第14話 修羅場
「まさか、こんなことになるなんて……世の中まだまだ私の知らないことでいっぱいなのね」
どうにか混乱を収めたリオン達は、そのままパーティーのホームに入って居間のソファーに座っていたが――
「いや、イザベラ……下ろして……」
リオンはイザベラの膝の上に乗っけられ、いわゆる抱っこされたような状態になっていた。
女性の中ではやや背の高い方であるイザベラと、女の子に戻ったことで平均よりやや小さい程度の身長に縮んでしまったリオンとではそこそこの体格差があり、リオンは顔を赤らめながらイザベラの腕の中にすっぽりと収まっている。
「だぁめ、まだ検査魔法が走ってる最中だから、もうちょっと待ってね、リオン」
「せ、せめてこんな格好じゃなくても……」
「だって、密着したほうが魔法の通りがいいんですもの、ほら、動かないで。いいじゃない、女同士なんだしっ」
「あぅぅ……」
リオンの顔が赤いのはただイザベラと密着しているだけでなく、その豊満な双丘がリオンの背中にぎゅうぅぅっと押し付けられており、更にはうなじに顔を押し付けられているからだった。
昨日まで男だったリオンとしては、絶世の美女からこんなことをされて平静でいられるわけも無いのである。
「んもう、検査魔法なら私もかけたのに。リオンは正真正銘の女の子よ?」
「まぁまぁ、コゼットさん――でしたっけ? 私も自分で調べたいのよ」
「まぁ、同じウィザードとして気持ちはわかるけど……」
やや不満げな顔を浮かべながら、コゼットは首輪を指でいじる。
今イザベラがリオンに密着して使用している魔法は検査のための魔法で、文字通り対象者の身体情報を魂まで含めて探ることが出来る魔法である。
「んっ……くっ……」
その魔法は全身を駆け巡る際に、少し痒い程度の刺激を対象者に与えるため――リオンの口からはそれを堪えるような声が漏れている。
そしてそれは、場に集まっている全員の視線を一身に集めることになっていた。
「こ、これは……ハレンチよっ」
「いやいや、これもれっきとした検査だから。聖職者のくせにそう思うクレアの方がハレンチなんじゃ――いたたた!? 耳! 耳は止めて!?」
「ああっ……イザベラ……いいなぁっ……」
つまり、今リオンは絶世の美女の膝に抱っこされていることに加え、その様を3人の女の子に囲まれて鑑賞されている状態なのである。
「ん~、なるほど、なるほどぉ~」
「い、イザベラ……まだ終わらないのか……?」
「いい子だから、もうちょっと我慢してね~」
幼子のように頭を撫でられ、リオンが恥ずかしさで震える。
そんな極楽のような地獄のような時間が、それからしばらくしてようやっと終わり、イザベラは名残惜しそうにリオンを解放した。
「はい、終わり……うん、完璧に、魂レベルで正真正銘女の子ね」
イザベラは検査結果が浮かび上がった羊皮紙を手に呟いた。
「だからそう言ったじゃない」
「ま、さっきも言ったけど真理の探究者であるウィザードたるもの、自分の手で確認しないとね」
「わかるわ~」
「でしょ?」
通じるものが有ったのか、2人がこぶしを合わせる。
そして検査結果と合わせて、イザベラは改めてリオンに使用した、身体情報やスキル情報を浮かび上がらせる魔道具――『スキルスクロール』をテーブルの上に広げた。
そこにも当然ながら、性別は『女』と明記されている。
「リオン……あなた、本当に女の子になっちゃったのね」
「なっちゃったと言うか、元々女、だったらしい……ボク自身、頭では理解して来たものの気持ちが追い付いていないけどな……」
まだ赤い頬を指でかきながら、また抱っこされてしまわないようにリオンは離れた位置のソファーに腰かけた。
そんなリオンを見て、その繊細なガラス細工のようにほっそりとした指をあごに当てながらイザベラが薄く微笑んだ。
「まさか女の子を男にする呪いなんてものが有るなんて……世界は広いわね」
「私も150年以上生きてきて初めて知ったわよ」
「それで? その呪いを間違えて解呪しちゃったと……そう言うわけなのね?」
「ええ……完全に私のミスよ。弁解の余地は無いと思ってるわ。そして、その結果がコレっていうわけよ」
コゼットは申し訳なさそうに言いつつも、首輪が巻かれていること自体は誇らしげな顔をしながらリオンの隣に座る。
「今の私はリオンに魂まで魅了されちゃったの。それで、そのリオンの人生を狂わせた責任も取るってことで――」
コゼットは幸せいっぱいと言った感じで、リオンの腕に抱きついた。
「――リオンのお嫁さんになることにしたのよ」
「なんでそうなるの!?」
「まだお姉ちゃんは認めてないからねっ!!」
「いや、まぁそれはあなたに責任があるのはわかるけど……」
テッサ、クレア、イザベラの3人がそれぞれ異なるリアクションを見せた。
「リオンっ!!」
「て、テッサ、どうした!?」
「あなたはどうなの!? この子を本当に嫁にするの!?」
今まで見たことも無いほど物凄い剣幕で迫るテッサに、リオンが慌てふためく。
「ま、まだわかんないって……!」
「ええ~リオン、私のこと嫁にしてくれないの?」
「そ、そうは言ってないけど、でも、まだ気持ちの整理が……!!」
「私の気持ちは決まってるわよ? 私、もう身も心もリオンの物なんだから」
「身も心も……!? リオン、まさかもう……!!」
「してない!! 何もしてないっ!! ボクは無実だ!!」
そんな積極的な2人から迫られている2人を見て、少し離れた位置でクレアとイザベラが苦笑する。
「見事に修羅場ねぇ……まったくもう、ハレンチだわっ」
「ふぅん?」
「な、なんですか?」
「そう言うあなたはどうなのかしら? あなたもリオンのこと、好きなんじゃないの?」
「ぐっ……わ、私は、その……。で、でも、あなたこそ、リオンのこと……好き、だったんですよね?」
イザベラがリオンから魅了された様子が見えないことから、クレアはそうだと確信めいたものを感じていた。
「………………否定はしないわ」
そしてそれは当たりで、沈黙の後にイザベラが髪の毛をもてあそびながら大きく1つ息を吐く。
「だからこそ、取り返しのつかないことになる前に冒険者を辞めてもらおうと思ったわけだし」
「そう、ですか」
「テッサは……あの子、女の子しか好きになれない子だったんだけど、それが初めて男の子……リオンに恋をしてしまったみたいで……本人も戸惑っていたみたいなのよね」
「は、はぁ……それは、なんともはや」
「まぁ結果的にリオンは女の子だったわけだから、テッサの嗅覚もたいしたものよね」
イザベラはそう言うと、可笑しそうにクスリと笑った。
「まぁ、マールは私達と違って、純粋にリオンの身を案じていたみたいだけど」
「あ、もう1人のメンバーですか、その方はどちらに?」
「買い出しに行ってるから、そろそろ戻ると思うけど――」
「――ただいま~」
噂をすれば何とやらで、大きな紙袋を持った神官服姿の女性が部屋に入って来た。
「あら、お客さん? じゃあ今お茶の準備を――」
そしてその言葉は、リオンと目が合ったマールが落した紙袋がドサリと床に落ちる音とともに途切れた。




