第3話 百合の女王
「……………………………………は?」
長い長い沈黙の後、リオンから出てきたのは至極当然な言葉だった。
だがそんな「あなた、本当は女の子だったの」なんて言われて混乱するリオンにお構いなく、コゼットは話を続けていく。
「本来女の子だったあなたが、『男の体になる呪い』を受けることで男の体になっていたのよ。でもこの呪いには首から下を作り替える効果しかないみたいだから、あなたはそんな可愛い顔のままだった……ってことね」
ウンウンと頷きながら考察をするコゼットに、他の2人はポカンとしたまま話をただ聞いている。
「――たぶん顔まで変えていたら呪いの強度が強まって隠蔽しにくくなる……と術者は考えたんでしょうね。それでその隠蔽されていた呪いを私が見つけて解呪されてしまったからこうして本来の女の子の姿に――」
「――いやいやいや、ちょっと待って!?」
その話に割り込むように、ようやく我に返ったクレアがコゼットの言葉を遮った。
「リオンは男よ!? だって私、リオンが小さい頃から一緒にいたんだもの!! それは絶対に間違いないわ!!」
同じ村でリオンの1つ年上として育ったクレアは、『リオンが元々女の子だった』説を真っ向から否定する。
「こ、子供の頃は一緒にお風呂にはいったりもしたし――間違いなくリオンは男なんだから!! だって……この目でその……か、かわいい『アレ』がついてるのをしっかり見たんだから間違いないわ!!」
「ちょ!? クレア!?」
クレアのことを『クレアお姉ちゃん』と呼んでいた頃の話を持ち出されてリオンが顔を赤くする。だが――
「その頃にはもう――と言うか恐らく生まれる前から『呪われて』いたんでしょうね」
「なっ――」
淡々と返ってくるコゼットの言葉に、クレアが絶句する。
「産まれる前から呪われていたって……!? そんな馬鹿な――」
「おそらくだけど、お母さんのお腹にいる段階で呪いを受けたのね。そしてその原因は――リオンが『生来持ったスキル』」
「スキル……?」
その単語に、リオンが反応する。何せその単語は自分が冒険者という人生の夢をまさに今日、諦めざるを得なくなった元凶だからだ。
「何を言うかと思えば――俺にスキル……? はっ」
苦々しい顔をしながら、リオンは吐き捨てるように言った。
「俺はなぁ……!! そのスキルが原因で、こうして飲んだくれてるんだよ!! それが……!!」
さらに言葉を続けようとしたリオンの前に、コゼットがカバンから取り出したあるものを広げて見せた。
「これは――」
それは、ついさっき見たものと同じもの。四隅に複雑な文様の描かれた羊皮紙。すなわち――
「『スキルスクロール』……」
「そう、これに手を当てた者の情報、スキルを可視化してくれる魔道具よ。まぁ私達魔術師には人のスキルを読み取るための魔法もあるんだけど、可視化できる分こっちの方が便利ね」
リオンにはそんなことは分かっていた。レベルが上がるたびに、食い入るようにその羊皮紙を見つめ――そのたびに絶望して来たのだから。
レベル1の時に何もスキルが表示されなかったときは、そんなものかと思った。生まれつきスキルを持っているのは稀で、ごく一握りの選ばれた者だからだ。
レベル2の時に何もスキルが表示されなかったときは、悔しく思った。才ある者ならここである程度スキルを覚えるからだ。現に隣に座っているクレアもここでプリーストとしてのスキルを手に入れた。
レベル3の時に何もスキルが表示されなかったときは――呆然となった。何せこの段階でスキルが表示されないなんて、まずあり得ないからだ。
それでもパーティーメンバーは『稀にそんなこともあるでしょう、もっとレベルを上げれば、ね?』と励まして、共にいてくれた。
しかしレベルが4、5、6と上がっても……羊皮紙はステータス以降の文字、すなわちスキルを浮かび上がらせてはくれなかった――
「もう冒険者を辞める俺がそんなもの使ったって、どうしょうもないだろ?」
「冒険者を辞める? どうして?」
まだ全く乾ききっていない、それどころか未だ血を垂れ流しているような傷口をえぐられたリオンがこぶしを握り締め、奥歯が折れ砕けそうなほどに噛みしめながら言葉を絞り出す。
「俺に……!! 俺にスキルが無いからだよ!! 『冒険者不適合』なんだよ!!」
「リオン……」
その悲痛な声に、クレアは沈んだ表情を浮かべる。そして同じくそれを聞いたコゼットは「なるほど、道理で……」と呟いた後、短く詠唱をした。
「リオンさん? 今、私はスキルを読み取る魔法を発動させたんだけど――」
「それで? それがどうしたんだよ。どうせ何も無いんだよ、分かってるんだ――」
「――私には、あなたのスキルが見えているわ、それも”2つ”よ」
「な!?」
驚愕の声を上げるリオンに構わず、コゼットはテーブルの上に羊皮紙を滑らせ、リオンの目の前に持ってきた。
「ほら、早くここに手を置いて。――そうすれば私が解呪した時になんであんなに慌てたか、わかるはずよ」
「どうせ、何も出ないぞ……」
「まぁまぁ、騙されたと思って、ね?」
「…………わかったよ。どうせ1回やるも2回やるも同じだからな……」
自分自身の才能の無さの証明でもあるこの『スキルスクロール』を苦々しく睨みつけつつ、リオンはバンと音を立てながらそれに手を当てた。
ジワリと浮き上がってくる文字はいつも通り上から、身体情報、そしてレベル、力、魔力と言ったステータス、そしていつもそこで止まっていた文字の浮かび上がりは――
「え……?」
――まだ続いていた。
それはあり得ないこと。何故ならレベルが上がることでしかスキルは獲得できず、ついさっき確認してからスライムの一匹さえ倒していないリオンのレベルはそのまま――どころか、
「レベル……1!?」
ステータス欄をよく見てみたら、表示されているレベル情報は『1』、そして――
「スキル欄が――でも、何だ、この、スキル……こんなの見たことないぞ……」
いつも空白だったはずのスキル欄、そこにはしっかりとスキル名が2つ、浮かび上がってきていた。
そしてその1つ目が――
【百合の女王】
だった。