遭難(1)
汝は神の使徒とあらば、汝は世の救世主となり、汝は世の咎人となろう。
――ゲーリー・ヴァン・クローニン
人には前世があります。15歳になった自分が初めてそれを知りました。
昨夜、意識が朦朧としている中。白い髭を生やしたお爺ちゃんが自分に微笑みかけるのが見えました。
目が覚めた自分はふっと思いましたが―――あれは、もしかしたら自分の前世ではないでしょうか。
『本日、貴女の尋問を担当するユーリ・プルシェンコ少佐だ』
目の前にいる10代くらいの男の子は、流暢なエト語で自分に話かけます。清潔感で整った顔つきに、どこか可愛げのある雰囲気を漂っていました。
どうして、自分と同じ年くらいの男の子が少佐?しかも、こんな流暢に外国の言葉話して、態度もこんなに大人っぽいなの?と不意に思いましたが。
自分の目線は不可抗力の何かによって、男の子の背後の壁に釘付けられています。
男の子は自分の目が向く先に気付いたか。優しい低い声で自分に話しかけます。
『貴女が今日の質問、正直に答えてくれたら、あの壁にある物は使わないと約束しよう』
ああ、やっぱり、同じセリフですね。昨日も、一昨日も、同じ話を聞かされました。
なので―――
嘘だということは、分かります。
『はい。なんでも、お答えします』
『まず、貴女の名前と、エトルミシア軍における軍籍を教えてください』
『はい。自分はアンナ・ベーメン。階級は陸軍二等兵です』
『よろしい、次は年齢と軍歴について話なさい』
『はい。自分の年齢は15歳。軍歴は…陸軍所属一か月になります』
ここで、男の子は少し唐突に話を止めました。
昨日と一昨日に来た尋問官と同じ、少し不思議そうな眼で自分の体を見つけて話を続けます。
『貴女の体型と身長から察するに、15歳とはとても思えないが』
『はい。自分は孤児院で育てられたので、栄養不良だとよく言われます』
『成程。貴女の言い分はいったんそのまま記録に残そう。次が最後の質問だ』
その質問は、知っています。
しかし、自分はその質問には答えられません。
『貴女が、我がスカベラブ連邦の後方で情報活動に従事した経歴、及び貴女の協力者の名前を話せ』
『はい。自分は火球魔術爆撃ファイアボールの攻撃から逃げ遅れたため気絶し、小隊と逸れ、そのあと偶然あなた方の後方の町に辿り着きました。なので、情報活動を行った経歴も、協力者も存在しません』
自分の答えを聞き、男の子はいつもの尋問官たちとは真逆に、少し悲しそうな表情になります。
『はぁ・・・受け答えは記録通りだな・・・しゃないから少し本音で話してやるよっ』
『は、はい?』
急に、声がさっきまでの落ち着いた雰囲気からガラッと変わります。
『俺にはお前みたいな年の妹がいんだよぉ、お前はどうせ生き残れんから!さっさと認罪して銃殺されろ!そんななりして俺の前に出てくんなよ!」
男の子ーー確か名前はユーリでしたよね。自分の目の前で、額に手を当てながら、下向いて怒鳴り始めるのでした。
『なんでよりによって今日尋問担当のやつらがいねぇんだよ!俺にこんな仕事回してくるなって』
確かに、今の自分はまさにボロボロな状態と言えましょう。拷問用の椅子に両手両足を縄で縛り付けられ、軍服があっちこっち破れ、目に見える肌にすべて青い痣が付いています。
なにより、手と足の爪が昨日と一昨日の尋問官の人に全部抜かれてしまいましたので。
とても醜い格好しているということは理解できます。
しかし、それは、彼の妹とどういう関係があるでしょう。もしかしたら、どこか似てるということでしょうか?
考えてもよく分かりませんが、彼――ユーリくん?がなぜか苦しそうにしているので、とりあえず謝っておきましょう。
『ご、ごめんなさい…』
『謝んなくていい!おまえバカなんだな!ここ録音されてんから、これ以上俺に言わせんな!もう一度だけ聞く!お前はスパイだよな?仲間の名前だれでもいいから答えろ!』
自分が馬鹿だということには、少し異議がありますが。ユーリくんが言ってることは何となく分かります。
しかし、彼の言うことが本当なら、この場での会話は誰かに聞かれることは間違いないでしょ。もし、自分が彼の言葉に乗ってスパイだと認めてしまったら、誘導した彼にも何か疑いが掛かるかもしれません。
自分はそんな出会ったばかりの彼に迷惑かけたくありません。
『自分は部隊と逸れて、偶然この町に辿り着きました。スパイじゃないし、仲間もいません!』
『はぁ・・・・・おまえって一体なんなんだ!』
『部隊と逸れた、ただの小娘です』
『いいから黙ってろ!拷問してやるぞ』
『ご……自分を痛み付けるのでしたら、指に棒突っ込むのだけ、今日辞めてもらえませんか?』
本来自分は要求なんて出せない立場ですが。
もしかすると、自分は彼の妹に少し似てるかもしれないので、そこの隙を付こうと思いました。
ちょっとずるいですよね。
『誰もおまえの指なんざ興味ねぇんだよ。…てかおまえ爪も剥がされてんのか!?……ああ、もう我慢ならん!!俺が楽にしてやるっ!』
そう言い放ったユーリくんは、すぐ腰に下げていた銃に手を伸ばし、銃口を自分の額の上に当てます。
ああ、やっぱり、彼は自分が思っているような優しい男の子でした。
ほんの少し、短いお付き合いでしたが。なぜか不思議に彼と親しい関係になったような気がします。
自分を撃った後の彼のことも少し心配ですが。これで、自分はこの地獄から解放されます。
ただ、あまり自分が怖い表情すると、彼が撃てないかもしれませんね。
そう思うと、自分はできるだけ冷静な表情を保ちながら
『ありがとう』
と小さい声で呟いて、目を閉じました。




