第13話 そんなに思いつめていたのね……
込み合う街の大通りを、テッサとリオン、そしてそのすぐ後ろをクレアとコゼットが歩いている。
「ねえ、どう思う?」
「う~ん……多分元からリオンのことを好きだったんじゃないかしら……」
クレアとコゼットの2人は、弾む足取りのテッサに手を引かれて歩いているリオンに聞こえないようにひそひそと話している。
「そうよねぇ……なんかこう、百合魅了で惚れさせたって感じじゃないもんね」
「多分、だけどね」
2人が話しているのは当然前を行く2人のことだ。
「それにしても、受付嬢のロザリーといい、パーティーメンバーのあの子といい……リオンったらあちこちで女の子を惚れさせていたなんて……罪な子ね」
「あなたも含めて、ね……っていたたたた!! だから耳引っ張るのやめてぇ!」
「だって、長くて引っ張りやすいんだもの」
そんな、何を言ってるかは聞こえないがじゃれ合っている2人を背後に感じながら、リオンは自分の手を引くテッサの横顔を眺めた。
するとその気配に気づいたのか、テッサがリオンの方を満面の笑顔を浮かべて振り向いた。
「どうしたの? リオン」
「あ、いや、何でもない」
「そう? ……でも本当に良かったっ! リオンがスキルを覚えられてっ」
「あ、ああ」
「これで、これからも一緒に冒険できるねっ! 私、それがすっごく嬉しいんだっ」
「いや、それなんだけど……」
「大丈夫だって。イザベラとマールなら私が説得するから!」
もう新しくパーティーを組んでしまったとは言い出しにくく、リオンは頭をかいた。
パーティーから外されたのは自分を思ってのことだというのは重々承知しているリオンだったが、だからこそスキルを覚えたからすぐに戻る、と言うのもなんともバツが悪かった。
それにクレアとコゼットはプリーストとウィザードで、元パーティーメンバーの2人とも職種がもろ被りしている。
だからその2人ごとパーティーに加入すると言うのも、どうにも現実的とは思えなかった。
「あのな、テッサ――」
「それに、こう言ってはリオンに悪いかもだけど……その……私、リオンが女の子になってくれてすっごくすっっっごく嬉しいって言うか……」
「えっ」
「り、リオン……! 実は私、ずっと前からあなたのこと――」
足を止め、リオンの両手を握り締めて真剣な目をしながら言葉を紡ぐテッサ。
だが、
「――テッサ? どうしたの? 酒場に行くんじゃなかったの?」
その言葉は、家の扉を開けて出て来たローブを着た女性によって遮られてしまった。
「い、イザベラ……今、いいとこだったのにっ……」
「え? いいとこって……あなた女の子口説いてたの? ここで?」
少女の手を取りながら真剣な顔をしているテッサを見たローブの女性が、その長く美しい黒髪を手ですきながら呆れたように言う。
「あのねぇ……そう言うのはもっと別の、ムードがあるとこでやりなさいよ……」
「だ、だって、話に夢中でもう着いていたの気付いてなかったんだもん……」
その言葉通り、リオン達が立っているのはリオンにとってもなじみ深い場所――パーティーのホームである小さな家の前だった。
「それで、誰を口説いていたの――って、り、リオン!? いや、でも、えっ?」
「あのね、イザベラ――」
「リオンによく似てるけど、でも……女の子、よね? となると……リオンの……妹さん、とか?」
「それ、もう私が言ったから」
正確には、同じように間違えたのはロザリーとテッサに続いてイザベラで3人目だった。
「――リオンよ、正真正銘のね」
「……え?」
「聞いてイザベラ! リオンって、実は女の子だったのよ!」
「…………テッサ」
その限りなく大平原に近い胸を張り、テッサはこれ以上ないほど嬉しそうにしている。
そしてそんなテッサに向けられるイザベラのまなざしは――慈愛と申し訳なさに満ちたものだった
「可哀そうに……そんなに思いつめていたのね……」
「――は?」
「リオンを外すこと、最後まで反対していたものね……それでそんなリオンによく似た子を見つけてくるなんて……」
「いや、イザベラ……? 何を言って――」
「おいで、テッサ。マールに心を静める神聖魔法をかけて貰うといいわ。それで今日はもう休みなさいな」
「いやいやいやいや!?」
優しくテッサを家の中に入れようとするイザベラに、テッサがその手を振りほどいた。
「ホントなんだってば!! ホントにこの子はリオンなの!!」
「もういいのよ。だから今日は――」
「いや、イザベラ? オレ……じゃなくて、ボクだよ、リオンだよ」
優しいイザベラらしい勘違いをしていると気付いたリオンが、一歩前に出た。
「え? あなた、何を言ってるの……? 確かにリオンに良く似てる……というよりそっくりだけど、でもあなた……どう見ても女の子でしょ?」
「いや、それはその通りなんだけど……」
今日だけでもう何度も同じ説明をしているリオンは頭をかいた。
「本当にボクはリオンなんだって! 呪いで男になっていたのが、それが解けたから女の子になった……というか戻ったんだよ!」
「そんな呪い、聞いたことも無いわ」
「いや、そりゃ信じられないよな。ボクだっていまだに信じられないし……でも、ホントなんだよ!」
「あなた……それ以上私達の大事なリオンの名前を騙るなら、ちょっとお仕置きが必要になるわよ?」
真剣な目をしながら杖を握るイザベラの姿と、”大事なリオン”と言う言葉にリオンは思わず泣きそうになる。
「イザベラ」
「まだ言うの? この――」
「これ、見てくれ」
「……これ!? リオンの……!?」
リオンが首から外して手に握らせた認識票を見たイザベラの目が見開いた。
「……でも……そんな、ウソ、ありえないわ……なにがどうなってるの……?」
「だから、そういうことなのよ」
「クレア? どうしてここに……あと、あなたは……?」
後ろに控えていたコゼットとクレアが、リオンの横に並んだ。
クレアはリオンの同郷ということで面識があったイザベラだが、首に首輪を巻いているエルフの少女とは初対面だった。
「あ、そう言えば私も気になってたのよね、あなた、誰?」
「私? 私は――」
テッサからも尋ねられたコゼットは、イタズラっぽい笑みを浮かべると――
「ふふっ」
「コゼット!?」
そのままリオンの腕に抱きついた。そして、愛おしそうに肩に頭を乗せる。
「私は、この子――リオンのお嫁さんよっ」
「……は?」
一拍置いて、テッサの顔色がみるみる変わる。
「お、お嫁さん……!?」
「そうよ」
「ど、どどどどどど、どういうことなの!? リオン!!」
「あ、いや、これはその、ちが――」
「そうよ!! まだ結婚してないでしょ!?」
「どうせそのうち結婚するんだし、いいじゃない!」
「聞いてないんだけど!? リオン!!」
「いや、皆落ち着いて――」
「なんなの!? 何がどうなってるの!?」
――それからその場の混乱が落ち着くまで、しばらくかかったのだった。




