第9話 初級ダンジョン
町外れにある初級ダンジョンの中を、リオン達3人が歩いている。
ダンジョンと言うのはある種の魔法施設のようなもので、人為的に作られたものから天然に出来たものまで様々である。
ただ共通しているのは中に魔力を蓄えていて、その結果自然発生的に魔法生物が湧きだし、宝物も宝箱の形で設置され、回収されても時間がたったら再設置される。
当然ながら魔物が住みかとして使うことも多く、中級以上のダンジョンは危険度も高くなっている。
しかし内臓魔力が少なくて、危険度の低いダンジョンはこの初級ダンジョンのように、駆け出し冒険者達の狩場兼修練場として使われたりもしている。
「それにしても、さっきは危なかった……死ぬとこだったぞ、社会的に」
「ごめんごめん、つい、ね」
エルフの少女を奴隷として買った、という百合ロリコン疑惑をかけられそうになったリオンが恨めし気な目でコゼットを睨む。
だが当のコゼットは茶目っ気たっぷりにペロリと舌を出し、そんな可愛いエルフの少女を見たリオンは「むぅ」と唸るしかなかった。
奴隷を買う、と言う行為自体は違法ではないもののあまり褒められたものではないのも事実で、しかもそれがこんな可憐な見た目の少女を買って更に首輪まで付けて連れ歩いてるともなれば……法的にはともかく社会的信用はアレなことになるのは避けられない。
そんなわけで、呪いのことはある程度ぼかしつつ、どうにかそれがリオンの趣味でないことだけはロザリーに納得してもらって事なきを得ていた。
「それ、外せないんだよな?」
それ、と言うのは当然コゼットの首に巻かれた、魔力で編まれた首輪のことだ。
「ええ、無理ね。 これは私があなたに魂まで魅了された証のようなものだし、どうやっても外れないわ。それこそ、あなたが死んでも、ね」
「死んでも!?」
「ええ、多分。つまり私はずっとあなたの虜ってことね」
とんでもない内容を口にするコゼットだがその口調は明るく、リオンの手をきゅっと握って来る。
「それは……なんか申し訳ないな」
「どうして?」
「だって、たとえ俺が死んでも縛り付けるなんて……」
「あら、いいのよ。だって私、今あなたといられてすっごく幸せだもの……たとえそれが魅了から始まる恋だとしてもね」
はっきりと告げるコゼットは、杖の先に灯した魔法の灯りに照らされながら微笑んでいる。
「コゼット……」
「まぁ、とは言っても……私も、この首輪をしていること自体は誇らしい気持ちさえするんだけど、それでも周りから見たらアレな恰好だってことはわかるのよ」
そう言うと、コゼットはカバンからスカーフを取り出した。
「それで、こうしてこれを巻いて隠そうとしてみたのね? こんなふうに、そうしたら……」
「そうしたら?」
リオンの目の前で自分の首にスカーフを巻いて首輪を隠そうとするコゼットだが……その手が途中でビタリと止まり、それ以上進まなかった。
「……なに、遊んでるんだ?」
「遊んでるんじゃないのよ。どうしても隠せないの」
コゼットはスカーフを巻こうとして力を込めるものの、その手は何かで空中に縫い留められたように動かなくなってしまう。
「ね?」
「いや、ね? って」
「普通に触ったりするぶんには平気なんだけど……こうして隠そうとすると、それをできないようにされちゃうみたいなの」
「んなバカな……貸してみろよ、俺が巻いてやるから」
リオンはコゼットの手からスカーフを受け取ると、それをコゼットの首に巻いてあげようとしたが――
「んんんっ?」
「ほらね?」
リオンの手も先ほどのコゼットと同様に、ある程度近づいたらそれ以上進めなくなってしまった。
「なんだこりゃ……」
「クレアにも試してもらったけど、やっぱりダメみたいなの」
「ぬっ……ぐぐぐぐぐ……」
それでも何とか巻こうと力を込めるリオンだったが、いくら頑張ってもやはりその手は前に進まない。
「どうも力で止めていると言うより意識に干渉しているようなのよね。この首輪を隠さないように」
「という事はつまり……俺が、スカーフを巻きたくないと思わされてる、と?」
「そんな感じみたい」
「まいったな……」
これからもコゼットの首輪が晒されたままになるという事実に、リオンが頭をかく。
いたいけなエルフの少女に首輪を巻かせてパーティーに入れているなんて、さっきみたいにどんな誤解をされるか分からない。
好意的に解釈してくれても、ちょっと変わった趣味を持つ恋人同士による百合首輪プレイ……と言ったところだろう。
「ごめんね……? それでも私……」
「な!?」
しゅんとしながらもリオンの手を握っていたコゼットは、今度は腕にぎゅっと抱きついてきた。
「あなたと離れたくない……私、ずっとあなたと一緒にいたいの」
「こ、コゼット……!?」
「これからも、側にいていい……?」
コゼットがここまで好意的なのは魅了によるものと、リオンも頭では理解していたが――それでもこんな可憐な少女からこうも迫られると、元男としては胸が高鳴らずにはいられなかった。
「わ、わかった! わかったから……!」
「ありがとっ……私、リオンになら何をされてもいいからね? 私の身も心も、全部あなたのものなんだから……」
「身も心もって……!!」
エルフの美少女の大胆な告白に、リオンは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
そんなリオンを見たコゼットはそのままスッと目を閉じて、キスをねだったところで――
「こらぁ!! 黙って見てれば……ダンジョン内でいちゃついてるんじゃないわよっ!」
クレアから、強引に引きはがされた。
「いや、いちゃついてなんて……」
「どこからどう見てもいちゃついてるでしょ!? リオン、あなたスライムが目標だからって気を抜き過ぎよ?」
「う、す、すまん……」
基本的には最下級の魔法生物であるスライムだが、群れを成せばその脅威はそこそこのものになる。
特にスライムは女の子を好む傾向があるので今のパーティーにとってはなおさらだ。
「コゼットも、告白なら安全な場所でしなさいっ」
「そうね、確かに悪かったわ……ごめんなさい。初めての冒険で浮かれていたみたいね」
「わかればいいわ」
クレアは聖職者らしく慈悲深い表情で笑い、くるりと通路の方を向いた。
「さて……来たわよ」
そのクレアの言葉通り、床を柔らかいものが大勢這いずるような音が、通路の先から聞こえて来た。