第6話 もう女の子なのよ
「ふっ……ぐぐぐぐぐ……」
コゼットによって女の子の体になって……いや、戻ってから次の日の朝、リオンは日課である素振りを行おうとして、定宿にしている宿屋の裏庭にいた。
しかし――
「お、重たっ……」
愛用していた自分のブロードソードは今までよくこれを振り回してたと思えるほどに重く、持ち上げることさえ困難になってしまっていた。
原因は勿論、男の体から少女の姿へと変わったことで筋力量がガタ落ちしたこと。剣を持ち上げようと力を込めるリオンの額には玉のような汗が浮かび、それは頬や首筋を伝って胸元まで流れていくが、肝心の剣の方はわずかに剣先が地面から浮かび上がるだけだった
「まいったな……どうも……」
呪いが解けたことによって本来のスキルを覚えられるようにはなったものの、今まで鍛え上げた体はこの通りすっかり失われてしまっている。
そのスキルにしても、百合スキルを限界を超えて強化する【百合の女王】と、女の子を魅了する【百合魅了】の2つで、レベルも1まで下がってしまった。
こんな調子で果たしてやっていけるのかと不安に思いながら剣から手を離し、首に巻いたタオルで汗を拭っていると、背後から近づいてくる足音が聞こえて来た。
「クレアにコゼットか、おはよ――」
振り返って2人だという事を確認したリオンの言葉は、途中で途切れる。なぜなら、
「おはようっ! リオンっ」
兎が跳ねるような勢いで、コゼットがリオンの腰に抱きついてきたからだ。
昨晩は散々飲み明かした後、リオンと同じ宿の隣に部屋を取っているクレアの部屋にとりあえず泊めて貰ったらしいコゼットは、一晩離れていただけでも耐え難いようにリオンのお腹に頬ずりをした。
「リオンっ、リオンっ」
「こ、こらやめろって……今の俺、汗臭いぞ?」
「ううん? いい匂いよ? だって……好きな子の汗の匂いだもん……って、あ、ちょっと!?」
「――んもう! 朝から発情しないのっ!」
スリスリとリオンに身を寄せながら首筋に顔を寄せていたコゼットは、クレアに首根っこを掴まれて強引に引きはがされた。
「発情なんて、えっちねぇ」
「えっちなのはあなたよっ! あ、おはよう、リオン……って、ちょっと!? あなた何て格好してるの!?」
「え? いや、何て格好って言われても……」
リオンはそう言うと、自分の格好を見下ろす。
リオンが着ているのはいつもトレーニング時に着ている薄手の上下で、袖も裾も体が縮んだことによりサイズが合わなくなっていたので共に捲り上げてある。
「どうかしたか?」
そんな首を傾げるリオンから、クレアは見るもの恥ずかしいと言った感じで頬を染めながら顔を逸らし、コゼットはガン見していた。
「胸元!!」
「え?」
「胸元、ちゃんと閉めなさい!」
「え? ああ……だって暑かったから」
クレアの指摘通り、運動で汗ばんだ体の熱を逃がすべくシャツの胸元を普段通り大きく開けていたリオンの胸元は、肌色がだいぶ多めになっていた。
「んもうっ……あなたはもう女の子なのよ? 無防備に肌を晒しちゃいけないわっ」
直視しないようにしながらも、姉のようにかいがいしくリオンの胸元をしめていくクレアの頬はだいぶ赤い。
「……この宿には荒くれ者の冒険者も泊っているんだし、あなたみたいなとびきり可愛い子がこんな恰好をしていたら、襲ってくれって言ってるようなものよ?」
「そうそう、男は狼だっていうもんね」
「あなたも狼でしょ? ねぇ、狼エルフさん?」
「え~? ひどいわねぇ」
狼扱いされたコゼットが、可愛らしくぷぅと頬を膨らませる。
「ひどく無いわよっ。だってあなた、昨晩散々リオンの部屋に泊まりたいって言ってたくせにっ」
「あら? 女の子同士なんだし、仲良く一緒に寝るくらいいいでしょ?」
「本来ならそうだけど……でもあなたリオンのこと好き……なんでしょ?」
「ええ、大好きよっ」
即答するコゼットに、ここまで直接的な好意を向けられた経験のほとんど無いリオンがブッと吹き出す。
「早くリオンのお嫁さんにして貰いたいって思ってるわ。今日は冒険者ギルドに行くって話だったけど、その前に教会に寄ってそのまま結婚しても――」
「こらこら、これからパーティーとして一緒にやっていくんだから、少し節度を持ちなさいよ……」
リオンに対する好意を隠そうともしないコゼットに、聖職者らしくお堅いところのあるクレアが頭を抱える。
「え~? じゃあさ、こう言うのはどう? ――私とリオン、それにクレアの3人で一緒に寝るの」
「「はぁ!?」」
「私が変なことをしないように、クレアも一緒に見張ればいいじゃない。これで解決でしょ?」
「「いやいやいや!?」」
互いに幼い時には一緒に寝たこともあるリオンとクレアが、顔を真っ赤にしながら声を合わせブンブンと手を振った。
「い、いけないわ、そんな破廉恥な……!! 結婚前にそんなこと、神がお許しにならないわっ!」
「あれぇ~? だって女の子同士なら仲良く一緒に寝るくらい別にいいんでしょ?」
「そ、それは……!」
コゼットに揚げ足を取られてクレアが言葉に詰まり、その更に赤く染まった頬に両手を当てる。
「それとも……ひょっとして破廉恥なことを考えちゃったのかな~?」
「そ、そんなわけないでしょ……!? わ、私はその……リオンのお姉ちゃんみたいなものなんだからっ……!」
「お姉ちゃんって……」
幼いころの関係性を持ち出されたリオンが、複雑な表情を浮かべながらポリポリと頬をかいた。
「そ、それはそうとリオン、女の子になった次の日からトレーニングとは流石ねっ!」
露骨に話を逸らしに来たクレアだが、リオン自身も恥ずかしかったこともあったのでその話題に乗っかることにした。
「あ、ああ……ただ、な」
「どうしたの?」
リオンは苦笑いをしながら2人の前でさっきと同じように剣を持ち上げようとして――やっぱりうまく持ち上がらなかった。
「こういうわけなんだ」
「ああ……なるほど、筋力が……」
「そういうこと。あと防具もサイズが合わなくなってて……そっちも新調しないと――」
そこまで言った時点で、リオンは2人が目を怪しく光らせていることに気が付いてハッとなったが、既に手遅れだった。
「へぇぇ……そっかそっかぁ、となると、服も買いなおさないといけないわよねっ、うんうん」
「あ、あの……」
「ふふっ、リオンっ――お姉ちゃんが可愛いの選んであげるからねっ」
「え、えええ……」
そんな喜色満面の2人を前に、リオンは天を仰いだのだった。