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疾走し、跳躍し、斬り結び、受け流す――闘う彼らの姿は闘気を纏うたおやかな舞姫と、颶風を従えるしなやかな獣。
いや、サリューナの動きに連動してその裾をはためかせるワンピースが、春の風に舞う黄色い蝶のようでもあった。
横薙ぎに斬り込むシャマイームの一撃を、少し身をかわし避けるサリューナ。
かわしきった彼女を、シャマイームの反す刃が襲う。だが彼の刃は届かなかった。
わずかに身を右に捩ってその切っ先をかわし、振り向き様にサリューナはタルワール刀で横薙ぐ。
シャマイームは剣で受け止め、そのまま力で押し返そうとする。
長く切り結んでは不利と判断。サリューナはシャマイームの力に押されるまま、半歩下がった。そしてシャマイームの追撃を、後方に飛びずさって避ける。
胸元にちりりと肌を焼く一条の熱を、サリューナは感じた。すぐにそれは薄く皮膚が裂かれた痛みに変わり、外気が素肌から熱を奪っていく。
刃は完全に避けたはず。
シャマイームが振るう剣の風圧で斬られたのかと、サリューナはぞっとした。
もし直接シャマイームの攻撃を喰らえばダメージは甚大、動きを止められる事は必然。背筋に冷水を浴びせられたような悪寒に、サリューナは一瞬身震いした。
が、怯んでいては負けてしまう。
サリューナは唇を噛み、その大きな琥珀色の瞳でシャマイームを射抜くように見据えた。
先程まで、お互いに目を逸らさず闘っていた二人。
ところが今、シャマイームの視線は、どこかサリューナを避けている風だった。
「あ、う……や、やっぱりやめよう。ちょっと休憩っ!」
向こうが有利なはずなのに、シャマイームが右手で制止を告げる。
「やめません! 勝負を途中で投げ出さないで下さい!」
「いや、あのね、サリューナさん、あの、君の服が……」
さっきまで手加減はいるのかと挑発してた癖にと、サリューナは怒りが込み上げてきた。
「服が破けてる事くらい知ってます」
冷ややかな眼差し、声色で――怒りすぎると、逆に凍てつくほど、精神が研ぎ澄まされていくのはなぜだろうと思いながら――サリューナはシャマイームの言葉を遮る。
さっきから切り裂かれた胸元に風を感じていた。でも下着は大丈夫なはず。
かなり見えているのだろうと思ったが、いちいち確かめると余計に羞恥が増す。だから、あえてサリューナは確認しなかった。
“サリュっ! 僕、イェクームさんに動きを封じられた!”
そんな時、ウィンクルムがイェクームに敗北したと、思念でサリューナに話しかけてきた。
“なっ……!?”
シャマイーム一人ですら苦戦するのに、これにイェクームが加われば、正直サリューナに勝ち目は無い。
「少し時間をあげるから――というか頼むから、せめて隠してくれないかな? 女の子にそんな格好させておくのも……」
相変わらず目を逸らしているシャマイームに「気にしないで下さい。私は一切、気にしませんから!」と言い捨てると、サリューナは彼に斬りつけた。
「ちょっ、待ってってっ! わっ――」
一瞬、シャマイームの対応が遅れた。振るわれた刃を避けるために後方へ退き、シャマイームは木の根に足を取られかける。
「待ちません!」
シャマイームの態勢が整うのを待たず、サリューナは力強く踏み込んだ。そのまま勢いをつけ、ククリ刀の柄を彼の顎に叩きこもうとする。
だが、シャマイームは後ろに身を仰け反らせ、かろうじてサリューナの攻撃をかわした。しかしそこでシャマイームは再び態勢を崩す。大木を背にしたシャマイームを、サリューナは刃で追い詰めた。
「参った、降参」
小さく溜息をつきつつ敗北を認めるシャマイームの喉には、サリューナのククリ刀が突きつけられている。
「女だからって害獣は遠慮してくれないんです。こんな程度では訓練にもなりません、先輩」
冷ややかに見つめる琥珀色の瞳から、シャマイームは目をそらせないでいた。喉元に当たる刃は彼女の瞳と同等に冷たい。
「サリューナ嬢の勝ち。シャマイーム、お前の負け。ちなみに俺は勝ったからな?」
全く空気を読まないイェクームの間延びした声を合図に、サリューナはシャマイームから身を離した。もちろん、胸元は隠しながら。
『訓練を終了します。五感及び交感神経と仮想素体との接続を解放します』
軽く上げたイェクームの右腕にシステムが反応し、周囲がその姿を歪ませていく。
ダイブした時とは逆に樹海が――木々の緑が、太い幹が、それらに絡まる蔦が――大小様々な長方形の素子となり剥がれ落ちていった。
『模擬戦闘訓練用システムReal virtualizationを終了します。お疲れさまでした』
システム完全終了を合成された女性の声が告げる。
その頃には、クリーム色した無機質なリノリウムの床と剥き出しのコンクリート壁に囲まれた空間に、四人は立っていた。
あ、とサリューナが声をあげ、自身の胸元を見る。先程切り裂かれたはずのワンピースは、鉤裂き一つ見当たらなかった。
「システム終了したら、何も無かった事になるって言ったでしょ?」
そんなサリューナにイェクームは片目をつむって笑いかける。逆にシャマイームは視線を合わせず、ごめんとだけ小さく呟いた。
嫌がるリーハにイェクームが訓練しようと言いだしたが、時間もあまり無いしと五人は訓練ルームを後にした。
シャマイームとイェクームが先を歩き、その後をリーハと双子達が少し離れて付いて来る。
「どう思う?」
彼らとの距離を確認すると、シャマイームは声を顰めイェクームに語りかけた。
「サリューナ嬢は着痩せするタイプなんだな~。あの年齢で、あの成長具合なら、何年後かにかなり期待でき――」
「俺はそういう冗談が嫌いだと常々言ってるだろうが。そうじゃない、戦い方の話だよ」
イェクームが下品に茶化すのを、シャマイームは胸倉掴んで小声で怒る。網膜に焼きついてしまった映像を思い出したのか、赤銅色の頬に少し朱が差していた。
「落ち着け、顔が赤いぞ。んー、お互いに気が合うようなら今後組む事を考慮に入れてもいいな。お前と二人でもそう不自由は無いが、遺跡に潜るのに戦力は多いに越した事は無い。特にあの能力は素晴らしいしな。それにサリューナ嬢の『きゃっ』とか言わず戦闘放棄しなかった根性が、俺は気に入った。お前はどうなんだ、シャマイーム?」
「同じく。太刀筋もいいし、戦闘センスも良さそうだ」
先程の戦いを思い出し、分析しているのだろうか。真面目な顔でシャマイームは頷く。
「どちらかと言えば、お前に幻滅した。模擬戦とはいえ、戦いの最中にあの程度で怯むな。お前が、そこまで純情とは知らなかった」
冷ややかなイェクームの物言いに、シャマイームは悪かったとしか返す言葉が無かった。