第16話 改めてよろしくっ
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
時間をかけて落ち着かせて、どうにか平静を取り戻したマールが皆にぺこりと頭を下げた。
「まったくもう、大変だったんだからね?」
「すみません、テッサ……ですがもう、リオンさんのことが愛しくて愛しくて仕方なくて……実は今でも抱きつきたくてたまらないくらいなんですけど……」
「まぁまぁ、ちょっと抑えなさいな」
リオンの元パーティーメンバーだった3人はリオンとテーブルを挟んでソファに腰かけている。
そのリオンの隣にはコゼットが人目を気にすることなくその腕と自分の腕を組んでいて、それを反対側の隣に座っているクレアが羨ましそうに、でも恥じらいからそんな大胆なことが出来ない自分を恨めしく思いながら座っている。
「……で、確認なんだけど……リオン、あなたスキルを覚えたのよね」
「ああ、レベルも1になっちゃったけど」
イザベラはリオンの言葉を受けて、テーブルに広げてあったリオンのスキルスクロールを手に取るとそこに書かれている性別が目に入った。
「ホントに、女の子なのね……」
「いや、どっからどう見ても、もう女の子でしょ」
「一応、確認よ」
そう言いながら、イザベラはスクロールに目を通していく。
「確かにレベルが1になってるわね。それで、リオン、他に何か変わった事は無いの?」
「そうだなぁ……何と言うか、最初は違和感しかなかったんだけど、なんか今となってはこれが本来のボクなんだなって実感すると言うか……」
「ボ、ボク……!!」
「マール、落ち着いて」
「だ、だってぇ……」
リオンの『ボク』呼びに反応して勢いよくソファから立ち上がろうとしたマールを、テッサが押さえた。
「ちなみに『ボク』呼びは私の提案よ」
「グッジョブよっ! コゼットさん!」
お互いの嗜好が近いことを確認した2人はぐっと親指を立て合い、テッサとイザベラも「いいかも……」「悪くないわね」と呟く。
「オホン……! で、でも、元々は女の子だったんだし、そっちがなじむのも当然かしらね」
「そういうものなのかな……」
「そういうものよ………………それにしても」
ふぅと大きく息を吐いたイザベラが、じっとリオンのことを見つめた。
その目には、堪えきれなかったのか涙が浮かんでいる。
「……おめでとう、リオン。これであなたも冒険者を続けられるわね……」
「イザベラっ……」
つられて泣きそうになるリオンだったが、ちょっと前まで男だったのだから人前で泣くなんて恥ずかしいと思って、歯を食いしばりぐっと堪えた。
「リオン、ずっとずっとスキルを欲しがってたものね……それが、ようやっと叶ったのね」
「まぁ、ボクとしてはもうちょっとカッコいいスキルが良かったんだけどな」
「まだ言うの? そんなに強力なスキルを手に入れたって言うのに」
照れくさそうにほほをかくリオンに、コゼットがツッコミを入れた。
「そうは言うけどなぁ……」
「【百合の女王】なんて強力なスキルを持ってる子、歴史上でもほとんどいないはずよ? それこそ古文書で名前だけ確認できるくらいなんだから」
「まぁまぁ、リオンも男の子だもん……じゃなくて、だったんだもんね。そういうのに憧れるのは無理も無いわ」
イザベラはクスリとした後ティーカップを置くと――今度は打って変わって寂しそうに笑った。
「リオン……これからも頑張ってね、応援してるわ――」
「ちょ、ちょっと待ってよイザベラ!?」
イザベラの言葉に、テッサが面食らったようにソファから立ち上がる。
「どうしたの?」
「いや、どうしたの? じゃないよ!! 応援してるって、それどういう意味!?」
「言葉通りの意味よ……リオンの冒険者としての活躍を祈ってるってことよ」
「それって……リオンにパーティーに戻ってもらわないってこと!?」
「そうなるわね……」
「何でそうなるのさ!! スキルが覚えられなくて危ないからリオンにはパーティーから外れてもらったんでしょ!? でもこうしてスキルも覚えられたんだし、戻ってもらえばいいじゃん!!」
激しい剣幕で主張するテッサに、イザベラとマールが表情を曇らせた。
「……あのね、テッサ。理由はどうあれ私達はリオンを追い出したのよ? それなのに昨日の今日で戻ってきてくれなんてどの口で言うのよ」
「そうですよ、テッサ……私もリオンと会えないのは辛いですけど……でも、私が通い妻になればいいんですし」
「マールは少し落ち着きましょうね?」
「はい」
「じゃ、じゃあさ……!! リオンが戻ってもいいって言うならいいんでしょ!? だって私はこれからもリオンと一緒にいた――冒険したいんだもん!!」
テッサは勢いよくテーブルを跳び越すと、そのままリオンに詰め寄った。
「リオン……!! お願い、戻って来て……!! 私達、やり直そう……!!」
「なんか復縁を迫る元カノみたいな言い方ですね」
「マール?」
「はい」
「お願い……!! リオンっ……!!」
リオンの両肩に手を置いて、涙目になりながらテッサは懇願する。
「いや……その……」
「ダメ……なの? やっぱり私達を恨んでる……?」
「いや、そんな事は無いって。テッサ達がボクのことを心配してパーティーから外したってことくらい、そう長くない付き合いでもわかるってば」
「じゃあ……!」
「ただ、その……もう、この2人とパーティーを組んでいて……」
リオンがちらと左右の女の子に目をやると、テッサがぐっと息を飲んだ。
「私はリオンから離れる気は無いわよ? だって私の全てはこの子に捧げるって決めたんだもの」
「私は……その……リオンのお姉ちゃんとして、側にいるって決めたの……だから……私もリオンと一緒にいるわ」
人前なのに恥じらうことなくリオンに抱きつくコゼットに対し、今はこれが精いっぱいとばかりにクレアはリオンの手をきゅっと握る。
「っ……!! じゃ、じゃあっ……3人とも、うちに来なよっ!!」
「えっ」
「それでいいでしょ!? ねぇイザベラ、マール?」
「それはまぁ……」
「確かに、メンバーを増やそうかと話してはいましたけど……」
「いや、でもウィザードとプリーストだぞ? 2人と役職もろ被りじゃないか?」
「えっと……コゼットさん? あなた専門は?」
話を振られたコゼットが、ふふんとその無い胸を逸らした。
「エンチャント……いわゆる付与魔術系ね、魔法の品の鑑定とか、解呪とかが専門よ。基礎も一通りできるけどね」
「私は攻撃魔法専門よ。それで、クレアさん、あなたは?」
「私は、補助系の奇跡を多く授かっています」
「マールは回復系なのよね……これなら一緒にパーティーを組むのは問題ない、か……後は……」
イザベラは顎に指を当てて、許しを請うようなまなざしでリオンを見つめた。
「リオン、あなたが私達を許してくれれば……の話ね」
「いや、許すも許さないも……」
リオンは軽く頭を振ると、ゆっくりと立ち上がってイザベラの側まで歩み寄り――すっと腰を下ろしてイザベラの手を取った。
「り、リオン……!?」
20歳を1つ2つ過ぎた頃であるイザベラが、突然リオンから手を取られてまるで少女のように頬を染めた。
「これまで、スキルを覚えないボクを辛抱強くパーティーに入れていてくれてありがとう」
「――そう」
それを、改めての別れの言葉だと思ったイザベラがすっと目を伏せた。だが、
「――これからは、ボクも皆と一緒に戦える……!!」
「それって……!」
「いいかな? コゼット、クレア」
振り返って2人に了承を求めるリオンに、2人が笑い返した。
「いいも何も、さっき言ったでしょ? 私はずっとリオンについて行くって」
「わ、私も……リオンと一緒だから」
「ありがとっ」
再度イザベラの方を向いたリオンは、現在進行形で顔を赤くしていっているイザベラを見つめる。
「イザベラ」
「は、はいっ」
「許すも許さないも無いってば。だってボクは、イザベラ達の気持ちは分かってたんだから」
「気持ちって……!!」
「――ああ、さっきも言ったけど、ボクの身を案じてくれたんだろ? だったら恨む筋合いなんて無いじゃないか」
「あ、ああ……そっちのことね」
少し残念そうな、何とも微妙な表情を浮かべたイザベラを不思議に思いつつ、リオンは皆を見回して、
「じゃあその……昨日別れたばかりだけど……改めてよろしくっ」
照れくさそうに頭をかいた。




