第8話 百合ロリコン
冒険者ギルド――それは冒険者達にクエストを手配するだけでなく、冒険者としての登録、ランクの管理、素材の取引や他の街のギルドとの連携等々、冒険者のための仕事を一手に担当している。
逆に言えばここを通さないと冒険者としての活動は出来ないことになり、リオン達も当然このリリーアの街のギルドに所属している。
「コゼットは、まず登録からだな?」
「そうね、私、里から出て来たばかりだし」
冒険者は登録されると最初はFランクから始まり、いわゆる新人冒険者と呼ばれる。
それらFランクが行うクエストは採取や雑用がほとんどで、モンスターと戦うにしてもせいぜいがスライム程度となる。危険も当然少なく、ここで実績を積むことで晴れてEランク、見習い冒険者となる。
そしてそこからDランクの初級冒険者、Cランクの中級冒険者へと上がっていく。
「俺はなんとかDランクにはなれたんだけど……そこからがどうにもならなくてな……」
「まあその……Cランク、いわゆる一人前って言われる辺りからは危険なクエストも混じってくるからね、ギルド側もスキル無しじゃ危ないと判断したんでしょ」
そう言うクレアの顔は、先ほどのコゼットとのやりとりでまだ赤らんだままだ。
「でも、考えてみたらスキルも無しに剣の腕だけでDまで上がれたんだから、そこは誇ってもいいんじゃないかって私は思ってるのよね」
「……ありがとな」
「っ!?」
フォローを入れてくれた礼を言われたクレアが、びくりと反応する。
コゼットから言われたことで改めて自分の気持ちを自覚させられたクレアは、気恥ずかしさからリオンと目を合わせられなくなっていた。
「ま、俺もレベル1になったから、多分Fからやり直しかな……でもこれからはスキルを覚えられると思ったら、気が楽になったけどな」
そんなクレアの気持ちにも気付かず、リオンの足取りは弾んでいることにクレアの頬は少し不満気に膨れる。
「さ、着いたぞ」
通りでもひときわ目立つ大きさのギルドの建物は、この街が冒険者稼業でそこそこ潤っていることを示していた。
近くには初級者用、中級者用のダンジョンもあり、そこで取れた素材や宝物は様々な用途で活用することが出来るからだ。
建物の中に入ったリオン達はクエストの受注のため受付に向かうと、そこにいた受付嬢のロザリーが花のような笑顔と弾んだ声で出迎えてくれた。
「あ、リオンさんいらっしゃ……い……? って、あれ……?」
だが、その声は途中で疑問形に変わる。
「リオンさんじゃ……ない? え? でも……」
「あ~、ロザリー、これは、その」
「あ、もしかして、リオンさんの妹とか……? え~、オホン、失礼しました……ようこそリリーア冒険者ギルドへっ」
人違いをしたと思って、仕切り直すように改めて挨拶をするロザリーだったが、それにリオンは手を軽く振って否定した。
「いやいや、俺だよ、リオンだよ」
「……は? いや、でも……」
ロザリーは上から下までリオンの体をまじまじと見て、それから「いやいやいや」とリオンと同じように手を振った。
「だって、リオンさんは男ですよ? あなたは女の子じゃありませんか。からかうのはよしてくださいっ」
「からかってないってば、俺だよ、本当にリオンなんだよ。女の子になったんだ」
「はい……?」
リオンからこれまでの経緯を聞き終わったロザリーは、その小さな口を大きくぽかんと開き、目を丸くしていた。
「はぁ……呪いで男になっていたのが、それが解けて女の子になったと……」
本当にそんなことがあるのか信じられないと言った顔をしているロザリーだったが、目の前にいるリオンはどこからどう見ても女の子にしか見えず、困惑したまま肩まで垂れているお下げを指でいじった。
「一時的に姿を変える、変化の呪文とかでは無く?」
「ああ、一晩たってもこのままだ、と言うかこれが本来の姿らしいからな……俺もまだ慣れてないんだけど」
「それは……また……何というか……」
絶句しているロザリーを見て、リオンの後ろにいたクレアがコゼットに耳打ちをする。
「ねぇ……ロザリーの態度が全然変わらないってことは、つまり……」
「そうね、あの子……リオンのこと好きだったみたいね」
「魅了されるか、されないかで、それまでの気持ちが判別できるのね」
「そうね、あなたみたいにね……っていたたた!?」
からかわれたクレアが、コゼットの長い耳をつまみあげる。
「んもうっ!」
「何してるんだ?」
「い、いえ、何でもないわよっ。それよりほら、話を続けてよ」
「あ、ああ」
クレアから耳を引っ張られているコゼットの姿に首を傾げながらも、リオンはロザリーに向き直った。
「そういう訳でこの2人とパーティーを組んで冒険者を続けることになったんだけど……問題は俺のレベル、1になっちゃったんだよ」
「え!?」
「確か、クエストを受けるためのランクにはレベル制限があったよな?」
「ええ……それは確かにそうですけど……例えばランクEになるためにはレベル2が最低限必要です」
「となるとやっぱり……俺ってFからやり直しかな?」
「どうでしょう……なにぶんレベルが下がるなんて前例がありませんし……」
ロザリーは「うーん」と唸りながら、その豊かな胸の前で腕を組んだ。
「手続きをするにしてもちょっと時間がかかりそうですね……」
「まぁその手続きは後でして貰うとして――こっちのコゼットの登録と、後は軽いクエストがあれば受けたいんだけど。最低レベルのFランクなら受けても問題ないだろ?」
「それでしたら、ちょうど『スライムの体液集め』の依頼がありますけど――」
そう言いながらひょいと顔を動かしてコゼットを見たロザリーは、そのエルフの少女の可愛らしさに感嘆の声を上げた。
「まぁ……! エルフとは珍しい……!! それになんて可愛いのかしら」
「それはどうも。でも私、言っておくけどあなたの祖父より年上よ?」
そうは言っても褒められて悪い気はしないのか、やや照れながらも澄ました感じでコゼットが答える。
「あ、まぁ、エルフですものね、それは失礼」
「いいわよ、別に」
「……ところで……その首輪は一体……」
「ああこれ?」
可憐なエルフの少女にはどう見ても似つかわしくない革製の首輪が巻かれていたら気になるのも当然だが、そんな質問を受けたコゼットは愛おしそうに首輪を指で撫で、その顔は誇らしげでもある。
その仕草にリオンはイヤな予感を感じて咄嗟にコゼットの口をふさごうとして――
「――これ、私がリオンの物だっていう証なの」
間に合わなかった。
そして恐る恐るロザリーの方を振り向くと……その顔は凍り付いていた。
「り、リオンさん……これはどういうことですか?」
「あ、いや、その……」
「こんな少女を……まさか、奴隷として買ったんですか……!? そんなことをする人だとは思いませんでした……!!」
「ち、ちが……!!」
慌てて否定しようとするリオンだが、当のコゼットはニコニコとしながら首輪を撫で続ける。
「まぁ、愛の奴隷という意味で言えば間違いじゃないわね」
「ちょ!?」
その容赦のないコゼットの追い打ちに、リオンが悲鳴を上げた。
「見損ないました……!! リオンさん……!!」
「こ、これは違うんだ、話せばわかる……!!」
そしてそんな百合ロリコン誤解を解くために、しばらくの間リオンは必死で弁解をする羽目になったのだった。