5.王都エルタニア
「弟子にして欲しい」彼は確かにそう言った。曇りなき瞳でこちらの返事を待っている。当然、断った。ルインには常闇の竜を倒すという危険な目的があったからだ。まだ未熟な彼を旅に同行させるには危険すぎる。
だが、彼も諦めが悪くしつこく頼んでくる。そこまでして強くなりたい理由を尋ねると、彼は「冒険者に一番必要なのは強さです!」と自信満々に答えた。確かに間違ってはいないかもしれない。彼の夢は冒険者になって世界中を冒険すること。まずは強くなりたいというのは理解できる。だが、自分には関係ないと強く断った。
「まあまあ、こんなに頼んでいるんだし連れて行ってもいいのでは?」
「リッチ……この子はまだ幼い」
「もう13だよっ!大人ですよ」
会話を聞いていたリッチの推薦もあり、ルカも旅に同行することになった。ルカはすごく喜んでいたし、リッチも仲間が増え賑やかになったことが嬉しそうだ。不本意だが弟子ができた事を受け入れるしかなさそうだ。
翌日、村人達に別れを告げ三人は王都に向けて出発した。道中、野生の魔獣やモンスターに襲われたりもしたがルカの修行には最適な相手だった。馬の休憩や野宿のキャンプなどの空き時間には師匠らしくルカに剣を教えた。
「師匠、どうです?僕強くなれますかね?」
「……まあ、思ったより筋はいい」
そんなこんなであっという間に三人は王都エルタニアに到着した。町は分厚い壁に囲まれており、壁の上には兵士達がしっかりと警備しているのが見える。大きな門をくぐり抜けて町に入ると、沢山の建物がズラリと並んでいた。
その景色に圧倒されるルインとルカ。王都というだけあってとても広く、総人口は50万人を超えている世界有数の大都市だ。大きな通りは市場になっており、多くの人々で賑わっている。露店には見たこともない食べ物や道具が売られていて、見て回るだけでも十分楽しかった。
しかし、ルインはすぐにでも目的であるミューズの杖を探しに行きたかった。しかし、すでに日は落ち始め夕方となっている。今日の城の訪問時間は終了していた。仕方なく三人は宿に泊まり、明日城へ行く事にした。
宿屋に入ると部屋は一つしかないと言われ、三人は同じ部屋に泊まることになった。部屋に入ると、リッチはふかふかのソファーに座り市場で仕入れた商品を整理し始めた。ルカは荷物から同じく市場で買った食べ物を食べ始めた。
「眠るにはまだ早いか……」
「そうですね、そろそろ人形と体を交換した方が良いんじゃないですか?」
ルカに言われ棺の人形に再び魂を移した。特にやる事もなかったルインは荷物だけ宿に置いて一人、夜の町を散歩しに出掛けることにした。夜と言ってもまだまだ人通りは多く町は騒がしい。
あてもなく歩いていると、冒険者ギルドと書かれた建物にたどり着いた。大通りから少し外れた細道にあるこの建物になんとなく興味を惹かれ中に入ってみた。扉を開けると、そこでは冒険者と呼ばれる人達が酒を飲んだり、食事をしたりくつろいでいる。取り敢えず受付と思われる所で、ここがどんな場所か尋ねてみる。
【冒険者/冒険者ギルド】
冒険者とは主にモンスター、魔獣などの討伐依頼を達成しその報酬で生活をしている人達。危険な職業だが目指す者は多い。冒険者ギルドは冒険者と依頼主との中間管理を行う機関である。個人の冒険者と比べて仕事が手に入りやすいので、ほとんどの冒険者はギルドに所属している。
ルインが受付嬢の説明を真面目に聞いていると、少し離れた席で酒を飲んでいたガラの悪い大男が立ち上がった。男はニヤニヤしながら馬鹿にした様子で酒瓶片手に近づいてくる。
周りの冒険者達がざわざわし始めた。「あの子マズイんじゃない?」「ゲダンの野郎、強いからって調子に乗りやがって」そんな小言が聞こえてくる。そして、ゲダンと呼ばれる大男はルインの目の前に立った。
「これはこれは可愛らしいお嬢さんだ」
「……何か用?」
「俺はゴールドランク104位のゲダン、このギルドの常連最強の男だ」
【ランク】
冒険者にはそれぞれランクがあり、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、と5段階に分けられ、ランクに応じて与えられる依頼の難易度や報酬は変わってくる。格ランクにはそれぞれランキングがあり、毎年ランキング上位は昇格試験に挑戦できる。ランキングは達成した依頼の数や難易度、本人の強さなどをギルドが判別して決めている。
彼は自分がこの常連最強と言う事を自慢しに来たのだ。受付嬢曰く、このギルドは小規模なので常連の数も少ない。プラチナランクの常連が一人いるだけで、他は全てゴールドかそれ以下の冒険者だそうだ。そこで約1万人いるとされるゴールドランクの104位であるゲダンが実質ギルドの常連最強(自称)らしい。
「プラチナランクがいるのにあんたが最強?」
「俺はあの野郎は認めねえッ!」
プラチナランクの冒険者と仲が悪いのか、露骨にイラついている。余程嫌いなのだろう。そして、彼の怒りの矛先は完全に自分に向けられた。
「小娘がこの俺に舐めた口利いてんじゃねえぞッ!!」いかにも小物臭い台詞と共に彼は殴り掛かってきた。周りで様子を見ていた冒険者達が止めに入ろうと身構える。
しかし、ルインはこの場にいる誰よりも強かった。指をパチンっと鳴らすと勢いよく振りかぶった腕の力が抜ける。そして、あっという間に全身の力が抜け立っていられないほど脱力は強くなった。ゲダンはその場に倒れこむ。ギルド内は時が止まった様に静まり返った。
「て、てめえ……今…なにしやがっ…た…」
「酔いすぎだ、頭を冷やせ」