2.動く、石像
背の高い草木に囲まれ静かに佇む一体の石像。苔に覆われ長い年月放置されていたであろうその姿は自然と同化していた。
今、竜の封印が解けた事に連動して彼もまた長い眠りから目を覚ましたのだった。ゆっくりと辺りを見回す青年の名前はルイン。かつて常闇の竜と死闘を繰り広げた者だ。彼はおぼつかない足取りで歩き始めた。日の光が木々によって遮られ薄暗い森の中をただ真っ直ぐに、あてもなく歩いた。
どれくらい歩いただろうか、やがて小さな獣道に出た。すると、遠くの方からから一台の馬車がこちらに向かって来るのが見えた。
「あれから何年経ったんだ……」そんなことを呟きながら道脇の木に寄りかかる。馬車はルインの前に止まった。荷台には沢山の荷物が積まれている。見たところ旅の商人の馬車だろう。しかし、馬車の御者席に座っていたのは一匹の大きめなリスだった。小綺麗なポンチョを羽織、会釈した。
「こんにちは旅人さん、なにか必要な物あるかい?うちは安いよ」
あろうことかこのリスは人の言葉を喋った。だが、今の彼にとってそんなことは気にならなかった。空腹、喉の渇き、とにかくこの二つを早急に何とかしなくてはならない状況にあった。
ふと、積荷を見ると果物が沢山入った木箱が見える。彼は代金も払わず木箱の中の果物を夢中で食べた。リスは驚いた様子で御者席から降りてきた。
「いきなり何するんだ!?食べるならお代を払ってからで頼むよ」
「……これで足りる?」
ポケットに入っていた硬貨を数枚差し出した。リスは硬貨を受け取ると虫眼鏡を使ってよく観察を始めた。「これは……何?お金じゃないね」リスは不機嫌そうに硬貨を握る。どうやら長い年月が経った事により時代が変わり、扱われる通貨も変わってしまったようだ。
「お客さん!ちゃんとしたお金を出しなよ」
「金は……ない」
啞然とするリス。彼は手に持った果物を木箱に戻し、腰に差してある剣を抜いた。それを見たリスは怯えた様子で身構えた。剣で狙いをつける様に構えると、深く腰を落とした。リスはごくりと生唾を飲み込む。
その瞬間、彼は目にも留まらぬ速さで剣を投げた。リスの背後にある森の中目掛けて。ドシンと重たいものが倒れる音が響いた。剣の飛んでいった方をよく見ると、そこには脳天に剣が刺さり死んでいる巨熊がいた。リスとの距離は約5メートル、静かに忍び寄っていたらしい。
「これは驚いた、お客さんよく気が付いたねぇ」
「それよりお代……」
「いや、あんたは恩人だお代はいらんよ」
ルインはリスにお礼を言うと熊に刺さっている剣を引き抜き、刃に着いた血を払い剣を鞘に収めた。そして再び歩き出した、復活した常闇の竜を倒すために。だが、今の彼には竜が何処にいるのか見当もつかない状況にあった。
「おーい、待ってくれよ」リスが馬車を走らせながら呼び止めてきた。リスの名前はリッチ、旅の商人だ。
「次の町まで乗ってかないかい?」
「いいのか?」
リッチの厚意で人のいる町まで馬車に乗せてもらうことができたルイン。彼のいく先に何が待っているのだろうか。