第20話 尻尾集め
レベルが1に戻ってしまって上のランクの依頼が受けられなくなってしまったリオンに付き添って、Fランク依頼である『長尻尾ウサギの尻尾集め』を達成するためリオン達は初級ダンジョンの中にいた。
長尻尾ウサギは、その名の通り長くてふわふわの尻尾を持った可愛らしいウサギで、その尻尾は根元から簡単に取れてまた生えてくると言う性質がある。
尻尾は毛皮製品として重宝されるので需要は多く、スライム狩りと並んで初心者冒険者たちのいい小遣い稼ぎになっていた。
しかし尻尾を掴みさえすればそれを切り離して逃げる性質を持っているが、臆病な性格で冒険者たちを見ると真っ先に逃げていくので、危険こそ無いが数を集めるのはなかなか面倒くさかった。のだが、
「いやぁ……これは凄いですね~」
「ホントにね……前やったときはえらい苦労したのに」
「これがリオンのスキル……」
リオンの百合魅了をモンスターに対して使ったところをまだ見たことがなかった3人は、目の前のあり得ない光景にただ茫然としていた。
リオン達一行に遭遇した長尻尾ウサギたちの群れは、その“半分ほど”がこれまで通り一目散に逃げだした。しかし、残った半分はふらふらとリオン達……いや、リオンの目の前にやって来ると、コテンとその場に仰向けになったのだ。
そういう訳で、床には多数の長尻尾ウサギが仲良くお腹を見せて並んでいる、という訳である。
「ふっふーん、私の嫁は凄いでしょっ」
その無い胸をぎゅっと押し付けながら、コゼットがリオンの腕に抱きつく。
「凄いわね、嫁って点についてはそろそろ反論するけど」
「なんでよっ」
「だって、まだ2人は付き合ってすらないんでしょ?」
「そ、それはまぁ……そうだけどっ」
「だったら、彼女でさえないのに嫁って宣言するのはおかしくないかしら?」
「む、むむむ……」
イザベラに言いくるめられたコゼットが口をへの字に曲げた。
「そうですともっ、リオンちゃんの妻はこの私なんですからっ」
「あなたも付き合ってないでしょうが」
「じゃあ内縁の妻ってやつですね」
「それ使い方間違ってるわよ」
「ああもうっ」と呟きながら、イザベラが額に指を当てた。
「それで? ここに寝っ転がってるのがメスで、逃げていったのがオスってことになるのかしら?」
「どうもそうっぽいわね、リオンに尻尾をプレゼントしてくれるつもりなのかしら……可愛いわねっ」
ただでさえ愛くるしい見た目の長尻尾ウサギが、完全無防備にお腹を晒している姿に全員が悶える。
「この子達み~んな、リオンちゃんの可愛さにメロメロになっちゃったんですね? うんうん、気持ちはわかりますよっ」
「ぶっちゃけあなたもこのウサギたちと同じだもんね……」
「同じじゃありませんっ。私の場合はトドメを食らっただけですっ」
親愛の情が恋に変わる限界まで抑え込んでいたがゆえに、【百合魅了】の“恋をしている判定”をすり抜けてその直撃を受けたマールは、すっかりリオンに夢中になっていた。
「ね~、リオンちゃんっ」
「ちょ、ま、マールっ」
それまで慎み深かった仲間がこうも積極的になってしまったことに、リオンが抱きつかれながらうろたえる。
マールは誰が見ても間違いなく美人と言うべきレベルで、悪い気は勿論しないのだが周りの視線が痛いのである。
「そ、それよりほら、せっかくウサギたちがこうして大人しくしてくれてるんだから、な?」
「そうね、ちょっと申し訳ないけど尻尾を頂戴しましょうか」
「いや~楽でいいねぇ~」
尻尾に手をかけてもウサギたちは全く気にした素振りも無く、むしろリオンが尻尾を掴んだ時は嬉しそうに床を手でパンパンと叩く始末だった。
「スライムの時は大変だったけどね。スライムが我先にリオンにまとわりついてきたんだから」
「思い出させるなよ……」
その時のことを思い出して、リオンは「うえっ」と声をもらしたが、男だった時にはプルプルしていて可愛いとさえ思っていたスライムに、女性となったからなのか今では嫌悪感を覚えている自分に今更ながらに驚いた。
女の子の服を溶かす以上は何もしてこないスライムだったが、裸にされるという事に羞恥心を感じてしまっていたからだ。
「え、えええ!? リオン、服溶かされちゃったの!? その時の様子を詳しく……!」
「い、いや、まとわりついてきただけで服を溶かしはしなかったんだってば。悪意が全く無かったみたいだし」
「なぁんだぁ」
それを聞いたマールとテッサは思いっきり残念そうな顔をしていたが、その陰でイザベラもひっそりと残念そうな顔をしていた事にクレアだけが気付いていた。
「女性冒険者は、誰しも1回はスライムの被害にあうと言うもんね……」
そう言うクレア自身、スライムに裸にひん剥かれてしまったことを思い出してイヤな顔をする。
その時は女の子同士でパーティーを組んでいたからよかったものの、もし男の冒険者と一緒だったらと思うと、ぞっとした。
なぜならば駆け出し冒険者たちの間で多いトラブルが、仲間の女の子がスライムによって服を溶かされ、それによってついムラっと来た男冒険者が――と言うものだからだ。
もっとも、クレアの場合はパーティーの女の子達全員がクレアに惚れていて、お互いがけん制し合っていたから無事に済んだという事は知らないほうがいい事実だったが。
「そうそう、私達も大変だったよね~リオン?」
「え!? あ、ああ、そういうことも、あったな……」
いたずらっぽい顔をしながらわき腹をつついてくるテッサに、その時のことを思い出してしまったリオンの方が顔を赤く染めた。
「そうでしたね~あの時は大変でした~」
「ちょ……思い出させないでよ、テッサ……本当に恥ずかしかったんだから……」
イザベラが少女のように頬を赤くして、ちらりとリオンの方を向いたが、そのリオンはテッサから容赦なくわき腹をつつかれている真っ最中で、イザベラは少しむっとした顔になる。
「あの時はさ~私が罠の解除に失敗して……いや、悪かったね」
「だからやめなさいってば……思い出すだけで顔から火が出そうよ」
「天井から山盛りのスライムが降ってきたんですよね~それで私達が絡まれちゃって~」
その時のスライムたちはリオンには全く興味を示さず、3人に思う存分群がって3人をあっという間に生まれたままの姿にしてしまった。
そんな姿で外に出るわけにもいかず、3人が隠れている中リオンが街まで大慌てですっ飛んでいき、3人分の着替えを取って来た――というわけである。
「でもよくよく考えてみたらさ、私達って全員リオンに裸を見られちゃったわけじゃん? そうなると、責任取ってもらうしか無いんじゃないかな?」
「そうですね~言われてみればもっともですね~」
「ま、まぁそう言う意見も無きにしもあらず……かもしれないわね」
「そういう訳だから、リオン、私も嫁に――」
「いや!! 見てない!! 見てないからな!? 断じて見てないぞ!?」
「ええ~? ほんと~?」
「誓って、見てない!! ホントだ!! 信じてくれ!!」
慌てて手を振って否定しながら後ずさるリオンの肩に、そっと手が置かれた。
「クレア……っ」
「大丈夫よ、リオン――」
「クレアならわかってくれると――」
「――その頃は男の子だもんね、ならつい見ちゃってもおかしくないわ。懺悔なら後で聞いてあげるわよ?」
「おい」
「り、リオン……私で良ければ今夜……」
「こら発情エルフ、あなたは今夜から私と同じ部屋で寝るのよ」
「えっ……いやその……あなたの気持ちは嬉しいけど、私にはリオンが……ごめんね……?」
「そのマジな反応やめて。監視よ監視。あなたがリオンのもとに夜這いしに行かないようにねっ」
「ちぇ~」
そんなこんなで仲良くダベりながら、尻尾をむしり終えたのだった。




