第24話 クレアさんっ!
「いやぁ、いつ来ても綺麗ね、ここ……って、あれ? 誰かいる?」
迷宮の百合が群生している庭園は、危険なモンスターが歩き回るダンジョン内においてある種の休憩所のようなものになっている。
中央に設置された魔道具のおかげでモンスターは寄ってこないし、綺麗な水も湧き出していて、自生している植物は食用にもなることもあってダンジョンを進む冒険者たちはここで一息入れていくのが定番になっていた。
「休憩している他の冒険者かしら。私達はここが目的地だし、邪魔しないようにしましょ」
「ああ、じゃあボク達も一息ついたら『迷宮の百合』を集めようか」
リオンが休憩するために持っていた敷物を広げようとすると、リオン達に気が付いたのか先にいた冒険者達がこちらを振り向いた。
害意が無いことを示すため、リオンが軽く手を振って見せるとあちらも笑いながら手を振ったが――そのうちの1人が驚いたような顔になってリオン達の方に近づいてきた。
「え、どうしたんだろ……」
「さぁ……知り合いでもいるのかしら?」
「あ、シャロン」
「クレアの知り合い?」
「ええ、おーい」
手を振るクレアを見て、鎧に身を包んだ女騎士といった感じの女性が金色の髪をなびかせこちらに小走りで駆け寄ってきた。
「クレア……!!」
「シャロンもダンジョンに潜ってたんだ。あ、紹介するわね? シャロンよ、私がつい先日までいたパーティーのリーダーで――」
「ちょっとお待ちなさいな!! 私はまだ納得してないのよ!?」
紹介しようとするクレアの言葉を遮り、シャロンがクレアの手を握る。
「えっ」
「私は、まだあなたが抜けるのを納得してないって言ってますの!! だって、その……」
頬を染めながらクレアの手を握るシャロンを見て、テッサとイザベラ、それにマールとコゼットが一瞬で事情を察した。
「ねぇ……これって……」
「ええ、そうでしょうね……」
「どう見てもクレアさんに惚れてますよね~」
「そしてクレアに気付いている気配は無し……と、クレア……罪な子ねぇ」
リオンやクレアに聞こえないように小声で4人が話していると、シャロンの後ろからトテトテと女の子が2人やってきた。
「クレアっ!」
「クレアさんっ!」
「あ、ウィンリィ、ノエル」
ウィンリィと呼ばれた子はウィザード、ノエルと呼ばれた子はウォーリアーと一目でわかる恰好をしてたが、服装こそ全く違うものの顔はそっくりでどう見ても双子だった。
「クレアさんっ! 戻ってきてくださいっ! 私達にはあなたが必要なんですっ!」
「そうですよ~。私、クレアさんがいないと寂しいですっ!」
「あ、いや、でもその、私、抜けるときにも言ったけどリオンのことが心配で……」
「ですから! 抜けるなんて私は納得してないって言ってますのっ!」
「あっ!? シャロン、何クレアさんの手をちゃっかり握ってるの!?」
「これは……許せませんっ!!」
腰にしがみついて、2人は女騎士をクレアから引きはがそうとする。
「な、何をしますのっ!」
「抜け駆け禁止~~」
「そうですよっ!」
「えっと……これは……いったい……」
目の前で別の争いが勃発したことに、リオンが目をパチクリとさせた。
「クレア、これはどういうことなんだ?」
「あ、リオン、これはその……」
「……リオン?」
クレアが言った「リオン」の言葉に反応して、3人が争いを止める。そしてギロリとリオンのことを睨みつけて来た。
「……あなたが、リオン、ですの?」
「あ、ああ……」
「クレアさんが弟のように思っている、って言う?」
「いや、弟っていうのは反論したいけど……」
「でも、弟と言うよりはどう見ても女の子……妹の間違いでは?」
3人から代わる代わる声をかけられ、リオンはそのただならぬ雰囲気に後ずさりする。
「あ、あの……」
「この――」
そんな後ずさりしたリオンと距離を詰めるように、3人はリオンを取り囲んだ。
「――ど、泥棒猫っ!!」
「えええええ!?」
「こんな可愛い容姿で、私のクレアさんをたぶらかすなんて……!!」
「い、いや、あの……」
「今、私のって言った……? まぁそれはともかく……! クレアさんが弟……いや、妹みたいに思うってのも無理はないくらい可愛いですけど……!! で、でもそれとこれとは……!」
「え、あの……えっと……」
リオンを囲んでいる女の子達の頬は、徐々に赤くなっていく。
「た、確かに、凄く愛らしいですわ……思わず抱っこしたくなっちゃうくらい……」
「これは……クレアさんがクラッと来ちゃうのも無理もない、かも……」
「そ、そうね……こんなに可愛いんじゃね……」
「く、クレア……!?」
明らかに様子が変な3人を見て、リオンがクレアに助けを求めると、クレアが「あっ……!?」と慌てた様子でリオンの前に割り込んだ。
「み、みんな! リオンのこと見ちゃダメ!!」
「何でですの? こんなに可愛いのに……」
「だからなのっ!! この子、強力な百合魅了持ちなの!! みんな虜にされちゃうわよ!?」
「なっ!?」
その言葉で我に返ったように、もう今にも抱きつきそうな距離にいた3人がリオンからバッと離れる。
「――まぁ、初対面の子を虜にするような力はもう無いはずだけどね」
「そうは言いますけど……かなり効いてるみたいですけど?」
後ろで控えていたコゼットに、マールが尋ねる。
「それはまぁ、もともと女の子が好きな子に対しては、通常より遥かによく効くでしょうね」
「ああ~、なるほど……」
「3人ともどう見ても百合っぽいし、ああなるのも無理ないかな~って」
そんなふうに言われたシャロン達は、顔を赤くしながらなるべくリオンを見ないように顔を逸らすが、それでもリオンをもっと見ていたいという誘惑に心を揺さぶられてしまっている。
「くっ……可愛い顔して、魅了とは卑怯ですわっ……」
「で、でもでも、百合魅了なんて汎用下位スキルですよ……? こんなに強い効果なんて……」
「そうですっ……極めてもせいぜいちょっと好感を持つ程度のはずじゃ……それなのに、こんなに胸が高鳴るなんて……ありえないですっ……」
「いや、この子のは特別だから……」
「つ、つまり……クレアもこの子に魅了されて、虜にされちゃったんですの……!?」
「えっ」
「そうですのねっ!? だから、急に私達のパーティーから抜けるなんて……!!」
「い、いや、違うのよ、私はただ、その――」
「虜ってことは……!! つ、つまりクレアさんはもう……!」
「この子のものになっちゃったってこと……!? そんなのっ……!!」
「へっ!?」
リオンのものになった、なんて言われて思わずハレンチな想像してしまったクレアの顔が真っ赤に染まる。
「そんなっ……!! そんなの許せませんわっ!! だ、だってクレアはっ……」
「いや、みんな、落ち着いて!? 私は別に――」
「ああっ――そんな、クレアさんっ……!!」
「クレアさんっ……!!」
それからその場が落ち着くのに、しばらくかかったのだった。




