番最初にいた孤児院は、連邦軍に火を放たれ、目の前で焼かれました。
当時の院長先生が、たまたま孤児院の外にいた自分を見つけて、一緒に隣の町まで逃げましたが。
その、さらに隣の町までに移動する途中で連邦軍の銃に撃たれました。
なので、従軍前にいた孤児院より、以前の自分を知る人は、もう誰もいません。
『ふむふむ。まぁ…良かろう。では次の質問だ』
如何やら、深く聞かないようにしてくれました。
この髭が顔に沢山くっ付いて、一見怖そうな男の人も、実は優しい人ではないでしょうか。
『君の従軍志望理由には、将来帝都で暮らしたいと書いてあるが。どうして帝都で暮らしたいと思ったのかね。』
『はい。帝都の海を見たいからであります』
『…うみ…?』
彼は少し、髭…眉毛を頭の真ん中に寄せました。
『すまない。言い方を変えよう。君が帝都で暮らしたいと思った切っ掛けを話してくれないかね。』
『はい。自分が8歳までいた孤児院の院長先生が、帝都の海がすごく綺麗だといつも話していましたので。自分も将来帝都で暮らして、毎日、海を眺めたい生活送りたいと思いました』
今の帝国は、連邦軍への防諜対策で住民の移動、特に帝都に入ることに厳しい制限を掛けています。
身分がしっかりした人間か、軍所属の人間しか入れません。
自分のような、8歳までの経歴が不明で、孤児院生まれの人は、帝都に入る許可もらうには軍に入るしかありませんでした。
少し変わった従軍理由になりますが、この人は納得してくれるでしょうか。
『ふむ…そっか。前にいた孤児院ということは…君の経歴書には書いていないが、君はベーメンにいた時から、孤児院にいたということで合ってるかね?』
『はい。自分が覚えている限り、ずっと孤児院で暮らしていました。』
男の人はなぜか急に、焦りか怒りかよく分からない顔になり、髭が彼の顔の上で激しく踊り出しました。
『…海…アンナ・ベーメン…ベーメン。そっか…なぜ気付かなかった!君、ラルフ老人について、何か聞き覚えはないかね』
『はい…聞き覚えは、ありますが…』
その老人の名前は、自分にとって、とても大事だった人と同じです。
この髭面の男性が求めてる答えで合ってるか分かりませんが、自分は答えました。
『…自分が最初にいた孤児院の、院長先生と同じ名前です。』
自分の答えを聞いて、男の人は、なぜかすごい声に力を入れて自分に問いかけてきます。
『その方は、今どこにいる!!?』
どこにいると聞かれましても…もう、どこにもいませんが…
なんて、答えしたらいいか、よく分かりませんので。自分は少し顔を自分に向けます。
そしたら、男の人の少し冷静を取り戻してそうな声が聞こえました。
『そっか…済まない。失礼した。顔をあげてくれ』
自分が顔を上げると、男の人の顔で踊り出していた髭は、大分鎮まっていました。
『君が入室した時、君の容姿に少々驚いて、名乗りを忘れたなぁ。』
男の人は、なぜか急に自分を見て微笑み出しました。髭と合わせると、少し不気味なくらいに…
『本官は士官学校の通常業務を担当するディーター・ベーメン大佐だ。君は、ずっと病院に居て、まだ海を近く見にいったことないだろう。』
『はい。自分はまだ、歩くことに苦労していますので。』
『海なんざ、どこで見たって一緒だぁ。大したことはあるまい。ラルフのボケじじに騙されちゃダメだぞ!』
『はぁ…い?』
何を言ってるでしょうか。
この人は…
『さて、君、入学おめでとう!!これからは、よろしく頼むぞぉ。』
ちょっと…顔を近付けないでくれますか?髭が少し刺さって痛いでけど・・・!




