第22話 魔力貯蔵庫
予想外にクエストが早く片付いたリオン達は、酒場で遅めの昼食を取っていた。
テーブルにはパンとベーコン、そしてサラダとシチューが並び、空腹のお腹にはたまらない香りを立てている。
「へぇ~リオン、レベル上がって新しいスキル覚えたんだ?」
テッサが焼き立てのパンをちぎって口に放り込みながら、軽めのワインが入ったグラスを傾けた。
「ああ、さっきロザリーがスキルスクロールを出してくれてな」
「へぇ、どれどれ……?」
コゼットが杖を手に取って、対象のスキルを読み取るための短い詠唱を行い、リオンを指さした。
「……あ、ホントだ。増えてる」
「何々? どんなスキル?」
「えっと……【百合魔力譲渡】……ね」
「それってどんなスキルでしたっけ?」
「確か……【魔力譲渡】って汎用スキルがあったはずだから、それの百合スキル版じゃないかしら」
「【魔力譲渡】って、確かアレでしょ? 魔力を相手に渡すことが出来るってやつ」
「ええ、そうね」
コゼットは軽く指を振って、スキル読み取りの魔法を終わらせた。
「また百合スキルって……ボクは百合スキルしか覚えられないのか……?」
「そりゃあ【百合の女王】なんて百合スキルの頂点とも言えるスキルをレベル1から覚えているんだから、そう言う運命なんでしょ」
「むぅぅ……で? 魔力を渡すって、どういうことなんだ?」
「言葉通りよ。魔力を消耗した相手に接触することで、自身の魔力を分け与えることが出来るの」
「……それだけ?」
「ええ」
スキルの効果を聞いたリオンが、がっくりと肩を落とした。
「なぁんだぁ……随分しょうもないスキルだなぁ……」
「そんなことないわよ? 確かに【魔力譲渡】は魔力を分け与えるだけで、しかもその変換効率も凄く悪いわ。そうね……渡す側が10の魔力を使っても、渡せるのは1くらいに目減りしちゃうくらい」
「ダメじゃん……」
「だからそんなことないってば。その僅かで生死を分けることだってあるのよ? 普段魔力をあまり使わなくて余ってる職種の場合、パーティーにおける最後の予備魔力として活用できるんだから。それに――」
イザベラは優しい口調で、リオンの肩にそっと手を置いた。
「私は、こうしてリオンがスキルを覚えてくれて、一緒に冒険を続けられることが何よりうれしいんだから」
「イザベラ……」
「それにほら、百合スキルは女の子同士でしかスキルが発動しない、って制限が付いてるからかなり変換効率もマシになってるんじゃない? でしょ? コゼット」
「そうね。制限付きスキルはその分強力になってるから……と言うか、試してみましょうよ」
コゼットはそう言い終わるや否や、ちゃっかりとリオンと手を合わせて自分の指をリオンの指に絡めていた。
「あ、ずるいっ! コゼット、抜け駆けっ」
「だって、あなたは全然魔力消耗してないでしょ? 私はそこそこ使ったもの」
「うっ……そ、それはそうだけどさぁ……」
シーフのテッサにも使える魔法はあるにはあるが、それらは罠探知や宝箱の中身を調べたりするコモンスペルであり、魔力消費はかなり少なくそもそも今日の冒険では全く使用していなかった。
もっとも、シーフである彼女の魔力貯蔵量はかなり少ないので、2~3回使用したら魔力が空になってしまうのだが。
「今日は宝箱が出なかったもんなぁ……見つけてたら使ってたのにぃ……浅い階だから罠も全然無いし……」
地団太を踏むテッサを横目に、コゼットはリオンに微笑みを向けた。
「ホントはキスで貰いたいんだけどね~」
「な!?」
「だって、接触具合が多いほど渡す速度と効率が上がるんだもの」
コゼットが言う通り、こうした譲渡系スキルはその接触具合によってその効率が変わる。一般的なのは握手だが、それにしてもコゼットが今やっているように指を絡めるだけで効率はだいぶ上がる。
更に抱き着いたり、抱きつくにしても服越しでなく肌と肌を合わせたりするとその効果は高まり、キスの場合は最高レベルにまではね上がる。とは言ってもそれでもせいぜい10:1が8:1になる程度ではあるが。
「百合限定なら、多分5:1くらいまで上がるはず。渡す側が5消費して、1渡せるって感じね。でも、リオンには【百合の女王】があるから……」
「これも、強化されるはず、と?」
「ええ、じゃあリオン……私の名前を呼んで、『譲渡する』って宣言して? それが発動の条件になっているから」
「わかった……じゃあ――」
リオンはコゼットと指を絡めた状態の手に、ぎゅっと力を込めた。
「――『コゼットに、魔力を譲渡する』、これでいいか――」
「……!?」
リオンが宣言した途端手を繋いだ2人が淡い光に包まれ、コゼットが目を丸くした。
「な……これって……凄いわ……」
「どうした?」
「リオン、あなた、気分が悪かったりする?」
「いや? 全然?」
リオンの体には何の変調も無く、平常そのものだった。
「どうしたの? コゼット」
「私はスキルスクロールを見たから、リオンの魔力貯蔵量は知っているわ。それは可もなく不可も無くって程度の量よ。そしてスキルには安全弁があるから、魔力の失いすぎで昏倒したりしないようにできている、それなのに……」
コゼットは驚いた顔のまま、リオンからそっと手を離すとその手を握ったり開いたりした。
するとその手からはホワリと魔力の奔流が溢れて光となる。
「私の魔力、満タンになってる……しかもリオンはピンピンしてる……これってつまり」
「変換効率が、凄く良くなってるってこと?」
「ええ、それも多分信じられないレベルでね。恐らく……渡す過程で減るどころか増えてるまであるわ」
「そんなことある……?」
スキルの原則から外れるほどの事態に、イザベラも信じられないと言った顔をする。
「り、リオン、私も……その、いいかしら? 私も少し減ってるんだけど」
「ああ、じゃあイザベラ、手を」
「え、ええ」
恥じらいながら顔を逸らし、そっと差し出されたイザベラの手をリオンは無遠慮にぎゅっと握り、イザベラの体がピクンと跳ねた。
「えっと……『イザベラに、魔力を譲渡する』――」
「…………こ、これは」
コゼットの時と同様に光に包まれたイザベラの体にも、魔力が満ちていた。それなのにリオンはやっぱり何ともない顔をしている。
「凄い……わ……」
「2人に渡してもこれって……やっぱり魔力、渡すときに増えてるでしょ……【百合の女王】、やっぱりイカれてるわね」
コゼットが呆れたような顔をして呟く。
「つまり、どういうこと?」
「それはね、クレア。リオンがいる限り、私達のパーティーは魔力残量の心配が大幅に減るって事よ」
「えっと……それって……」
「ええ、そうね、さしずめリオンは……私達の魔力貯蔵庫、とでも言えるかしら」
「えっ」
魔力貯蔵庫と言う言葉にリオンが何とも言えない顔になった。
そんなリオンを、パーティーメンバーの女の子達が取り囲む。
「ふふっ、そういう訳だからリオンっ。これからはいっぱいいっぱいくっつかせてね? だって私、ウィザードだから魔力消費がきつくて~」
「そ、そうね、ウィザードは魔力消費がきついから、うん、仕方ないわよねっ」
「じゃあ、私もこれからは遠慮なく罠探知するね! それで、リオン……私とも……」
「私達もいっぱい奇跡を使いましょうね? ねぇクレアさん?」
「ま、まぁその……その方がパーティーも安全だものね、うん」
「え、ええええ……?」




