第1話 無い
「どういうことだよっ!」
部屋の中に、少女のような高い声が響いた。部屋の中にいるのは4人、それぞれが冒険者だと一目でわかるような服装をしてソファーに座っている。
「分からなかったらもう一度言いましょうか? ……申し訳ないんだけど、あなたにはパーティーから抜けてもらいたいのよ」
その中のローブをまとった魔術師と思われる女性が諭すように、机を挟んで対面に座っている年のころ16歳ほどの少年に話しかける。
ただ、その少年の顔はどうみても少女にしか見えないほど可憐で、その高い声も相まって少年と会った人なら誰でも最初は少女だと勘違いするだろう。
それくらい、この少年の顔は可愛らしかった。
もっともその体は鍛錬によって鍛え上げられているので、首から下を見たら男であることに気付いて驚愕するのがもれなくセットで付いてくるわけなのだが。
「どうして、そんな……」
少年は歯を食いしばりながら、目の前にいる3人の女性に問いかけた。
「いやぁ~、その……私としては、このままパーティーにいてもいいんじゃないかって言ったんだけどさぁ……」
ソファーのひじ掛けに腰かけ、シーフらしく身軽そうな恰好をした少女が申し訳なさそうにポリポリと頭をかく。
「――ですが、3人で話し合ってそれは危険だと言う結論に至ったはずです。このままではリオンがいつか取り返しのつかない大ケガを負ってしまう、と。……癒せる範囲にも限度があるんですから」
「いや、まぁそうなんだけどさぁ……」
魔術師の女性の隣に座った、神官服を着ている物腰の穏やかな女性が仕方ないと言った口調で言うのに対して、シーフの少女も渋々と言った感じで同意する。
リオン、と呼ばれた少年はそれでも納得がいかない様子で、魔術師の女性に食って掛かる。
「でも、オレの剣の腕は認めてくれてるはずだろ!?」
「それは、そうね。貴方の剣の腕はなかなかのものよ」
「だったら――」
「――あなた、このまえレベル6になったのよね? じゃあ、これに手を置いてもらえる?」
魔術師の女性がテーブルの上に、四隅に複雑な文様の描かれた羊皮紙を置き――それを見たリオンの顔が、苦渋に歪む。
田舎から出てきてこのパーティーに混ぜてもらって半年、パーティーメンバーとも友好にやってこれたリオンが、抜けるように言われた理由……それが『これ』であることに本人も薄々気付いていたからだ。
「うっ……」
「ほら、早く、手を置いて頂戴?」
「わ、わかったよ……」
女性に促されて、羊皮紙の上に手を置くリオン、すると――
羊皮紙に、ジワリと文字が浮かび出した。
上から、名前、性別、身長、体重、といった身体情報、続いてレベル、力、魔力と言った数字の羅列が続き――そこで止まった。数字の後には、ただ空欄だけが羊皮紙の余白を埋めている。
「――ね?」
「くっ……」
「やっぱり――ダメか……」
「そう、ね……」
歯を食いしばるリオンに、魔術師の女性の両隣にいた2人が残念そうな表情を浮かべる。
「当然知ってるわよね? これは『スキルスクロール』……当人の情報を表示してくれる魔道具よ。表示されるのは身体情報と、ステータス、そして――『所持スキル』」
リオンは、食い入るように羊皮紙を睨みつけた。その、数字の後の何も書かれていない、空欄を。
「このステータス以降に浮かび上がるのが、あなたの『所持スキル』というわけ。それが――こうして何も出てこない、すなわち」
「何も……スキルが無い……」
「……そうなるわね」
魔術師の女性は悲しそうな目をしながら、羊皮紙をしまった。
「あなたが努力しているのは知っているわ。――でもレベル6にもなって何もスキルを覚えない……これはつまり」
「俺には……才能が、無い……」
「…………そう言う、事よ」
リオンの絞り出すような言葉に、魔術師の女性が答える。その声からは、寂しさと無念の思いがはっきりと感じられた。
「あなたも分かっているでしょう? 冒険者として生きていくためには、スキルがどうしても必要なの。それなりに才能があればレベル2、才能が乏しい人でもレベル3になれば何かしらのスキルは覚えるわ。でも……稀にいくらレベルを上げてもスキルを覚えない人がいる、それが」
「冒険者不適合……」
「そうよ」
冒険者不適合と言うのは、その名の通り冒険者に『なれない』人のことを指す。その要因はスキルを覚えられない、その一点に尽きる。
どれだけ鍛えてレベルを上げても、スキルが身に付かない。最初のうちはスキルが無くても何とかなるが、徐々にきつくなっていく。
そして冒険者不適合の場合、魔法も一切使用できないので必然的に前衛職を担当するしかなく、そうするとケガのリスクもどんどん跳ね上がっていき、最終的に待っているのは――
「私達は、あなたに死んでほしくないのよ……この前も大ケガしたでしょ?」
「でも、俺はまだやれる――」
「無理よ、これ以上は本当に危険になってくるの」
食いすがるリオンに、魔術師の女性はバッサリと鉈を振り下ろすように残酷な現実を突きつける。
「――冒険者だけが、人生じゃないわ」
ただ続くその言葉には、リオンの身を案じたものであることがはっきりとわかるほどの優しさが込められていたが――その優しささえ今のリオンには辛かった。
冒険者不適合だからと言って、その人の人間性が否定されるものではない。スキルと言うのは冒険者でもない限り不要なものだから、それが必要とされない職業に着けばいいだけのことなのだ。
でも、リオンは子供の頃からずっと冒険者になりたくて、そのためにひたすらに努力をしてきた。それなのに、その結末が――冒険者不適合。
あまりにもあんまりな結果だった。
「ダメ――なのか」
部屋の中に沈黙が訪れ、それに耐えきれなくなったかのようにシーフの少女がリオンの肩を叩いた。
「その……げ、元気出せよ!! ほら、お前可愛いんだし、嫁さん見つけて楽しく暮らすとか――さ。ほら、なんだ……お、お前さえ良ければ、その――」
「男が可愛いって言われても、全然嬉しくないんだけどな」
励まされたリオンだが、そのリオン自身は屈強な冒険者に憧れており、自分の女顔には強烈なコンプレックスしか持ち合わせていなかった。
「でも、本当に可愛らしいお顔をしてるんですよね、リオンさん――本当に男の方なのかと今でも疑いたくなります」
「ははは……俺は男ですよ……」
その言葉通り、どれだけ女顔をしていてもリオンは肉体的には男であって、それは紛れもない事実だった。その証拠に、一人前の冒険者を目指したリオンの体はしっかりと鍛え上げられおり、肉体だけならそこそこ屈強と言えるレベルだったのだから。
――その鍛え上げられた肉体と相反する女顔のせいで、かえってミスマッチに見えてしまっているのは皮肉としか言いようがないが。
「オホン……あなたとは、レベル1の頃から一緒にパーティーを組んできました。色々冒険もしましたし、ともに苦難を乗り越えて来た仲です。正直私達も辛いですが……何度も言いますがこれ以上は危険なんです」
真面目な性格らしい魔術師の女性が、仕切り直すように咳ばらいをして話を続けた。
「あなたの実家、確か農園をやってらっしゃるんでしたね?」
「ええ……」
「今後の身の振り方はあなたにお任せしますが――実家に帰る、そう言う選択肢もあると思いますよ?」
そしてリオンの目の前に、ドサリと音を立てて革袋が置かれた。
「これは……」
「退職金、というやつです。少し色を付けておきました。あなたの故郷に帰るには十分なはずです」
革袋を手に取ったリオンはその重みが、『故郷に帰るには十分』と言うにはあまりに多いということに気が付いた。
ただその重みは、これ以上ない餞別の意思を示しているのだと感じられ――
「わかり、ました……今まで、お世話になりました……」
そして、リオンはそれまで共に過ごしたパーティーメンバーと別れた。
その背中を、切なそうに見つめているシーフの少女に見送られながら――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
「ちょっと、リオン飲み過ぎよ?」
「ちくしょう……! これが飲まずにいられるかってんだ……!」
酒場であおるようにエールを胃袋に流し込んでいるリオンの隣には、神官服姿の少女が心配そうに座っている。
「俺はなぁ……今日、冒険者として終わっちまったんだよ……!! 才能が無いって言われちまったんだよ……!! その気持ちがクレアにわかるか!?」
「それは……」
クレアと呼ばれた少女はリオンと同郷で、別のパーティーで僧侶として冒険者をしていた。
これで聖職者と名乗っていいのか? と言うほどに豊かな胸が慎ましやかな神官服の胸元を盛り上げているのが特徴の、美しい赤毛をした可愛らしい少女である。
「俺は……俺は……ずっとずっと頑張ってきたんだ……!! それなのに……」
「リオンが頑張ってたのは、私も知ってるわよ」
「その俺が……実家で農園か……まぁ、うちの野菜、美味いけどな……」
「リオン……」
「でもなぁ……俺は、俺は……ずっと、世界一の冒険者になろうって思って、子供の頃かずっと……それが……ぐっ……」
嘆くリオンを慰める言葉が出てこず、クレアは言葉に詰まってしまう。
でも、そんなリオンの姿をじっと見たクレアは、何度も何度も深呼吸をして、そこで覚悟を決めたようにリオンの肩を掴んで――、
「その……リオン、あなたが冒険者を止めて実家に帰るって言うんなら、私も一緒に――」
「――お嬢さん方、隣、いいかしら?」
一世一代の決意を込めた告白に横やりを食らった形になったクレア。そのクレアが、口をパクパクとさせながら声の方向に振り向くと――
「――え、エルフ!?」
尖った耳ではっきりとわかる、人間の見た目にして12歳ほどの背格好をしたエルフの少女が立っていた。
しかし少女、とは言ってもエルフの実年齢は見た目からは判断できない。超長命なエルフは、年の取り方が人間とは全く違うからだ。
「ええ、そうよ。で、隣、座ってもいい?」
「え、いや、でも――」
隣に座ろうとするエルフの少女に、クレアは困惑する。なぜなら酒場のテーブルはまだまだ空いているからだ。それなのに、わざわざこのテーブルに来た意味が分からないらしい。
「他に席はあるじゃないかって? それはその通りなんだけど……そこで飲んだくれてるお嬢さんが気になったのよ」
「え……? お嬢……さん?」
どうやらリオンのことを言っているらしいと気付いたクレアが、何とも言えない表情を浮かべる。
「あ……いや、その……彼、男ですよ? こんな可愛い顔してますけど」
「え?」
「可愛いって言うなよぉ!」
「そ、そうなんですか……そんな可愛らしいお顔をしているからてっきり……失礼しました」
エルフの少女は、ペコリと頭を下げた。
「私、コゼットって言うの。そこの……彼? にちょっと妙な気配を感じたから、見せて欲しいなって」
「妙な気配……?」
「ええ……『呪い』の気配よ」
コゼットと名乗った少女は、真剣そのものといった感じでクレアに告げる。
だが――
「――いやいや、『呪い』って……ありえないですよ。私、これでも聖職者です。呪いの類は一目でわかりますし」
『呪い』というのは文字通り、かけられた者に不利益を与える魔術のことを指す。
聖職者は神聖魔法という形で魔力を使う以上、同じく魔力から生み出される『呪い』の気配を探知することは容易となっている。
だがコゼットはゆっくりと首を横に振った。
「その『呪い』……巧妙に偽装されているわ。貴方じゃ気付かないのも当然ね」
「んなっ……? 私が力不足だって言うんですか?」
「そうは言ってないわ。でも、十数年しか生きていないだろうあなたには――いえ、どれだけ優れた人間の魔術師でも見破れないでしょうね。だって私はそれを専門にずっと研究してきたんだから」
ふふんと少し自慢げに胸を逸らすコゼットだが、その態度の割に全くイヤミに感じないのはその幼く愛くるしい外見のせいもあるだろうけど、それ以上に全く悪意が無いからだろう。
「ずっとって……そう言うあなたは、何歳なんですか?」
「私? 私もまだまだ若輩の身だけど……163歳よ」
「163……!?」
どう見ても幼女にしか見えない外見に反する年齢に、クレアが薄々予想はしていたものの驚愕の声を漏らす。でもクレアが驚くのも無理もないほど、エルフと言うのはなかなか珍しい存在なのだ。
そもそもエルフはあまり人里には出てこず、基本的に自分たちの村に引きこもっている。
ただしその魔法適正は他の人種と比べて格段に高く、たまに気まぐれで外に出てきて冒険者になる変わり種もいて、それらのエルフは例外なくその魔法適正の高さゆえに引っ張りだこになる。
「私は村での研究に満足できなくて、最近こっちに来たところなのよ。それで、その子の妙な気配に気付いて声をかけた、というわけ」
「そう、なんですか……」
「で? いいかしら? 彼、見せてもらっても」
「まぁ……リオンがいいならいい、ですけど」
「俺はいいよ、なんでも……」
とりあえず害意は無さそうだと判断したのか、クレアは捨て鉢になっているリオンの隣に座るように促した。
「ではでは……しかし、可愛いお顔ねぇ~ホントに男の子?」
「男だよっ……」
いきなり頬を両手で挟むような感じで持ち上げられたリオンが、不機嫌そうに答える。落ち込んで酒を飲んでいるところでいきなりこんなマネをされたら不機嫌になるのも当然ではあるが、それでも見た目は完全に幼女のそれであるコゼットに対して怒るのもバツが悪いと考えていた。
「では、検査用の魔法を走らせるけど、いいかしら?」
「いいよ、別にもう……」
冒険者の夢破れたリオンは、完全にどうでもいいと言った感じでコゼットの提案に同意した。
「ふふっ、ありがとっ、それでは……ふむふむ……なるほど……」
じっくりと、リオンの全身に魔力を通すように検査用の魔法を走らせるコゼット。検査用の魔法と言うのは文字通り、その対象者が呪いを受けているかどうかを調べる魔法であり、その検査精度は術者の力量に比例する。そして――
「――うん、やっぱり呪われてますね」
「ウソぉ!?」
呪われてる、と告げたコゼットに、クレアが大声を上げた。
「そんな馬鹿な……そんな気配、全く……」
「本当に巧妙に隠されてますね。魂の奥の奥、本当にこっそりと……気付かないのも無理はないです。……さてさて、どんな『呪い』かな――っと…………?」
今度は『分析』に特化した魔法を走らせながら、リオンの頬をうりうりと撫でまわしていたコゼットが、ふと手を止めた。
そして――その顔が蒼白になっていく。
「しまった……!!」
「ちょ、何!?」
自分に魔法をかけている相手がいきなり「しまった!!」なんて言い出したことで、リオンは激しく動揺する。
「『呪いが見つかったら解呪される』って誓約で隠蔽を恐ろしく強化していたみたい……!!」
「それって……!」
「だから、その誓約を破ったことで……『呪い』が自動で解け始めてる……!!」
「え、いや、『呪い』なんだから解呪していいんじゃ」
呪われていていいことなんてまず無い、だからこのリオンの反応は正しい、しかし――
「そうなんだけど、これ、『呪い』っていうより、むしろ――」
その瞬間、リオンを中心として可視化できるほどの恐ろしい量の魔力が解き放たれた。
「こ、このスキル……そういうことっ……!? まずいっ……!!」
明らかに慌てた様子のコゼットは胸元から大きな宝石のはまった首飾りを掴み出し、リオンの胸元に押し当てた。
「それ……魔力水晶!? でか!?」
「ここだけでも再封印しないと……!! 大変なことにっ……!!」
長い詠唱を早口で唱えたコゼットの手にある首飾りから眩い光が放たれ、酒場中が光に包まれる。
「うっ……!」
あまりの眩しさに、全員が目を開けていられず咄嗟に目を閉じた。
「はぁ……はぁ……」
光が収まった後、そこには荒い息を吐くコゼットがリオンの胸元に『むにゅり』と首飾りを押し付けていて――
「間に合った……ギリギリ……致命傷だけど……」
「……ん?」
その『むにゅり』、に違和感を覚えたリオンが自分の胸元を見下ろすと、そこには――
「………………は?」
さっきまで当然あった、その女の子のような顔には完全に似合わない、鍛え上げられた胸板が――無かった。
いや、無かったと言うよりは、むしろ有りすぎた。ただし、それは強靭な筋肉では無く、むしろ柔らかくシャツをふっくらと押し上げていて――
「はぁぁぁぁぁ……!?」
思わず椅子から立ち上がり自分の胸をわしづかみにしてしまうリオン。そこには本来あるはずのない膨らみが、ずっしりした重みと共に柔らかな感触として伝わって来た。
「……………………?????」
混乱の極致にいるリオンがそこで更に何かに気付き……恐る恐る『そこ』に手を伸ばすと――
「……………………無い」
本来あるはずの『もの』が、無くなっていた。
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