第19話 リオンを囲んで
「っっっつつつ……頭痛い……」
朝日がカーテンから差し込んできて、それによってテッサはベッドからよろよろと体を起こした。昨日の深酒で頭はガンガンと痛み、途中からろくに覚えていない。
ただ、昨日は人生最高の日だったという事だけは覚えていた。何故なら女の子しか愛せないと思っていたテッサが、初めて恋をした男の子が実は自分の望み通りの女の子だったのだから。
「いやぁ……私の嗅覚は間違ってなかったんだなぁ……」
自身が恋をしたのがやっぱり女の子だったと言う事実に、テッサはニヘッと笑った。
それからベッドから起き上がるため、手をベッドにつこうとして、
ふにっ
「……?」
その手が何か柔らかいものに当たった。寝ぼけた頭でその手が置かれた先を見ると、そこには、
「……り、リオン!? な、なんで!?」
――リオンが寝息を立てていた。柔らかいものの正体は、リオンのすっかり腹筋の失われたお腹だったのだ。
「え、ええ!? えええ!? ど、どういうこと!?」
昨晩の記憶が途中からほとんどないテッサは、自分の隣に愛しいリオンが寝ているという異常事態にパニックになっていた。
「昨日あれから……え、全然覚えてないけど、も、もしかしてもうリオンと一線を――」
「――越えて無いわよ」
その声と共にムクリとリオンの反対側から体を起こしたのは、朝日を浴びてキラキラと光り輝く金の髪のエルフの少女、コゼットだった。
「こ、コゼット……!? どういうこと!? え、ええええ!? さ、3人!? 最初から3人って、ちょっと上級者過ぎない!?」
「だから、越えてないって言ってるでしょ? 一線」
「え、そ、そうなの……?」
「そうよ、大変だったんだからね? 昨日」
「覚えてない……」
「そうでしょうね」
コゼットは呆れたように息を吐いた。
「昨日あなたすっごく酔ってて、それで『絶対リオンと一緒に寝るの!!』って聞かなかったから、私が監視役として一緒に寝ることにしたのよ。狼シーフからリオンの……私の嫁の貞操を守るためにねっ」
「あなたが……?」
「何よ、その目」
「だって……あなたこそリオンに襲い掛かりそうな狼エルフじゃない」
「そんなこと――」
「――ええ、そうね。だからこうして私達も一緒に寝てたのよ」
「ひゃっ!?」
ベッドの周りから聞こえた声に、テッサが悲鳴を上げた。
テッサが周りを見回すと、そこには寝袋が3つ並んでいた。つまりこの部屋にはベッドに3人と床に3人の女の子が寝ていたという訳である。
「え、えええ!? みんな、なんで!?」
「あなた”達”を見張るためよ」
クレアは“達”を強調して、寝乱れた髪を手ですいた。
酔っぱらってどうしてもリオンと寝たいと駄々をこねたテッサがリオンと一緒に寝る条件、それがこうして全員同じ部屋で寝ることだったのである。
本当はクレアも監視役という名目でリオンと寝たかったのだが、それを主張するのを恥ずかしがっているうちにその役目をコゼットにかっさらわれていた。
「そうですよっ、抜け駆けなんてズルいですっ! どうせなら私も混ぜてガフッ!」
「マールはもうちょっと欲望を抑えましょうね?」
「ちょ、チョップはやめてください~。私はただ、リオンちゃんの妻として――」
「もう一発必要かしら?」
「何でもないです」
「よろしい」
イザベラからたしなめられたマールはひゅっと首をすくめた。
そんなイザベラはさりげなく位置を移動して、リオンの寝顔を覗き込む。
「それにしても……なんて可愛い寝顔なのかしら」
「だよねっ! 可愛いよねっ! リオンが女の子になってくれて、もう私嬉しくて嬉しくて……」
「テッサ? 嬉しいのはわかるけど、あんまり言うとリオンに悪いわよ? だってリオンからしたら今までの自分を否定されてるように感じるかもしれないわ」
「うっ……そ、そうだね……気を付けるよ……」
浮かれ過ぎを反省したのかテッサがしゅんとするが、その視線はリオンにくぎ付けで片時も離れようとはしなかった。
「あなた、女同士で飲むたびに『リオンが女の子だったらなぁ~』って言ってたもんね」
「だ、だってぇ……」
「それで、最後リオンがパーティーから外れることになった時は、後をついて行こうとさえしたんですよね~」
「うっ……」
「そ、そうなの!?」
同じくリオンの後を追って田舎に帰ろうと決意したクレアが大声を上げた。
「だって……ホントに好きだったんだもん……男の子でも……こんなの初めてだったし……」
「それが、実は女の子だった、と」
「そうなんだよねっ、いやもう、人生何が起こるか分からないよ」
「ホントにね……」
クレアはリオンの髪を愛おしそうに優しく撫でた。
「でも、クレアさんも良かったですねっ。リオンさんには悪いですけどある意味この状況で一番幸運なのは私達ですし」
「どうして?」
「だって、今なら何の問題も無くリオンちゃんと結婚できるじゃありませんか」
「なっ……!?」
「神は純潔の乙女を好みますから、女神官は女の子同士で結婚するのが当たり前ですからね。これで私も堂々とリオンちゃんの妻になれます」
「い、いや、別に私はその、リオンのお姉ちゃんとして一緒にいるだけだから……」
「姉妹プレイ、という訳ですね? いいですよ、実にいい趣味で――あっ、いえ、何でもないです、イザベラ、手を下ろしてください」
流石に学習したらしいマールがバッと距離を取った。
「あら? 正妻の私をほっといて嫁談義とはね」
「ちょっと、誰が正妻なの? 誰が」
「あら? テッサには見えないのかしら? この私の首輪が」
「そ、それって……その……魅了された証、でしょ?」
「そうよ。リオンから贈られた、私がリオンに魂まで縛られた証よ」
「ぬぐっ……」
その誇らしげな顔に、テッサが羨ましそうに唇をかんで自分の首を撫でた。
「いいなぁ……私も欲しいなっ……」
「ちょ!? テッサ!?」
「だってぇ、リオンのものって感じがして羨ましいんだもんっ」
「そこは指輪とかにしておきなさいよ……」
イザベラが赤い顔をしながら、何もはまっていない自分の左手薬指を撫でる。愛の証としては、そこに指輪をはめるのが世間一般的な常識だからである。
「それはそうと……リオン、起きないわね」
「ホントに寝てるのかしら」
「んんっ……んぅっ……」
実は途中で起きていたが、話している内容的に起きるに起きられないリオンだった。




