第4話 百合魅了
「百合の……女王……?」
羊皮紙に浮かび上がった文字を、リオンは食い入るように見つめながら呟いた
「百合の女王なんてスキル、聞いたことないけど……『百合』って付いてるってことは……いわゆる『百合スキル』ってこと、よね……?」
「な……!? んなわけないだろ!? 俺は男だぞ!? だって――」
声が震えているクレアを、リオンは全力で否定した。なぜなら百合スキルというものは、
「――百合スキルは、女性しか取得できないんだぞ!?」
スキルの中には、『特定条件スキル』に分類されるものがあり、それらは文字通り特定の条件を満たさないと発動しない代わりに、効果が強いスキルになっている。
その特定条件スキルの1つが、百合スキルだ。
百合スキルの発動条件は単純明快で、『女性同士でないとスキルは発動しない』という条件になっている。
例えばパーティーメンバーの中でも、女性相手なら発動するが男性相手には不発となり、更にその女性同士という条件は人間のみならずモンスターの女性相手にも適応される。
そしてその発動条件から、リオンの言う通り百合スキルは絶対に女性しか取得できない。
つまり――
「男の俺が覚えられるはずないんだよ!!」
「で、でも……スキルスクロールは絶対よ? これが間違えるなんてありえないわ……」
「それは……そう、だけど……」
「それにリオン……!! ここ!! ここ!!」
羊皮紙に浮かんだ文字を見ていて、あることに気付いたクレアが慌てた様子で指さした先、そこには、
「性別………………女……おんなぁ!?」
性別欄にばっちり、『女』と表示されていた。
それはすなわち、真実しか示さないスキルスクロールがリオンを『女』と判断したという事だ。
「――おいあんた!! これはどういうことだ!? 説明してくれよ!!」
「さっき言った通りよ……あなたは、元々女の子だったの」
詰め寄るリオンに、コゼットが申し訳なさそうに答える。
「そんなの、信じられるわけが――」
「でも、事実なの……本当にごめんなさい……」
そして、再度頭を深々と下げた。
「これだけ巧妙に隠蔽されていた呪いなんだから、私さえ気づかなければあなたは多分……いや、間違いなく男として一生を送れたはず、それが……私が気付いたばっかりに……」
「ばっかりに……って、でも、戻せるんだろ!? なぁ!?」
「だから、できないのよ……」
「な……!?」
「さっき言った通り、私は呪いを解除してしまったの。だから元の呪われていた状態には戻せない……」
「そんなの、また呪いをかけなおせば……!!」
リオンはすがるようにコゼットに提案するが――それにコゼットは首を横にふって答えた。
「無理よ……女を男にする呪いなんて、人間技じゃない……多分、魔神……それもそうとう上位で名のある魔神のかけたものだと思うわ」
「魔神って……なんでそんなヤツに呪いをかけられてるんだよ俺は!?」
「あなたのスキルを無効化するためでしょうね。でも『百合の女王』程のスキルは封印するなんてまず無理……だから、性別を変えて発現しないようにした――」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
説明をするコゼットに、クレアが割り込んだ。
「それおかしくない!? だって、魔神かどうかはともかく、こんなとんでもない呪いをかけられる存在なんでしょ!? なら産まれる前のリオンに呪いをかけるなんて、わざわざそんな手の込んだことをしなくてもスキルを無効化するなら、その……」
「産まれる前に殺せばいい、って?」
「…………」
クレアは答えなかったが、その沈黙が答えだった。
「そこは私も不思議なの。その……奇妙な推論にはなるんだけど……たぶん、リオンを殺したくなかったんじゃないかしら……」
「それって……」
「凄く優しい魔神、だった……とか……どうやってかは知らないけど、リオンのお母さんのお腹にいるリオンがこんなスキルを持ってしまっていることを知ったその魔神が、どうにか殺さずにすむ方法を考えたとか……」
「そんなバカな……」
魔神は人間の敵、というわけでは無いが人とは隔絶した存在だ。それがこんな面倒で回りくどく、かつ確実と言うわけでもない手を打つなんて、クレアには信じられないらしい。
「リオンには死んでほしくない、でも百合の女王なんてスキルを持った子が産まれたら大変なことになるし、その子も平穏に暮らせるとは思えない……だから、それらを両立させるために呪いという手段を取った、それくらいしか考えつかないのよ、こんな手の込んだことをするなんて」
コゼットが自分の首に巻かれた首輪を指でいじりながら答えた。
「いや、大変なことになるって……どういうことだ?」
「それは、これを見て貰えばわかるわ」
羊皮紙に表示された『百合の女王』、の部分をコゼットが指で叩くと、続けて文字が浮かび上がった。それがそのスキルの説明文、そしてそこに書かれた内容は――
【百合の女王】
・分類:≪百合スキル・王冠≫
・効果:所有する百合スキルの効果を、限界を超えて引き上げる。常時発動。
「……なんだ、これ」
「王冠スキルって呼ばれるやつね。それこそ古文書で名前程度しか目にすることのないレベルの代物で、その系統の頂点となる唯一無二のスキルよ。効果は同系統スキルの極限強化……そしてその効果は当然、このスキルにも影響を与えるわ」
そう言いながらコゼットが指し示したもの、それが百合の女王の下に表示されていたもう1つのスキルだった。
「これって……」
【百合魅了】※封印により劣化
・分類:≪百合スキル≫
・効果:目を見た相手に好感を持たれる。
「汎用下位百合スキル、よね? ……でも、劣化……?」
クレアの言う通り、この百合魅了は百合スキルの中では一般的な物で、効果もささやかなものだ。このスキルを極めても、せいぜいちょっと女の子を落としやすくなったり、女性モンスターが攻撃をためらうようになったりする程度のものでしかない。
「ええそうね、でもそんな汎用スキルの『百合魅了』でも、『百合の女王』と合わさると――」
コゼットは苦笑いしながら、首輪を指でクイと持ち上げた。
「――こうなるのよ」
「……? 首輪……が、どうかしたのか? って言うかそんな首輪、最初からしていたか……?」
可憐な少女であるコゼットには全くもって不自然で不釣り合いな、豪奢な首輪。その首輪にはまった宝石が光を反射してキラリと光った。
「いいえ、してないわ。……これはね? あなたの百合魅了のあまりの強さにその魔力が形を成したものなの。いわゆる隷属の証ってやつね、完璧に魂まで束縛されてる……汎用下位スキルでこの威力、発現させないようにしようとして当然ね……」
「何を言って……」
リオンにはコゼットが何を言っているか理解できなかった。でもそんなのお構いなしにコゼットは話を続ける。
「咄嗟に生涯かけて魔力を溜めた魔力水晶で、これ以上無差別に魅了される子が出ないように封印して劣化させたけど……我ながらよく成功したものね、火事場の馬鹿力ってやつかしら」
未だ戸惑ったままのリオンに対して、コゼットは自嘲気味に笑い――
そっとリオンの腕に抱きついた……!
「な……!?」
「ちょ……!?」
そのあまりに唐突な振る舞いに、リオンとクレアの2人が目を見開いた。
「やっぱりだめ……ずっと対抗呪文をかけて我慢して来たけど、もう限界……っ!」
「な、何してるんだ……!?」
全く女性経験のないリオンが、幼女の外見とは言え女の子から腕に抱きつかれてドギマギとしている。
「リオン……」
「な、何だ……?」
「私……あなたのことが…………愛おしくて愛おしくて仕方ないの……! もうどうしようもないの……!!」
「はぁ!?!?!?!?」
今日初めて会った女の子からまるで予想だにしていない愛の告白をされ、リオンが大声をあげる。
「解呪の時に全開の百合魅了が直撃して……あなたの虜にされてしまったのよっ……」
「な……!?」
今度はクレアが大声を上げる。だがその声がまるで聞こえてないようにコゼットは続ける。
「私、あなたに取り返しのつかないことをしてしまったわ、だから……その償いは一生かけてさせてもらうわねっ……」
「一生って……どういう……」
その問いに答えるように、頬を染めながら潤んだ上目遣いでじっとリオンのことを見上げるコゼット、そして、
「―――――私をっ…………あなたのお嫁さんにしてっ」