第5話 また歩き出す
「お嫁さん……!? お嫁さんって……!! どういうことなの!?」
「……? 言葉通りの意味よ?」
食って掛かって来たクレアを一瞥すると、コゼットは一層強くリオンの腕をぎゅっと抱きしめた。
そこには一切のためらいが無く、まさに熱愛中の恋人に対して行う仕草そのもので――それを見たクレアの眉が更に吊り上がる。
「いい? 私が呪いを見つけさえしなければリオンは男として生きていくはずだったの。……でも、私のせいで女の子として生きていくしかなくなった……ここまではいいかしら?」
「ええ……」
「その責任を取る必要のある私は、魅了でリオンに完璧に惚れてしまった――そういう訳だから、嫁になるのよ」
「いやいやいや!? 何が『そういう訳だから』なの!?」
にっこりとほほ笑むコゼットに、クレアがツッコむ。
「責任を取って嫁になるだなんて、そんな……!」
「だってリオンの人生を狂わせた私は、私の人生を捧げて償うべきでしょ? だから、結婚。どこかおかしいかしら?」
「で、でもでも、女同士なのに……」
「あら? 愛に性別は関係ないでしょ?」
「な……!?」
言い合う2人の剣幕に、リオンは口を挟む余地が無くただ二人のやりとりを見ているしかない。
「百合スキルなんてものが普通に有るんだもの、世間では女の子同士の恋愛も今時当たり前って聞いたわよ? そうでしょ?」
「それは……そう、だけど……」
その言葉通り、近頃では女の子同士での結婚――百合結婚はさほど珍しいものでもなくなっていた。
危険な冒険を共にすることで愛が育まれる冒険者達の間でも当然よくあることで、重婚も可能なことから百合パーティーのメンバー全員がリーダーの嫁、というパターンもある。いわゆる百合ハーレムパーティーと言うやつである。
惜しむらくは百合結婚では子供が出来ないことだが、それさえ入手が極めて困難ながらもS級魔道具である『百合の宝珠』さえあれば解決する問題だった。
「――でも良かったわ、魅了された相手がこんなに可愛い子で。はっきり言って魅了無しでも私の好みだもの」
「な、なななななな……」
「里から下りてきてすぐに結婚相手が見つかるとは流石に想像してなかったけど――リオン、幸せな家庭を作りましょうね? 私、赤ちゃん欲しいから、頑張って『百合の宝珠』を見つけましょうねっ」
「な!?」
いきなりとんでもないお願いをされ、リオンが目を見開いた。まさかこの年で子供をねだられるとは思ってもみなかったのだろう。しかも、初対面の女性から。
「あ、赤ちゃんって……なんて破廉恥な……!!」
聖職者としては実にけしからん体をしながらも、れっきとした聖職者のクレアがコゼットのぶっ飛んだ発言にぼっと頬を染めた。
「そう? これでもかなり抑えている方なのよ? だって私の二重の魔法障壁をぶち抜いてなおこの魅了の威力なんだし……私じゃなければ今すぐにでもリオンを部屋に誘っていると思うわよ?」
「部屋に……!?」
そのコゼットの言葉に、まだ初心なクレアの頬が、一層赤く染まる。
「それくらいこの子の『百合の女王』は恐ろしいスキルなのよ。これで強化された百合魅了はありとあらゆる女の子を一瞬で骨の髄まで虜にするでしょうね。今は私の150年以上分の魔力による封印で、だいぶ劣化させたから他の子に対してはそこまででは無いけど……」
「でも」とそこでコゼットは言葉を区切った。
「その劣化前の魅了をもろに食らった今の私はもう、この子から離れるなんて考えられなくなっているの。私――この子になら何をされても構わないわ」
「何をされてもって……!!」
「もう私は、リオンのものなの。ほら、これが証よ」
コゼットが指さしたのは自分の首に巻かれた首輪だ。
「これ、もう何をやっても外れないわ。だって魅了の魔力が具現化されたものだもの。まぁ、ちょっとアレな言い方だけど……いわゆる私は、愛の奴隷……みたいなものかしらね」
照れくさそうに、でも愛おしそうにコゼットは首輪を指で撫でる。
「――まぁそういう訳だからリオン? 私、あなたよりだいぶ年上だけど……末永く大切にしてね?」
「え? あ? えええええ……!?」
「大丈夫よ、魅了から始まる愛があってもいいじゃない」
幸せそうにリオンの肩にコトンと頭を乗せたコゼットに、これまでそんな経験がさっぱりなリオンは口をパクパクとさせた。
リオンの顔自体はもちろん美形も美形なのだが、そのどうみても女の子寄りな美形と鍛え上げられた体のアンバランスさから……残念ながらモテなかったのだ。
少なくともリオン自身は全くモテてないと思っている。
「それに私、自分で言うのもなんだけど魔術師としての素質はかなりのものよ? だから、一緒にいっぱい冒険もしましょうね?」
「あ、そ、そうか……俺、スキルを手に入れたから……」
今までリオンがスキルを覚えられない『冒険者不適合』だったのは、呪いによって男になった状態では本来覚えるはずの百合スキルを覚えられなかったのが原因である。よって、それが解消された今――
「冒険者を……続けられる……!?」
リオンの声は震えていた。一度は絶たれたはずの夢に向かって、また歩き出すことが出来る。そのことでリオンの胸はいっぱいだった。
「ええ、そうよ」
「という事は……呪いを解いてくれたコゼットのおかげってことだよな!?」
「ま、まぁ……そうなんだけど、おかげと言われると心苦しいというか……だって私のせいであなたの人生をめちゃくちゃにしちゃったわけで……」
「それなんだよな……俺、女になっちまったんだよな……」
リオンはそう言うと、自分の胸元で存在感を主張している豊かな双丘をじっと見下ろす。
「『女になった』と言うより『女に戻った』、が正しいけどね」
「ただ……それを差っ引いても……う~ん……」
うんうんと唸るリオン、そして、
「まぁ、それでもやっぱりコゼットには『ありがとう』、だな」
「えっ……」
「おかげでまだ、夢を諦めなくて済んだ……ありがとな」
「許して……くれるの?」
「許すも許さないも、このままだと冒険者を辞めて田舎に帰るしかなかったからな。それを考えたら全然おつりが来るだろ。だって俺は……絶対に冒険者になりたかったんだから」
「そう言い切れるところがリオンの凄いところよね……」
クレアが呆れたような顔をしながら2人を交互に見た。
「それで? 2人でパーティーを組むの?」
「ええ、私、リオンとずっと一緒にいたいもの」
「あ、ああ。そう、なるのかな」
心から嬉しそうな顔をしながら腕に抱きついてくるコゼットに、リオンが顔を赤らめる。
そんないちゃついている2人を見てクレアはむっと唇を尖らせ、「だったら……」と呟きながら、自分が座っている椅子を動かしてリオンのすぐ側に来た。
そして――まるでコゼットに対抗する様に、リオンのもう片方の腕に抱きついた。
「クレア……!? な、何してるんだ!?」
クレアとは昔から姉と弟のように過ごしてきたリオンは、突然のクレアの振る舞いに戸惑っている。
「私も、パーティーに入る……!!」
「え、だってクレア、もう別のパーティーに入ってるだろ?」
「そっちは話を付けて抜けさせてもらうわ。だってその……あなた達2人だけじゃ不安だもの、だから……」
「わ、わかったから、その……胸、胸! ……当たってるんだけど……!!」
「お、女同士なんだもん! これくらい別にいいでしょっ!」
「そう言う問題か!?」
クレアは恥ずかしさからか顔を赤くしながらも、リオンの腕を離そうとはしない。
「あらあらまぁまぁ」
そんなクレアとリオンの様子を見て、コゼットはニコニコとほほ笑んでいるのだった。