第15話 純潔の乙女
6/6 最後の部分を書き直しました。
「あ、マール、おかえり~」
さりげなくリオンの隣に座っていたテッサが、買い出しから帰って来たマールに声をかけるものの、そのマールはテッサの隣に座ったリオンを凝視したまま動かない。
足元には買って来た品物が散らばっているが、それを落としたことさえ気付かずにそれを拾い集めているイザベラにさえ無反応だった。
「どうしたの、マール?」
「……」
「マール?」
目の前で手をひらひらとされ、ようやく我に返ったらしいマールがイザベラに尋ねる。
「ねぇ……イザベラ……あの、テッサの隣に座っている、リオンさんにそっくりな女の子……誰……? リオンさんの親戚……?」
「あ、え~っと……聞いて驚くと思う……というか私も驚いたんだけど……」
イザベラはその柔らかそうな唇を手でもてあそびながら答えた。
「リオン……なの」
「えっ?」
「呪いで男の姿になっていたのを、それが解けて本来の女の子の姿になったって言うか……自分でも何言ってるんだろうと思うんだけど、調べて確認したわ。あの子は正真正銘リオンで、女の子よ」
「…………リオンさんが……本当は女の子……?」
それを聞いて放心したように呟いたマールは、そのままふらふらとリオンの方に歩いて行く。
「マール……?」
目の前にやって来たマールの顔は誰が見ても分かるほどに紅潮しており、そのただならない気配にリオンもたじろぐ。
そして、
「んなっ!?」
マールはそのまま、一切のためらいも無くリオンに抱きついた。
「ちょ!?」
「マール!?」
リオンの隣にいた2人も、慎み深いはずの神官がいきなり大胆すぎる行動に出たことに大声を上げた。
その2人以上に驚いたのがリオンで、それまで冒険を共にしてきた仲間からのいきなりの熱烈なハグに、目を白黒させている。
「マール!? ど、どうしたんだ!?」
「す、すみません、リオンさん……こんなはしたないこと……」
口では申し訳なさそうにいうものの、マールの腕に込められた力は一切緩むことなくリオンを抱きしめたままで、一切離れる気配が感じられなかった。
「でも、その……何と言いますか、私……」
周りの面々は突然の事態に石像の様に固まったまま動かない。
そしてマールは、後ほんのわずか顔を動かせばお互いの唇が触れ合いそうな距離で、リオンのことを潤んだ瞳で見つめている。
「……リオンさんのことが愛おしくてしょうがないんですっ……」
「はぁ!?」
「どうか……どうか、私のことをリオンさんの妻にしてくださいっ……」
「な……!? 何言ってるんだ!?」
「いきなりこんなことを言われても戸惑うでしょうけど、でも私、あなたにこの身の全てをお捧げしたいんです……」
マールはそう言うとそのまま目をつむり、ゆっくりとリオンにキスを――
「ちょぉっと待ったぁぁぁぁ……!!」
しようとして、いち早く我に返ったクレアに後頭部を掴まれた。
「何をなさるんです……!?」
「何をなさるんです? じゃないわよっ!! あなた何しようとしてるの!?」
「何って、キスですけど……?」
「はぁ!?」
「だって、私はリオンさんの妻になるともう決めたんですもの。ですから結婚前のキスくらい、神も許してくださいます!」
「いやいやいや!? ちょっと何言ってるの!?」
諦めずにキスを強行しようとするマールの後頭部を掴んで必死に止めるクレアに、それから遅れて我に返ったイザベラとテッサが加勢した。
「マール! ちょっと落ち着いて……!」
「どうしちゃったの!?」
「これは、運命なんですっ……! まさかリオンさんが女の子だったなんて……これなら、信仰を失わず愛を成就させることが出来るんですからっ」
「あっ……」
そのマールの発言に思い当たるところがあったのか、クレアが頬を染めた。
神官は、その信仰心によって神の奇跡の一部をこの世に具現化することが出来る存在である。しかしながら、その奇跡の行使のためには乙女は穢れ無き純潔であることが理想とされる。
もちろん純潔を失ったからと言って奇跡の力をすべて失うわけでは無いが大きく力は落ちるし、使う権利を失ってしまう奇跡の種類もかなりの数になる。
とは言っても神官も人間である以上、愛を求めるのは自然なこと。しかしその愛の果てにはその力の低下と信仰という、避けられない問題が横たわっている。
――ゆえにその信仰心と愛の両方を満たすため、神官は結婚相手に同性を選ぶのが当たり前になっていた。
乙女同士なら、夜を共にして愛を確かめ合っても穢れを受ける事は無い、という訳である。
事実、クレアが所属する教会組織でも女の子同士で恋人関係になるのはむしろ当然で、それどころか女の子複数で百合ハーレムを作っていたり、教会の長を中心に神官全員が百合ハーレムメンバーとなっていたりするケースさえ珍しくない程だった。
クレア自身もその容姿と性格から非常にモテるため、女の子から恋人関係になってくれるよう告白された回数は両手両足の指の数を足しても全く足りないほどだった。
しかし当の本人は神官にしては極めて珍しく男の子に恋をしていたので、その申し出はすべて丁重に断ってきていたが、それゆえに自身の恋心と信仰を両立させることの難しさから日々悩んできたわけではあったのだが……
「そ、そっか……そう、よね……リオン、女の子なんだもんね……なら、結婚も何の問題も無いんだ……」
そう呟くクレアの口元には、ハッキリと笑みが浮かんでいた。
「っと……それはそうとコゼットっ」
3人がかりで羽交い締めにしてリオンからマールを引きはがしたクレアがコゼットに尋ねる。
「ちょっと魅了、効きすぎじゃない? ここまでの強度はもうないはずでしょ?」
「そうね、何の魔法抵抗も無い町娘相手ならともかく、信仰心による魔法障壁で守られている神官をここまで魅了するなんて、今のリオンの【百合魅了】じゃ不可能なはず……」
「【百合魅了】って、リオンのスキルスクロールに表示されてたアレ?」
イザベラがちらりとテーブルの上に置いた羊皮紙に目をやった。
「それって、女の子から好感を持たれる程度のスキルでしょ?」
「ええ、本来ならね。でももう1つのスキル、【百合の女王】の力であらゆる女の子を虜にするスキルまで強化されてるのよ」
「なっ……!? そ、そんな危険なスキルに……!?」
「でも、私が封印して劣化させたから、今ではそんな力無いはずなんだけど……」
「いや、どう見ても今のマール、メロメロなんだけど……!?」
「ううん……」
マールを羽交い絞めにしながら叫ぶテッサに対し、コゼットが指をアゴに当てて唸る。
「それなんだけど……イザベラ、このマールってリオンのこと本当に好きじゃなかったの?」
「多分……いや、そうあろうとしていた……のかも……マール、真面目だし……」
「なるほど……」
それだけで全てを察したらしいコゼットが頷いた。
「えっと……ちょっと言いにくいんだけど、このスキルって……もともとその相手に恋をしている女の子には効かないのよ」
「なっ!?」
「ふぇ!?」
そのことを初めて聞かされたリオンと、自身の恋心を改めて指摘されたテッサが大声を上げ、それを自覚していたイザベラとクレアは恥じらうように髪を指でいじった。
「ただ……恐らくなんだけど、このマールはリオンへの恋心にギリギリ届かないところで踏みとどまっていたんじゃないかしら。それこそグラスにワインが溢れる寸前で注がれてるみたいにね」
「じゃあ、つまり……」
「そう、その溢れる寸前だったところに大量の魅了を注がれたことで……通常より遥かに強く魅了されてしまった、ってとこじゃないかしら……」
「まいったわね……」
それを聞いたイザベラは額に指を当てて唸り、クレアは天を仰ぎ、テッサは目をパチクリさせた。
「えっと……つまり、どういうこと?」
「つまりね」
コゼットはニッコリと笑うとテッサのことを手招きし、その耳元に口を寄せた。
「――これでこの場にいる女の子全員が、リオンのことを好きになったってことよ。要するに、み~んなライバルね」
「!?」
「リオンに選んでもらえるように、お互い頑張りましょ? まぁもっとも……」
コゼットはちらりと周りを見渡して、再びテッサに耳打ちをする。
「――百合ハーレムって言うのもアリだと思うけどねっ」




