第28話 初々しい2人
「次のクエストなんだけど……ゴブリンなんてどうかしら?」
「ゴブリン……?」
リオン達がホームで朝食を取っていると、イザベラが開口一番に切り出した。
二日酔いでテーブルに突っ伏しているテッサに水の入ったグラスを渡していたリオンが、イザベラの言葉に振り向く。
「ゴブリンって……あのゴブリン?」
「そうよ」
「う~ん……」
リオンは顎に手を当てて、しばし考え込んだ。
リーダーに指名されたものの、リーダーとしていまだ経験の浅いリオンは主にイザベラと相談して次のクエストを決めていて、今回あがってきたのがゴブリンだった。
ゴブリンと言うのはダンジョンや、その他森の中や洞窟に住処を作る魔物で、人に害を与える厄介な存在だ。
危険度こそ少ないものの、荷物を盗んだり家畜を盗んだりとやりたい放題をするので見つけたら討伐クエストが出るのが常だった。
「どうも地下3階辺りで大量発生してるらしくて、それの討伐クエストが出ているのよね」
「大量発生ってことは、他のパーティーと共同してってこと?」
「いえ、単にパーティーごとで狩った数に応じて報酬が出るみたいよ。とは言ってもゴブリンだから大して実入りは良くないけど……でも、リオンの経験値稼ぎにはもってこいじゃない?」
「ああ、なるほど……」
魔法抵抗力の弱い下級メスモンスターに対しては無類の強さを発揮するリオンの【百合魅了】だが、モンスターもメスばかりという訳でもないし、そのメスモンスターにしたって魔法抵抗力の強い相手には魅了も効きにくい。
そんなわけで、パーティーには前衛が極端に少ないこともあってリオンにはなるべく早く戦闘用のスキルを覚えることが求められていた。
「確かに、今は何とかなってるけどそのうち戦闘スキル無しじゃきつくなるもんな……」
スキル無しで必死にもがいた日々を思い出したリオンの言葉には、実感がこもっていた。
「大丈夫よ、今のリオンはスキルを覚えられるんだもの」
「そう、だな……」
「まぁ、望み通りのスキルを覚えられるかは神のみぞ知るんだけどね」
朝から軽いワインを美味しそうに喉に流し込みつつ、コゼットは二日酔いのテッサの頭をいじっている。
「そうなんだよなぁ……また魅了とかそっち系だったらどうしよう……」
「ありえるわよ? 交渉系スキルとかもあるし、むしろそっちの方が覚える確率高いんじゃない? だって女の子に言う事を聞いてもらいやすくなる【百合交渉】なんて汎用スキルも汎用スキルだし」
「うへぇ……」
「イヤそうな顔しないのっ、まだまだ男の子気分が抜けて無いのねぇ。交渉系スキルはホント便利なのよ? ……まぁもっとも、それ無しでもリオンから頼まれたらイヤって言う女の子もそうはいないでしょうけど……」
イザベラが何かを想像してしまったのか、ポッと頬を赤らめる。
「あ~、ですよね~。私だってリオンさんから頼まれたら、何でも聞いてあげたくなっちゃいますもん。ねぇクレアさん?」
「え? あ、いや、私はほら、お姉ちゃんだから……お姉ちゃんは妹の言う事は聞いてあげるものだし……」
「だ、そうですっ。リオンちゃん、クレアさんも何でも聞いてくれるそうですよ~」
「ふぇ!?」
「な、何でもなんて言ってないわよ!?」
「――まぁまぁ、あまり素直になれないと、イザベラみたいに悶々とすることになっちゃいますよ?」
「……!?」
リオンに聞こえないようにマールから耳打ちされたクレアが、こっそりとイザベラの方を向く。
イザベラがリオンに惚れているのはクレアから見ても丸わかりで、リオンの鈍さにクレアも呆れていたが、そのクレアも前のパーティーメンバーからの好意に全く気付いていないニブチンなので、ある意味似た者同士だった。
「イザベラったらずっとリオンのこと好きだったのに、言い出せなくて。それでついにはリオンのことを想ってパーティーから追い出すまでしちゃいましたからね~。いやいや、我が友ながら愛が重いです」
「そ、そうね……」
視線に気付いたイザベラが振り向いたが、そのイザベラに2人は同情的な眼差しを向けた。そのイザベラ自身は頭に「???」が浮いたようなって顔をする。
「という訳で……ほらリオン、クレアさんにお願いしてみたら? 何でも聞いてくれるってよ?」
「え、いや、そう言われても……」
「そ、そうよ、そんなこと言われても、リオンだって困っちゃうわ……」
「まぁまぁ、――ほら、少しはクレアも積極的にならないと。イザベラみたいになりたいの?」
「そ、それは……ちょっと、アレ、かも」
「でしょ?」
再び耳打ちされたクレアが、覚悟を決めたようにぐっと握りこぶしを握る。
「じゃあリオンちゃん? まずはクレアお姉ちゃんに『あーん』でも頼んでみたら?」
「あ、『あーん』!?」
「い、いきなりそれはちょっと……!!」
「イザベラみたいに――」
「わかったわ、リオン……ほら、あ、『あーん』っ……」
「クレア!?」
顔を真っ赤にしながら、プルプル震える手で握ったスプーンでスープをすくって目の前に差し出してきたクレアに、リオンも同じく顔を赤らめる。
「な、何してるんだ……!?」
「何って……『あーん』よっ。ほ、ほら、昔はしてあげていたじゃない」
「そ、そんな昔のこと……!!」
「ほら、リオン……」
「え、えええ……?」
気が付けば周りから視線を一身に集めていることに気付いたリオンが戸惑う。
助け舟を求めようにも、周りから返って来たのは、
「リオン? 女の子に恥かかせちゃダメよ?」
「そうよっ、ほらリオン、お口を開けて?」
「リオン……次は……私も……する……」
「テッサは水飲んで寝てましょうね~」
といったものだった。
「あ、ほ、ほら、それよりゴブリンの話をしないと……」
「リ~オ~ン~?」
「はいっ」
往生際悪くあがいたリオンだったが、イザベラからすごまれて観念したリオンが大人しく口を開ける。
「あ、あーんっ……」
「はい、リオンっ……」
開いたリオンの口に、クレアの震える手でスプーンがゆっくりと差し込まれる。
「……ど、どうかしら?」
「お、美味しいよ、クレア」
ぎこちなくやりとりをする2人の顔は、揃って真っ赤だった。
「んふふ~どうでした~? クレアさん」
「何て言うか……こう……幸せねっ……昔を思い出したわ」
「それはそれは、何よりですねっ、うんうん」
「私……も……する……」
「は~い、二日酔いは部屋で寝てましょうね~」
初々しい2人とは対照的に、グールのような顔色をしたテッサはマールに担がれて寝室へと連れて行かれたのだった。




