第29話 お胸談義
「さぁて、やりますかっ、ゴブリン退治っ」
3階から一気に広くなるダンジョンに、リオン達の姿があった。
初級ダンジョンは全5階層で、1階や2階はスライムや長尻尾ウサギなどのほぼ無害と言っていいモンスターが生息しているが、3階からそこそこ危険性のあるモンスターたちがうろつくようになる。
その中でゴブリンは比較的弱い部類の方に入るが、それでも冒険者たちの隙を突いて荷物を盗みに来たり、油断するとやられてそのまま住処に連れて行かれたりする。
この初級ダンジョンに住み着くゴブリンたちはかなり温厚な部類なので、連れて行かれても強制労働をさせられるだけで済む。
しかし中級、上級ダンジョンに住み着いている上位種や、洞窟に住む野生種に捕まると体を弄ばれたりすることになるので、一気に危険度が増すことになるので油断のならない相手だった。
「リオン、気を付けるのよ? ゴブリンにもメスはいるんだからね?」
「何に気を付けるんだ、何に……」
「それはもう、メスゴブリンがリオンに惚れちゃったら、住処に招かれて『お嫁さんになってください』、なんてことにもなりかねないもの」
「イヤすぎる……」
自分がゴブリンの花嫁になるところを想像してしまったリオンがゲンナリとする。
あくまでも人間は“そういう対象”では無い魔法生物のスライムや長尻尾ウサギは好意を示すだけだったが、“そういう対象”であるモンスターにとってはある意味百合魅了はマイナスにも働いてしまうこともある。
「ゴブリンっていっぱいいるから、リオンちゃんみんなの花嫁になっちゃいますねぇ~」
「夜が大変そう……」
「いやぁ、今のままいってもリオンの夜は大変だろうなって思うんだけどね」
コゼットがぐるりとパーティーを見回したが、リオンだけはその意図に気付かずに不思議そうな顔をしていた。
テッサとクレアは複雑そうな顔をしていたが、それはどちらかと言うとリオンのお嫁さんになって自分だけ愛して欲しいと思っているのがその2人で、コゼット、イザベラ、マール、更にはギルド受付嬢のロザリーは百合ハーレム容認派だからだ。
特にマールは全員をリオンの嫁にしようと、こそこそと裏で動いていたりする。その理由は、特に自分の親友はこのままほっておくと、1人だけ行き遅れてしまう可能性が高いと感じていることにある。
「――そう言えばさ、ボクの百合魅了って女の子にしか効かないんだよな?」
「それはそうでしょ、だからこその百合スキルだし」
「でも……オスモンスターの中には人間の女の子が好きだって種族もいるよな?」
「それこそまさにゴブリンね」
ダンジョンの通路を歩きながら、リオン達は雑談を続ける。周りはシーフのテッサが自分の感覚を強化する『探知』の呪文を、リオンから魔力の供給を受けられるという事もあって贅沢に使って調べていた。
「その場合、どうなるんだ?」
「え?」
「え?」
「いや、え、って……そんなのもちろん百合魅了関係なしにリオンにも襲い掛かってくるわよ? だってリオンってばどこからどう見ても美少女だもん。オスモンスターだってメロメロよ?」
「そ、そんなことないぞ……?」
「リオン? あなたは自分の可愛さをもっと自覚するべきよ? まだ男だった時の感覚が抜けないんでしょうけど、例えば酒場でももうちょっと気を付けるべきね」
「気を付けるって、何を……?」
「やっぱり気付いてない……無防備過ぎだって言ってるのっ。知り合いの男性冒険者とかとも普通にお酒を飲んだりしてるけど……どう見てもリオン、狙われてるからね?」
「えっ」
想像だにしないことを言われて、リオンが目を点にする。
「やっぱり気付いてなかったのね? 男たち、リオンと飲んでるときにリオンの胸元とか太ももとか、チラチラ見てたのよ?」
「え、ええええ……」
「もうリオンは、完全に女の子として見られてるのよ」
「それも、とびっきり可愛い、ね」
「勘弁してくれ……」
自分がかつての男友達たちからそう言う視線を向けられていたのだと気付かされたリオンが、頭を抱えた。
元男のリオン的には、そっちは恋愛の対象外だからだ。
「でもまぁ、殿方って胸、見てきますよね~」
「そうね、視線が下に向くからバレバレなのにね」
「男だったリオンはまだその視線には鈍いみたいだけど、リオンだってつい見ちゃう気持ちはわかるでしょ?」
「そ、そんなことは……!!」
「いやいや、リオンは紳士だったからね、私、リオンから胸に視線がいってるの感じたことないもん。そういうとこも、好きっ」
テッサはそう言うと、ちゃっかりとリオンの腕に抱きついた。
「……テッサの胸って、見るほどあったっけ?」
「おん……? ケンカか? ケンカ売ってるのか? コゼットだって私と同じくらいまな板じゃん……!! 見るほど無いのはおんなじじゃん……!!」
いつのまにかからかい合えるくらい仲が良くなった2人が、「いーっ」とにらみ合った。
「まぁでも、確かに男の人ってほんと見てくるわよね……」
しょっちゅう見られている自覚のあるクレアがため息をついたが、周りは何とも言えない顔をしながら、クレアの豊か過ぎる胸元を見つめた。
特にまな板の持ち主であるコゼットとテッサは恨めしそうな眼をしている。
「いやぁ……クレアの場合は仕方ないんじゃない……?」
「そうね……こんなハレンチな体をした子が神官服を着ているなんて、ある意味暴力ですらあるわよね」
「ここまで来ると見ないほうが失礼な気さえしてきますね~」
「そうそう、私でも見ちゃうもの」
「えええ……!? そ、そんなことないわよね、リオン!?」
話を振られたリオンが、ふっと目を逸らす。
「いやいや、元男のリオンにそれを聞くのは酷ってものでしょ~」
「悪い女ですね~」
「え、えええっ……も、もしかしてリオンも、私のお胸、興味あるの……?」
「答えさせないでくれ……!!」
「リオン、それって答えてるようなものよ?」
「まぁでも、男なら見ちゃうでしょ」
「女だって見ちゃうよ。私もそうだけど、女の子が好きな女の子ならたまらないでしょ」
「まぁ確かに、女から見ても魅力的ですよね~」
女の子同士で恋をするのが当たり前な神官であるマールが、リオンの次に恋人にしたいと思っているのがクレアであることにイザベラだけは気付いていたが、鈍いクレアは全く気が付かなかった。
「で、でもでも、リオンは別に私のお胸に視線向けてなかったわよ!?」
「それは、ほら、自制していたんでしょ、ねえリオン?」
「ノーコメントで……」
完全に旗色が悪いリオンはぐっと口をつぐんだ。
リオンだって健全な男の子だったのだから、そう言う事に勿論興味があるわけだが、それでも関係を壊さないためにリオンは鉄の自制心でそういったことをしないよう心掛けてきたのだ。
「り、リオンが……私を……」
好きな相手からそう見られていたと言う事実に気付いたクレアが顔を赤く染めた、ちょうどその時、
「――んっ、来たっ……前方、複数……! ゴブリンだよっ!」
探知によっていち早くゴブリンの接近に気付いたテッサが、すらりとダガーを抜いた。




