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 夕飯はもう少し後になるだろうと、サリューナは一度料理をテーブルから避けておく。

 シャマイームがシャワーを浴びている間、イェクームとサリューナ達はとりあえずお茶を飲む事にした。

 食事前なので少し悩んだが、空腹に耐えかねたサリューナはクッキーを少し皿に盛り、テーブルの中央に置いた。

「シャマイームの部屋から、椅子取って来る」

「あ、僕も」

 もともとが二人用の部屋のため、テーブルに備え付けの椅子は二脚しかない。仕方ないのでシャマイームとウィンクルムの自室から、もう一脚ずつ持ってきて人数分の椅子を確保。

 少し縦長いテーブル―― イェクームと向かい合わせになってサリューナ達は席に着く。

「俺とシャマイームは炎凰国(えんおうこく)出身なんだ。君達、グルカって事は水妖国?」

 サリューナとウィンクルムの目元を縁取る黒揚羽の片翅を、イェクームは鳶色の瞳で興味深げに見つめる。

「グルカ族を知ってるんですか?」

 ウィンクルムの問いにイェクームは頬笑み、言葉を続けた。

「ああ、前に水妖国を旅した事があるんだ。入学前にちょっと見聞を広げようと、シャマイームと二人で。それにしても強いね~。グルカ族の人って皆あんなに強いものなの?」

 サリューナ達は誇らしげに「うんうん」と頷く。やはり自分達の部族を褒められると嬉しい。

「ちょうど害獣が出没した時に居合わせちゃったんだけどさー。一匹とはいえ、瞬殺! お見事としか言えなかったよ~」

 ちょうどその時、脱衣所のドアが開き、シャマイームが髪を拭きながら出てくる。

「腹減った。早くしろよ、飯食おうぜ」

 イェクームは話を中断し、シャマイームに持ってきたバスケットを渡す。

「ごめんね、先に食べててくれて良かったのに」

 イェクームの抗議は無視して、シャマイームはサリューナ達に謝罪する。

 髭を剃り、とりあえず髪を整えたシャマイームを見てサリューナ達は目を丸くした。彫像のように通った鼻梁(びりょう)、力強い眉、藍色がかった黒い瞳は穏やかな中に意思の強さを秘めている。

「シャマイームさんって男前だったんだ……」

「ウィン!」

 思わず本音を漏らすウィンクルムを、サリューナは少し睨んで(たしな)める。シャマイームは黙って苦笑しつつ、イェクームの隣の席に着いた。

「まあ、仕方ないよね。さっきのこいつの姿ときたら、まるで汚泥(おでい)の中に突っ込まれた猛獣みたいな――」

「お前は口を開くな、イェクーム」

 片眉を吊り上げシャマイームが睨んでも、気にした風も無くイェクームは言葉を続けた。

「ところでお前は何で座ってんの?」

「は!?」

 より一層眉を吊り上げたかと思うと、シャマイームは嫌そうにバスケットの中身を確認する。

「……これは一体何だ? イェクーム」

 シャマイームの右手にはじゃがいもが握られていた。どう見ても“(なま)”のじゃがいもが、である。

「見て分からないのか? 仕方ないな。無知なお前にも分かるように、親切な俺が懇切丁寧に説明してやろう。それは通称“じゃがいも”と言ってだな? またの名を“馬鈴薯(ばれいしょ)”とも言う。ビタミンや澱粉が多く含まれている上に――」

「いや、誰もそんな事は聞いていない。なぜ“生”なのかを俺は聞いているんだ」

 イェクームの流れるような弁舌を(さえぎ)り、シャマイームの怒気を孕んだ声はどんどん低くなっていく。

 無理もない。遺跡調査からよれよれになって戻ってきたばかりで、シャマイームは疲れきっている。

 そこに「飯食おう」と持ってこられたのが“生”のじゃがいもとなれば、苛立つ彼を責める事は出来まい。

「なぜ生なのかという点においてはいくつかの理由が考えられる。まずその一、俺が皮を剥くのが面倒くさかった。その二、俺が過熱調理する手間が面倒くさかった。その三――」

「もう、いい」

 諦めたように額を掌で押さえ、シャマイームは溜息混じりにイェクームのお喋りを中断させた。

「分かってくれて嬉しいよ、シャマイーム。とりあえず調理してくんない?」

 二人のやり取りを肩を震わせ耐えていたサリューナ達だったが、こらえきれずにとうとう吹き出してしまった。

「あ、あの作りすぎてしまったから。お口に合うかどうか分かりませんけど、私の料理で良かったら――」

 サリューナはそう言って立ち上がり、料理を再びテーブルの上に並べ出す。

「あ、手伝うよ」

 そしてシャマイームも慌てて立ち上がるが、サリューナは「一人で大丈夫です」と彼を止めた。

「ほら、見ろ。お前のせいでサリューナ嬢に気を使わせてしまったじゃないか」

「むしろ、お前が気を使えよ!」

 しれっと言い放つイェクームに、シャマイームは少し声を荒げて怒る。

 本来ならウィンクルムも手伝うところなのだが、さっきから笑いをこらえるのに必死で動けないでいた。

「仕方ないな、女性だけ働かせているのは流儀に反する。俺も働こう」

 サリューナが口を開きかけたが、イェクームはそれを制して椅子から離れた。

 イェクームはバスケットの中に手を突っ込むと、果実酒と赤ワイン、パン、チーズ等を取り出す。

「残った十個のじゃがいも“だけ”はシャマイームにやる。間違っても生で齧ったりしないように」

「するか!」

「調理した後なら、このイェクーム・シェレグ食してやるのもやぶさかではない」

「頼むからお前はもうここに来るな、イェクーム」

 二人が下らないやりとりをしている間に、サリューナは白磁の大皿に牛肉の赤ワイン煮を盛りつけ終わっていた。

「後はやるから座ってて」

 手伝おうとするサリューナを席につかせ、イェクームはキッチンに立つ。

 そうして彼は優雅な所作で手際よく飲み物や、残りの食べ物を食卓に並べていった。

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