第30話 戦闘
「うへ~来た来た」
ダンジョンの通路を曲がり、ゴブリンの群れが顔をのぞかせた。
「何か急に戦意を失っているのがいるけど……アレがメスなのかな?」
「そうっぽいわね、リオンを見ちゃって攻撃する気が失せたんでしょ」
「となると向かってきてるのは全部オスかな?」
「そうね、それじゃあ……!」
ゴブリンの掃討程度となると魔力を節約しながら戦うのがセオリーだが、リオンと言う魔力タンクがいる以上大砲役のコゼットとイザベラに手加減する理由は無かった。
「ファイアボールっ……!!」
「ライトニングボルトっ……!!」
呪文を詠唱し、杖から解き放たれた魔力が火球と雷となって、襲い掛かって来る一団に直撃した。
乱戦になると大魔法は使いにくくなる以上、まず火力で先制攻撃するのが魔法戦の基本だからだ。
「抜けて来たよっ!!」
「了解!!」
いまだその剣の軽さに違和感を覚えながらも、リオンが一歩前に出てゴブリンの襲撃を迎え撃つ。
粗末な作りの剣の一撃を鍛え上げた技術でいなし、リオンはすれ違いざまにゴブリンの首筋に剣を振り下ろした。
「やるぅ! さっすがリオン!!」
前衛が少ないこのパーティーで、消去法から前衛をしているテッサもゴブリンの攻撃をダガーで受けながらリオンを横目で見た。
「いや……ダメだっ」
「えっ」
「致命傷を与えられてない……! こんなに力が落ちてるのか……!!」
男だった頃だったらゴブリンの首と胴体は綺麗に離れていたはずが、ショートソードの刃は首筋に食い込む程度で止まっている。
スキルが無い以上、全力で打ち込むことを控えて技を磨いてきた弊害がここで出ていた。
「ぐあぅぅぅ……っ!!」
「ぐっ……!!」
まだ息のあるゴブリンの振るう剣を盾で受けたリオンは、その衝撃にたたらを踏んだ。
「こっちもか……! 軽すぎる!!」
これまた男だった頃には軽く弾けていた程度の攻撃でよろめいてしまった自分の体の軽さに、リオンが顔をしかめた。
「リオンっ!!」
「大丈夫だ! それならそれで……!!」
心配から思わず声を上げたクレアに、リオンは軽く手を上げて応える。
そして男の頃より遥かに軽くなった体で、ステップを踏んでゴブリンの死角に回り込むと、
「ふっ!」
斬撃でなく、刺突に切り替えてゴブリンの心臓のある急所を一突きにした。
「よしっ……!!」
刃を横にして肋骨に滑り込ませるように突き刺された刃は、一撃でゴブリンを絶命させる。
素早く引き抜き剣を振って血を飛ばすと、更に迫って来るゴブリンに体を向けた。
「プロテクションっ……!!」
「ストレングスっ……!!」
詠唱に時間のかかる補助呪文が完成し、クレアとマールの持ったワンドから放たれた光がリオンを包む。
「助かる!!」
「効果時間短いから気を付けてね!」
「わかった!」
2人から防御力と攻撃力をそれぞれ強化するための魔法を貰ったリオンは、目の前に迫った一匹を斬り伏せると、そのままテッサに襲い掛かっているゴブリンに向かい、その首に剣を叩きつけた。
魔力によって強化されている分、先ほどよりもかなり深く首筋にめり込んだ刃は、絶命こそさせないものの大量の血を吹きださせ、その隙を突いてさらにテッサが反対側の首筋をダガーで切り裂いた。
「ぐがっぅ……!!」
「テッサ、無事か!!」
「大丈夫! ありがとっ!!」
崩れ落ちるゴブリンの背後から、またゴブリンが迫って来る。そのゴブリンに立ちはだかる形で、リオンはテッサをかばうように前に出た。
「リオンっ……!」
「強化も貰ったから、大丈夫だ! いつもこうしていただろ!!」
「う、うんっ……!」
「まだ戦闘用スキルは無いけど……それでも、ゴブリン程度ならっ……!」
鍛え上げた肉体こそ失ったものの、その鍛錬の成果はリオンの中にしっかりと生きており、体をどう動かせばいいかは体に染みついていた。
剣でいなし、盾で受け、時には体術も使って次から次へと襲い来るゴブリンを、リオンは地に這わせていく。
「うわぁ……リオンって、こんな強いの……?」
「そりゃあ、リオンってば頑張ってたもの。ゴブリンくらいじゃどれだけ来ても相手にならないわ」
別パーティーに所属していたせいで、今までリオンの闘うところを見たことがなかったクレアがその戦いぶりに舌を巻き、やや自慢する様にイザベラが笑った。
近距離用の呪文である、束縛の呪文『バインド』や視界を奪う『ブラインド』を惜しげも無く使う2人の魔法使いからの援護も相まって、しばらくすると襲ってくるゴブリンはいなくなっていた。
後に残ったゴブリンは、リオンのことを遠巻きにぽ~っとした目で見ているメスゴブリンだけで、彼女達は自分の仲間達が物言わぬ躯になったと言うのにそれを気にした様子も無くリオンのことを見つめている。
「いやぁ……ちょっとしたホラーね、これ」
「そうね……恋は盲目ってやつなのかしら」
「それでリオン、どうする?」
「いや、どうするって……」
襲ってくるゴブリンなら容赦なく斬り伏せることが出来るリオンだったが、自分のことを熱いまなざしで見つめてくる者を斬れるほどリオンは鬼では無かった。
「逃がすしかないだろ……」
「でも、逃がしても他のパーティーに狩られるだけだと思うけど……」
「そうは言っても、あんな目をしてるのを斬れないって……」
「まぁ、それはそうよね……」
「でも、そういうリオンちゃんの甘いところ、私嫌いじゃありませんよ~?」
「ちょ、マール!?」
幼子をあやすようにマールに抱きしめられたリオンが目を白黒とさせる。
「怪我はありませんか? あれば私が治しますが……それともクレアさんに治してもらいたいですか?」
「な!?」
「だ、大丈夫だってば! ゴブリンくらいじゃケガもしないって……!!」
「まぁ、確かに見事なものだったもんね、リオン。こんなに強いとは思わなかったわ。流石私の嫁ね」
これまではスライムとか長尻尾ウサギ相手で、戦闘らしい戦闘がまるでなかったリオンが本格的に戦うところを見たコゼットが、満足そうにうなずいた。
「ま、まぁ、これくらいはね。スキル無しで戦うにはこれくらい修練を積んでおかないといけなかったから……」
「これからはこれにスキルが加わるんだし、ますます強くなれるわねっ」
「そうだな……」
リオンは剣に付いた血のりを拭きとって鞘に収めた後、「逃げろ」と命令されたメスゴブリンが去っていく後姿を見つめていた。
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