第7話 野暮ってものでしょ
「な、なぁ……こんなのやっぱり、恥ずかしいんだけど……」
防具を新調するためにやって来た武具屋の試着室のカーテンの隙間から、リオンは恥ずかしそうにモジモジとしながら顔を出した。
「あ、着替えたんだ、じゃあ見せて見せてっ」
「わ、笑うなよ……?」
「笑わないわよっ、ほらほら」
「早くっ、早く見せてっ」
我慢しきれない感じのクレアとコゼットからせがまれ、リオンは観念したようにゆっくりとカーテンを開いた。
そして現われたリオンの姿に、2人は感嘆の声を漏らす。
「おおおお~~~」
「こ、これは……可愛いわねっ……」
女冒険者用の初級防具である革のドレスと軽鎧を合わせた姿のリオンは、どこからどう見ても美少女冒険者そのものだった。
本当は男の頃に着ていた重鎧がいいとリオンは主張したのだが、可愛くないと2人から反対されたことと、そもそも女になった体には重すぎて装備できなかったこともあり、結局この装備に落ち着いた。
同様に武器も愛用していたブロードソードと盾が重すぎて持てなくなっていたので、そちらもショートソードに切り替えてある。
「いやぁ~実にいいわねっ」
「そ、そうね……まさかここまで似合うとはね……」
「ううううう……」
そんな目をキラキラさせている2人とは真逆に、リオンは顔を真っ赤にしながら生まれて初めてはいた短いスカートの裾を、手で目いっぱい引っ張っている。
ただそんな仕草のせいで余計に可愛らしさが溢れてしまっていることに、テンパっているリオンは全く気づいておらず、それが一層コゼットの熱い視線を集めることになっていた。
「なんか、女装してる気分なんだけど……」
「リオン? これは女装じゃないのよ?」
「そうよっ。これからのリオンは女の子の格好をすることが当たり前なんだから、慣れていかないとねっ」
「そうは言っても……」
つい先日まで男だったリオンにとって、下着も服も防具までも全て女物にされてしまっている今の状態は落ち着かないのも無理はなかった。
「――まぁまぁお客様、大変お似合いで……!!」
そんな悶々としているリオンに、近くを歩いていて目が合った若い女性の店員さんが、ポニテを振りながら小走りで近づいてきた。
「こちらの革のドレスは最近の人気商品でして、このように上から軽鎧を付けてもとても可愛らしいと評判なんですよっ」
「は、はぁ」
「それに耐火性能もありますから、ちょっとしたブレスくらいなら軽減してくれますし、何よりやっぱり可愛いのでお勧めですっ!」
「そ、そうですか」
やけに熱っぽく語る店員さんは、そのままリオンに歩み寄ると――そっとその手を取った。
「え?」
「あの……私、今日は夕刻の鐘で仕事上がりでして……その後、お時間頂けますか?」
「え? え? えええ?」
「何と言いますかその、唐突なんですけど私あなたに――」
「ハイハイ! ストーーーップ!!」
「お会計、お願いします!!」
リオンに言い寄る店員さんを2人は強引に引きはがし、そのまま会計を済ませて店からリオンを連れ出すと、そのまま近くにあるベンチに腰かけた。
「んもうっ……困ったものねっ……」
「そうね、わかってはいたけどここまでとはね……」
「どうしたんだ、一体?」
頭を抱える2人を見てリオンが首を傾げた。
「いや、さっきの店員さんよ、一目見ただけで魅了しちゃうなんて……」
「それはまぁ、私が劣化させたからだいぶ弱まっているとはいえ、それでも【百合の女王】の補正をばっちり受けてるから当然でしょ。魔法抵抗のない一般人じゃひとたまりも無いわ」
「劣化させてこれなんだもの、もし劣化させてなかったらと思うと恐ろしいわね……」
「え? じゃあつまり、あの店員さんは会ったばかりの俺に魅了された……ってことなのか?」
「そう言う事よ。まぁあれだけ僅かな時間の魅了なら、離れていればそのうち効果は解けるでしょうけど」
「マジか……」
想像を遥かに超える力に、リオンは困ったように頭をかいた。
「いい? リオン。これからは女の子を軽い気持ちで口説いちゃダメだからね? もし口説こうものなら、その子はまず間違いなく一発で落ちちゃうからね?」
「いやいや!? 口説かないって!!」
コゼットの忠告に、リオンはブンブンと手を振って否定する。
ひたすら冒険者として自分を磨くことばっかりだったリオンは、そっちの鍛錬の方はさっぱりだった。
「まぁでも――リオンには私がいるから他の子はいらないかしら?」
「!?」
ベンチに置いた手にそっと自分の手を重ねてくるコゼットに、リオンの体が跳ねる。
「ね~、リオンっ」
「あ、いや、その……!」
「こらっ! 街中で発情しないのっ!」
潤んだ瞳を向けながらリオンに身を寄せていたコゼットは、クレアによって羽交い絞めにされてしまう。
「全く、油断も隙も無いんだから……ってリオン!?」
そこで何かに気が付いたらしいクレアが、大慌てでリオンに声をかけた。
「どうした?」
「足!! 閉じて!! 開いちゃダメ!! あなたスカートなのよ!?」
「うぉ!?」
男だった頃と同じ感覚で足を開いてベンチに座っていたリオンは慌てて足を閉じ、通りを歩いている人々がそっと目を逸らした。
「す、すまん……まだスカートに慣れてなくて……」
「いや、まぁ無理も無いんだけど……気を付けてよね? 何度も言うようだけど、あなたはもう女の子なんだから……」
「いや、まぁ俺も今日で十分それは身に染みたけどさぁ……」
なにせ変わってしまった自分の体を鏡でまじまじと見せられ、女物の装備まで身に付けているのだ。昨日まで男だったリオンも観念すると言うものである。
「さて、装備も整えたことだし、そろそろ冒険者ギルドに寄ってクエストでも受注するか」
「そうね、せっかく新パーティーも組んだんだもの。試運転はしたいわよね。ただリオンがレベル1に戻っちゃったから軽めのクエストにしておきましょうね?」
「そうなんだよな……」
リオンは、昨日までは鍛え上げた筋肉で覆われていた腕が、女の子らしくほっそりとしているのを見て少し寂しげに笑った。
「その……生まれ変わったみたいなものだから……ごめんね?」
「いや、コゼットが謝らなくていいってば。それより、ここから鍛えてレベルを上げたらスキルを覚えられるって方が嬉しいんだから」
「そう言ってもらえると、ありがたいわ」
「よしっ、じゃ、行くかっ」
勢いよく立ち上がったリオンの後に、2人が続く。ただクレアは、そんなリオンの背中を見ながらコゼットにそっと耳打ちをした。
「――ねぇ、コゼット……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「その……リオンの魅了なんだけど……」
「それがどうしたの?」
「私もリオンと話したりしてるけど、さっきの店員さんみたいに魅了された感じがしないんだけど……人によって効果に差があるの?」
「ああ、なるほど……」
そんなクレアの言葉を聞いてコゼットはニンマリと意味深に笑いながら、クレアの耳元に口を寄せる。
「それはね――――魅了は、『すでに惚れている』子には効かないからよ」
「な!?」
「どうした?」
突然素っ頓狂な声を上げたクレアに、リオンが振り返る。
「な、なんでもない!! なんでもないのっ!!」
「そうか……?」
また背を向けて歩き出したリオンを見て、ほっと胸を撫でおろすクレアにコゼットがニマニマとしながら耳打ちを続ける。
「だって、魅了で恋心を上書きしちゃったら野暮ってものでしょ? ――だから、どんな女の子でも骨抜きにする魅了も、恋する乙女には効かないってわけ……良かったわねっ、あなたの気持ちはそのままよ」
「な、な、な……」
それから冒険者ギルドに到着するまで、クレアは頬を真っ赤にしながらプルプルと震えていた。